NTT西日本が「最強の会社」になるために--新規事業の創出スタイル

別井貴志 (編集部) 阿久津良和2019年02月16日 12時00分

 大手企業によるベンチャー/スタートアップ企業への支援が増加中している。西日本電信電話(以下、NTT西日本)では、2015年7月からアライアンス営業とサービス開発を一体的に実施するビジネスデザイン部を設立した。一見すると大企業の新しい開発部隊だが、そのなかでユニークな取り組みを展開しているのが、オープンイノベーション推進室である。

 これまでもスタートアップ企業と共に子ども向けプログラミング教育サービスパッケージの共同開発・提供など展開する同社だが、焦点を地域に絞り込み、新規事業創出をめざす「HEROES PROJECT」を立ち上げたと言う。今回は同社の新規事業創出スタイルをNTT西日本 ビジネスデザイン部 オープンイノベーション推進室 室長 中村正敏氏に伺った。聞き手は朝日インタラクティブ 編集統括 CNET Japan編集長の別井貴志が務めた。

NTT西日本 ビジネスデザイン部 オープンイノベーション推進室 室長 ビジネスデザイナー 中村正敏氏
NTT西日本 ビジネスデザイン部 オープンイノベーション推進室 室長 ビジネスデザイナー 中村正敏氏

――NTT西日本の活動は各方面から目にしてきました。そこでお伺いしたいのは、企業が新しいことに取り組む意義です。どのようにお考えでしょうか。

 入社当初から現在まで弊社を見渡すと、若い頃から「元気な会社にしたい」と思い、自分の事業の範囲では面白くしてきたつもりですが、最近は「最強の会社・チームにしたい」と考えるようになりました。それこそ私が若い頃は就職ランキングでも上位に顔を出していましたが、今では100位圏外です。若者が絶対この会社で働きたいと思える会社にしたいですね。

 そのためには必要なことが3つあります。1つめは「喜ばれ役に立つサービスや事業を生み出すこと」。2つめは、弊社は大企業のため「ベンチャー企業のスピード、マインドを持つ」。そして最後は「社員の情熱や信念を認め生かせる環境がある」。これらがそろい、継続できれば「最強の会社」が実現できるでしょう。

 まず、1つめですが、まだまだこれからです。もちろん社内に様々なアイデアもありますが、パートナーのお力も借りています。昨年、NTT西日本としては初めての社外スペシャリストを採用して、その方が社内コンサル的に、1年間で50件のプロジェクトや案件の支援をお願いしています。

 内容はペーパープロトタイピングの作成やPoC(概念実証)の実施、スクラムのエンジニアチームの構築などですが、その理由は「ゼロイチが難しい」に尽きますね。ふんだんにあるアイデアを実現するためのパートナー探しや、そのアイデアが本当にパートナーや顧客が喜ぶものか判断するには、その業務に長く携わるほど正しいと完全に思い込んでしまいます。

 だが、社外のスペシャリストが参画することで客観性を持ったアドバイスを行い、PoCなどの取り組みを加速させ、素早い検証が可能になりました。最高のサービスは一朝一夕ではできません。このように他の力を借りながら、現在「n-cafe」という社内コンサルティングサービスを社内で展開しています。

 あとは我々のチームもそうですが、外のお力や知見をいただくため、積極的に“外に出ること”を心掛けています。最高のサービスは未だ実現できていませんが、その実現に向けて社内外の連携を築きながら進めている状況です。

――「n-cafe」の詳細をお伺いしてよろしいでしょうか。ネーミングにも意味がありそうです。

 一見すると「N(TT)のcafe」と思われるでしょう。実は「ナード(引きこもり)カフェ」の略なんです(笑)。私が推測するに、発案者のスペシャリストがエンジニア出身のため、クリエイターやエンジニアといったネットワークを持っています。たぶん、優秀な技術を持った方は引きこもって作業する方が多かったんでしょうか?(笑)。

 現在、ビジネスデザイン部の案件は勿論、グループ企業や他事業部から案件支援を行っています。イントラネット内に展開したn-caf?から申込み頂いてます。

――話は前後しますが、ビジネスデザイン部の役割は何でしょうか。

 事業開発を使命とした専門部署です。先ほど250人と申しましたが、新規事業に携わるのは100人ぐらいですね。残りの150名近くは通信機器の開発やネットワーク構築といった基幹事業の開発等を行っています。

 現在、我々以外の新規事業のメンバーは主にIoTなどのキーテクノロジーを軸として、基幹業務を意識せず、自社資産を活用したビジネスの可能性を模索しています。一方、我々オープンイノベーション推進室の10人は領域制限を持たず、マーケットや業界、社会課題などの切り口で、どちらかと言うと新しいマーケットや未成熟なマーケットへチャレンジしている感じです。

 それと、ウチは海賊の個性派集団で一人一人魅力的なメンバーです(笑)。私も含めて役職関係なく全員がプレーヤーですね。そう言う意味では全員フラットです。通常のヒエラルキーの上司部下と言う感じよりも、むしろ友人感覚に近い雰囲気です。逆ピラミッドで私が一番下ですかね(笑)。それぞれが見つけてきたものや情熱・信念を持てるアイデアを案件として数多く抱えています。

――外の方との協力関係を築くにはイベントで知り合うなど、さまざまなケースがあります。どのようにネットワークを広げていますか。

 私の場合は4年前に立ち上げた「一般社団法人 コトの共創ラボ」というユニークな人材が集まるコミュニティを通じて広げています。ネットワークの向こうには異能・異端な方が数多くいて、密なコミュニケーションを重ねることで、多様な案件に対応できる方々が当社にご協力頂いています。スペシャリストもこのコミュニティを通じて親交を深め、当社にお越し頂きました。

 チームメンバー内では、地域の課題解決もしくはアイデア実現を地域のトップを巻き込みながら、パートナーを通じて実現する「HEROES PROJECT」を開始しました。NTT西日本グループは6万人を超える企業のため、人生のなかで知り合える方は限られます。さらに自身のアイデアを最後までやり通せるチャンスは多くありません。だからこそ地域でチャンスを得られないながらも情熱を持った方々を生かす活動を実現するため、ネットワークを広げているという側面もあります。

――先ほど「発想やアイデアは山ほどある」とおっしゃいました。新規事業あるある話ですが、社内でアイデアが出ないと苦しむ企業もおられます。

 そうなんですか? 外に出た方がいいですね(笑)。たまに大学などでお話するのが「パクリエイティブ」です。パクリとクリエイティブの造語です。よく言うのが「外に出て見聞を広げ、視野を広げてきなさい」と。たとえば(手元のコップを手にしながら)このデザインの色だけを変えるのはパクリ。取っ手の位置を変えるなどオリジナル要素を加えたのが“パクリエイティブ”であって、世の中の大半は“パクリ”から始まっている。発想力やアイデアを磨くには外に出て、普段は出会わない方々と合い、多様な会話を繰り広げ、見聞を広げないと新たなアイデアは生まれません。僕のやり方はそうですね。毎日様々な人と会って話を聞き、あたかも自分がアイデアを思いついたがごとく、アウトプットする状態です(笑)。

――アイデアから新規事業創出までは多くの壁があります。それらについてお聞かせください。

 事業化するためのアイデアを実現するには社内の説得が必要なのは当たり前です。チームは事業部長直轄体制で、周囲も含め様々なアイデアを後押しして頂ける環境があります。進める上でのアドバイスはありますが、障壁はありません。これは本当に有難い。

 サービスのひな形を作るときは社外の力もお借りしています。その次となるマーケティング活動ですが、もちろん社内に法人営業部などの営業チャネルもありますが、我々の取り組みは0→1でその後直ぐに大幅な利益を得られるものではありません。当然販売の苦労は当たり前です。

――「最強の会社」実現のための2つめの要素、ベンチャーのスピード・マインドについてお聞かせください。

 私が駆け出しの頃に読んだ本の中に“我々(米国の大企業)の中にベンチャーの遺伝子が組みこむと最強になる”この言葉がずっと頭から離れませんでした。新規事業に取り組むと言っても、通常は社内に8割、外に2割という働き方なんですね。半径10メートル内の誰かの仕事をしながら、芸術的なパワーポイントの資料作り。ここを逆転しないとスピードもマインドも変わりません。ウチのチームは逆転させています。

 社内2割となった場合、些細な打合せや必要以上の報連相を減らすことになります。その分社内で本当に必要な事を集中して短時間でやる事になる。そして外が8割と4倍になりますから、外の相手との会話の充実度も接点の数も活動範囲も広まり、必然的に事業構築スピードは加速します。それと、判断はある程度担当者に委ねています。担当者には「本当にこれはやるべきと判断したなら“YES”と言えばいい、ダメなら“NO”と。」もしYESと言い、後からダメになる場合があるなら直ぐに相手に誠心誠意謝る。勿論、大きな話は別にして、持ち帰るなら商談している意味はないし、相手の時間を無駄にしている。これもスピードとマインドに直結します。

 また、3年前から“ベンチャー留学”を実施してきました。ベンチャーの機動力はベンチャーで学ぶ。社長近くにいるし会社の機能が見える範囲にあり、企業で長年かかることを一年で学べるという利点もありますが、(実施した経験から大手企業単独でも)社内の工夫で機動力を発揮できると考えるようになりました。これがサービスや事業を生み出す速度にもつながります。

――チーム内のコミュニケーションはどのように行われていますか。

 先ほどのベンチャーマインドに通じますが、チームの会議は殆どやりません。コミュニケーションはメッセンジャーですね。朝9時頃に全員が当日の活動を投げて、情報共有にとどまります。活動内容を制限することもありませんし、個々気になる事があればダイレクトに連絡を取ればよいと。

 本来のコミュニケーションは膝を詰めて会話した方が一番ですが、その時間を割くよりもツールを使って短縮し、外に出て仕事をしつつネットワークを広げた方が有益です。メンバーは頻繁にツールを使って会話やテレカンなどで工夫しています。細かいコミュニケーションの量でカバーします。もちろん四半期ごとに集まって振り返りはしますが、特に決めごとのようなものはありません。

――このメンバーはどのように集まりましたか。

 メンバーですが「自ら望んで集まった」という印象を受けます。勿論会社の人事でジョインする訳ですが、メンバーは信念を持って自らポジションを獲得して「会社を変える」だとか「新しい事業を創造する」上で最適な部署だと認識して来てくれた感じがしますね(笑)。

――誰しもがモチベーションを持つ方ばかりではありません。どのようなマインドを持っていることを望まれますか。

 逆にそれはオッサンが引き出してやらないとダメかなと思っています。素質や素養というよりも、私のようなオッサンが後押しできる環境を次の時代を担う若手に用意しないといけません。次の若い人は退職金もらって年金で悠々自適なんて時代はありません。我々も同じ。モチベーションやマインドは目に見えるものではなく、それを生かせる環境があってこそ引き出せると思います。それにオッサンがビジネスの中心にいるとツマラナイ方向に動きますしね(笑)。

――お話を伺っていますと、うまく回転しているように聞こえました。あえてチームの課題はありますか。合わせて目標もお聞かせください。

 チームの目標ですが、目先の利益ではなく、ちょっと先の未来を見ながら仕事をしています。人の理解しやすい内容なら合意形成も容易ですが、未成熟で成長の可能性があるマーケットを狙うと分かりづらい。その分、当たり前ですが分かりづらいものほど社内に説得や説明をしなければなりません。

 課題と言えるか分かりませんが、社内のプレゼンス(存在感)と言いますか、社内認知度が向上はまだまだです。次の事業の柱となるものが出せていないのもあります。ただ、n-cafeのように他事業部署を支援したり、有難いことにこの様な働き方をしたりしていると社内外からウチに来たいと言ってくださる方も出てきました。

 あと、チームの目標の1つもなるのですが、チーム名のオープンイノベーションとは技術や優れた商品サービスと言うより、むしろ社員が外で多くの方と接し、アイデアを生み出せるような思考になり、マインドが変わり、行動が変わる事が真骨頂だと思っています。そうなれば最強の会社・組織につながると思っています。若い人は経験値が乏しい分、上から押さえつけると特に熱量が多い方は離職しかねません。現場でもがいている若い人を引き上げられるといいですね。

――新規事業創出にまつわるインタビューを1年間続けてきました。皆さん共通しているのは、経営層が危機感を持っている企業は成功しています。この点はいかがでしょうか。

 最初はベンチャーだった大企業も、当時は挑戦者の立場でしたが、既存事業が拡大しそれが順調だと当然新しいものを生み出し難い体質になります。中期の安定性が目の前にある企業などはマインドを変えるのは中々難しいのではないのでしょうか。

 当社も含め危機感を持っている企業の経営者は多い気がします。とはいえ、急激な意識変革を求めても、これまでを否定されたと捉えかねません。一歩一歩かなと思っています。経営層が既存事業を否定するようなディスラプト(破壊的変革)を掲げるのは難しいでしょう。ここは日本企業特有という面もあるのでしょうか。ただ変わっていかなくてはならないのは事実です。どの企業も全く変わるのではなく自社の良い企業文化を継承しつつ、変化を積極的に取り入れ新しい企業文化を作り上げる事が必要だと思っています。

 一般的に(新規事業創出)は省いて・そぎ落として・集中するのが成功への道と言われますが、それほど単純な話ではなく、自社のみで生き残る事が難しい時代に、社内外の様々なお力を借りながら共に事業を創り上げるなど、日本人特有の方法論もあると思います。

「外に出て見聞を広げ、視野を広げてきなさい」と中村氏
「外に出て見聞を広げ、視野を広げてきなさい」と中村氏

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