会社を設立した1917年(大正6年)12月から数えると、100年以上の歴史を持つキッコーマン。日本人なら誰しも知る大手企業だが、新規事業創出に向けた活動を行っていることをご存じだろうか。キッコーマングループは社内ベンチャー制度「K-VIP(キッコーマン・ベンチャー・インキュベーション・プログラム)」を2010年に開始し、2018年11月9日にはK-VIPから初めて事業化された「[WINE BLEND PALETTE]」のサービスをスタートさせた。今回は同サービスの責任者であるキッコーマン 経営企画部 禰冝田英司氏にサービス概要や、その取り組みに対する思いをうかがった。聞き手は朝日インタラクティブ 編集統括 CNET Japan編集長 別井貴志が務めた。
WINE BLEND PALETTEは、ワイナリーのブレンダーが行ってきた複数のキュヴェ(ワイン原酒)をブレンドして、ワインの個性を決める工程「アッサンブラージュ」が、一般の方も体験でき、飲みたいワインを「自分自身で創る」ことができるサービスである。
WINE BLEND PALETTEのECサイトでは、フランス産カベルネ・ソーヴィニヨン、フランス産カベルネ・ソーヴィニヨン樽熟成、チリ産カベルネ・ソーヴィニヨン、チリ産メルロー、フランス産シラー、チリ産プティ・ヴェルド、日本産マスカット・ベーリーA、以上7種の赤ワイン用キュヴェから5種まで選択可能。後はブレンド比率を決定し、ボトルに貼り付けるラベルのデザインを選択して購入手続きを行う仕組みだ。また、交流サイトの「WINE BLEND PALETTEギャラリー」では、ブレンド比率などを共有することができ、他のユーザーが創作したワインも購入できる。
また、実際に体験できるコンテンツとしてキッコーマン東京本社のKCCホールと、山梨県甲州市にあるマンズワイン勝沼ワイナリーで毎月開催する体験型講座「WINE BLEND PALETTEアッサンブラージュ・ワークショップ」や、自宅でアッサンブラージュに挑戦できる「WINE BLEND PALETTEアッサンブラージュ・ボックス」も用意する。
――社内ベンチャー制度を設けているとうかがっております。まずは制度の内容について教えてください。
2010年にキッコーマングループで第1回K-VIPを開催しました。手を挙げた発案者がその事業責任者になったつもりで経営層に事業案を答申する仕組みです。弊社は伝統ある醤油の会社ですから守るべき事柄が多いものの、成長するためには挑戦を積み重ねてイノベーションを生み出し、挑戦的な企業体質に変革するという経営層の判断がありました。
K-VIPはこれまで4回開催しています(4回目は現在開催中)、私が応募したのは2017年開催の第3回です。第2回までは具体的な事業化に至ったアイデアはなかったと聞いています。
書類選考は、A4用紙1枚に発案者の「想い」や顧客への価値提供といった熱量を込める形式で行われました。
今回のWINE BLEND PALETTEを例に流れを説明しますと、書類選考は2017年1月。社外ベンチャーとアイデアをブラッシュアップしたのが2月頃。3月には10人前後の経営層へピッチ(数分間のプレゼンテーション)を行い、事業として速やかに前進させよとのGoサインを頂きました。
ただ、当時の所属部署の仕事と平行して新規事業に取り組むことは難しかったため、5月に配置変更がありました。異動後は上司に「前の業務にも思い入れがあるから併走したい」とお願いしましたが、新規事業に集中した方がよいとの判断により、専任担当者になりました。ここから約1年間は関連するグループ会社や外部の協力を得ながら、1人で事業計画の検討などを重ねつつ、事業スタートの承認を得たのが2018年9月です。サービスは11月に始まりました。今思い返せば、(新規事業に集中したことは)結果的に良かったと思います。とても併走できるものではありませんでした。
――なぜ、K-VIPに応募しようと思われましたか。
以前からマーケティング本を読みかじり、新しいことを試していたいと思っていました。そこにK-VIPがスタートするという話を聞いて具体的に取り組んだ次第です。他方で、会社が以前から掲げている“挑戦的な企業体質への変革”に対する義務感もありました。この両方ですね。
私はこれまで国内キッコーマンの営業部門や、営業をサポートする企画部門に在籍していましたが、そこでは前任・前年踏襲ではなく、新しいことにチャレンジすることは好きでした。
――書類選考に通った感想と、先ほど述べられた社外ベンチャーをK-VIPに加えた理由を教えてください。
感想ですか? 書類選考は通るという大まかな自信はありました(笑)。
その後はK-VIPのコーディネートでご協力をいただいたゼロワンブースターさんのアクセラレーションプログラムにも参加し、アイデアのブラッシュアップを重ねました。ここでプレゼンテーションではなくピッチを身に付けました。今でも覚えているのが「3分45秒」という数字ですね。
K-VIP最終選考のためのピッチは社員も観客として参加するオープンな形で行われました。審査も社長をはじめとする役員、ゼロワンブースターの鈴木さん(ゼロワンブースター 代表取締役CEO 鈴木規文氏)などで議論し、合格者を決めたと聞いています。
――Goサインが出てから約1年の活動期間があります。その間の話をお聞かせください。
2017年5月に異動した時の感覚は、「海のど真ん中で1人になった」気持ちです。どちらを向けば、何をすればいいのか分からず考えた結果、まずはグループ企業のマンズワインに行って活動を宣言しました。
「1本単位で作るの!?」と驚かれたことを今でも覚えています。アッサンブラージュがワインの個性を作り上げる、楽しいプロセスであることはマンズワインも承知していますが、彼らはひとつのワインを数千本という規模で生産するため驚くのも無理はありません。
後はやるべきコトや作るべきコト、そして(自身の)やりたいコトをすべて書き出しました。マンズワインに限らず社内外の人と会う時は、挨拶の次に3分45秒のピッチを必ず行っています。私自身にアッサンブラージュでお客様自身が飲みたいワインを創れるのは新しい楽しさがある、という思いがありました。「最初に3分だけ話を聞いてください」とお願いし、「自分で創れるのって何か面白いね」という気持ちに相手がなってくれれば、話はスムーズに広がります。
――Goサインが出てもECサイトの運営やリアルイベントの開催は1人でできません。社内のIT部門やマーケティング部門の協力が必要です。その辺りの対応は?
ECサイト制作は外部のパートナー企業でと決めていました。ワークショップはマンズワインのブレンダーに講師として登壇してもらったり、外部のスタッフの協力をいただいたりしながら運営しています。
――WINE BLEND PALETTEのKPIや、事業評価の対象を教えてください。
2017年3月から2018年9月までの間に、経営層に数回プレゼンテーションし、数字的な中間目標を設定しました。戦略と数字両方を(経営層に)提出しています。社長からは「面白い」と言われつつ、「ここはどうなっている?」と事業計画についていくつか指摘をいただきました。もちろんWINE BLEND PALETTEの事業売上や利益は今後報告していきますが、将来的展望を踏まえて背中を押してくれる体制があるので安心しています。
ただ、事業続行・撤退の判断については難しい部分がありますね。自分自身はベンチャー的な感覚で取り組んでいますが、経営層からは 「とりあえずやって見ろ」と応援して頂いていると解釈しています。
――WINE BLEND PALETTEが提供できる顧客価値は何でしょうか。
やはり、アッサンブラージュを通してこれまでにないワインの楽しさを感じていただける点でしょうか。WINE BLEND PALETTEは、「自分が楽しみたいワインは、自分自身で創る」という新しい楽しみ方で、お客様のワインライフを広げられる取り組みだと思っています。もちろんスタートしたばかりで数字的な結果は見えていませんが、「面白い」「楽しい」を増やして行けば結果につながると思います。
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