2016年11月に創業した農業系スタートアップのビビッドガーデンは、オーガニック農作物生産者のマーケットプレイスとして、消費者が農家直送の朝採り野菜を購入できる「食べチョク」などを展開中である。東京都のアクセラレーションプログラム「ASAC」の採択、オーディエンス賞の獲得や、「クックパッドアクセラレーター」など多くのアクセラプログラムに採択されてきた同社のビジネスモデルだが、既に法人向けビジネスをはじめとした新規事業の準備を進めている。今回は同社代表取締役 CEO 秋元里奈氏にお話をうかがった。聞き手はCNET Japan編集長の別井貴志が務めた。
――起業前はディー・エヌ・エー(DeNA)に籍を置いていました。DeNAを選んだ理由と活動をお聞かせください。
神奈川県相模原市の実家が農家でしたが、母からは「農業はやるな。株は儲かるから勉強しなさい」と言われてきました。それが理由で金融業界に興味を持つようになります。本来なら経済学部の道に進むところですが、文系が不得手のため、理系で経済を扱う金融工学を学べる慶應義塾大学理工学部を選びました。
就職活動時は証券会社や東京証券取引所など金融系企業の扉を叩きましたが、その際に同級生から誘われたのがDeNAの説明会です。創業者である南場さん(DeNA 代表取締役会長 南場智子氏)が講演されていて、「こんなに熱い女性社長がいるんだ」と感銘を受けて、「彼女みたいになりたい」と思いました。
また、新卒業者担当者の女性が入社1年目でしたが、非常にパワフルな人で、「入社してすぐに裁量を与えられる」のは金融系企業では難しいという判断もあり、DeNAを選んだ次第です。事業内容よりも働く環境や創業者に惹かれました。
元々、人前で話すのが苦手な引っ込み思案でしたが、大学の学園祭実行委員会でリーダーをやる人がいなかったので、否応なしに取り組みました。自分の力量以上の環境に身を置くと人は成長します。プレゼンテーション力もこの時に身に付けました。自分に自信がなかったので、この成功体験は大きく残りました。自身の成長を求めて入社した側面もあります。
新規事業へのモチベーションもこのとき生まれました。ミスコンテストなどを行うメインステージを担当しましたが、理工学部ならではの企画として「ジョジョ立ちコンテスト」などの新しい企画にも挑戦しました。ゼロから新しい企画を立ち上げる面白さや、新たな価値を生み出す体験は、それまで生きてきた中で一番楽しいものでした。
DeNAでは、営業やマーケティング、新規事業に携わりました。最初は「Mobage」のアバター事業です。新規事業の部署を希望していたので配属当時は正直ショックでした。しかし、まずは結果を出すためにこの部署で頑張ろうとがむしゃらに働きました。積極的に他部署の方とも交流しつつ、新規事業のアイデアを提案しているうちに、別部署への異動が決まりました。
――異動してからの活動はどのようなものでしょうか。
DeNAが「iemo」を買収したタイミングでiemo株式会社へ出向します。メディア側ではなくマッチングビジネスの立ち上げメンバー配属。次に「チラシル」へ異動しましたが、当時は広告以外にマネタイズモデルが確立していなかったため、ほぼ新規事業のような感覚でゼロから新規サービスを起こしました。
(iemoとチラシルに共通しているのは、どちらも)ビジネス構想を形作るのが自分の仕事です。今思い返しますと、既存事業の中で新規事業を立ち上げる感覚でした。チラシルは途中で予算不足となり、収益化の目処が立ち始めていましたが、全社の方針変更もありサービス終了しました。
「ゲーム事業に注力する」という方針に従い、その後はゲームコンテンツのマーケティング事業部に異動し、宣伝プロデューサーとしてCMなどのマーケティング戦略に携わりました。DeNAは基本的に「未経験でも挑戦」という文化です。配属された部署の仲間に教わりつつ、自分で勉強しながら取り組みました。
――その経歴から、なぜ農業で起業したのでしょうか。
自分の中には「新しいものを作りたい」という思いがありつつも、何でも楽しめるタイプでしたので、どの部署も楽しい経験でした。しかし、一生掛けて取り組みたいという熱量を持てず、月次面談でも自身のコンプレックスとして相談したくらいです。
たまたま実家に帰省したところ、既に農家は廃業し、私名義の農地も荒れ果てていました。それを見た時に「実家に貢献しなきゃ」と思い、農業に興味を持ち始めます。チラシという旧態依然のビジネスをスマートフォンで置き換えたのがチラシルです。同じことを農業でもできないかと思った次第です。
実家は既に廃業していましたので、まずは周辺の農家さんを回ることから始めました。その中でこだわりを持って生産している農家さんにたくさん出会いました。「こだわっても高く売れない」「消費者にこだわりが伝わらない」という悩みを口にしつつも、それでもやり続ける農家さんの強い思いに感動します。消費者に自分の名前が伝わらなくても、常に自分の野菜を食べる消費者のことを考えているんです。そんな尊敬できる人々が報われる世界を目指したいと思いました。
しかし、自分の母親も同じでしたが、そんな農家の方々も自分の息子・娘に農業は継がせたくないと口をそろえます。農業の抱える課題に改めて気付き、起業の道に進みました。
もちろんDeNA社員という立場や、転職して他社で取り組むという選択肢もありました。しかし“農業”はようやく出会えた一生を掛けてでも取り組みたい領域です。会社の中で事業を起こすと、前述のチラシルのように会社の方針転換で事業がなくなる可能性があります。いろんな選択肢を検討した結果、この事業だけは自分の力で立ち上げようと決意しました。
――秋元さんも農家としては素人です。事業計画書は書けても農家のインサイトは分かりません。どのように対応されましたか。
取りあえず農家さんを回りました。「農家の娘なので農業を勉強したい」というと皆さん喜んで教えてくださいます。最初は現在と異なるビジネスモデルを描いていましたが、最終的には複数のアイディアをVC(ベンチャーキャピタル)の方に話して現在の形に至りました。
――起業時は情熱と展望に加えて経営能力が必要です。社長業は事務管理部門に長けてなければなりません。ここで頓挫するスタートアップも多いなか、不安は感じませんでしたか?
当初はベンチャーとスタートアップの違いも知りませんでした。「農業事業をやりたい」という情熱だけしかなく、だから起業できたのかも知れません。ただ、DeNA時代の「分からないけどやってみる」文化が根付いていたこともあり、未知の領域に踏み出すことにそこまで大きな抵抗感はありませんでした。失敗しても貯金がなくなる程度で、借金も返せばいいやと。
ビビッドガーデンは資本金200万円でスタートしましたが、開発費で資本金はすぐに使い果たしましたので、週5日は農業の事業に取り組みながら、週2日はDeNA時代の先輩が起業したコンサルティング業務を手伝っていました。経営も農業業界も素人だったため失敗も多く、起業1年間は上手に人材を獲得できず、仲間集めに苦労しました。
弊社は「色鮮やかな農地をもう一度」をビジョンに掲げ、2017年8月から農業の流通における課題を解決する「食べチョク」を開始しました。一言で説明すると「ウェブ版のファーマーズマーケット」(地域の生産者が自ら育てた農産物を持ち寄り、消費者に直接販売する市場)で、ウェブに農家さんが自由に出品し、消費者が購入するマーケットプレイスです。
メルカリなどの既存サービスと異なるのは、マッチングを厳密にする点です。個人が自由に出店できるサービスは多々ありますが、食べチョクの場合は、出荷野菜のデータを持っています。そこで消費者が事前に登録した野菜の好みなどを元に最適な農家さんとマッチングし、「あなたの好みに合う農家さんはこちらです」と(農家と消費者を)仲介するプランも提供しています。消費者が迷うことなく、ベストな野菜を購入できる仕組みを用意しました。
ビジネスモデルは手数料として、商品売り上げの一部を頂きますが、売れた瞬間しか発生しません。ただ、中間業者が介在しないので効率的に見えますが、物流コストというデメリットは存在します。こだわり食材であれば送料をかけても買いたいというニーズがありますが、“こだわり”の定義は非常に曖昧ですので、初期はオーガニックに特化しています。
――ここ(クックパッド内)にオフィスを構えているのは、どのような理由ですか。また、食品系企業から資金調達を行わないのはなぜですか。
「クックパッドアクセラレーター」プログラムに採択して頂いた関係でお借りしています。クックパッドさんの資本は入っていません。2018年2月に5名の個人投資家を引受先とした4000万円の第三者割当増資を実施しました。
私たちが目指すのは、「農家さんへの正しい利益還元」です。そのため売り先は消費者に限りません。将来的にB(企業)向けに振り切る可能性もあるわけですが、そうなると事業会社とのシナジーにすれ違いが発生します。私たちも(現在のビジネスモデルのまま)100%先に進めるとは考えておらず、試行錯誤を重ねなければなりません。あくまでもビジョンに共感してくれる方々と歩んで行くことを優先したところ、個人投資家さんが集まって下さいました。まずはここからスタートします。
――ビジネスを顧客に知ってもらう、つまりマーケティングが必要になります。その苦労をお聞かせください。
まずは売り手となる農家さんを集めないといけません。その営業は私がやっていました。最初は信用してもらうのに時間がかかりましたが、多くの研修生(お弟子さん)を輩出している農家さんなど、全国各地でとにかく地道に協力者を集めました。おかげさまで「○○さんが登録しているなら」と、今は掲載している農家さんを見て信頼してくれるケースも増えてきています。
販売商品がそろってマーケティングが始まりますが、現在の広告費はほぼゼロです。ただ、プロモーションやSNS系マーケティングは、DeNA時代の知見を活かし取り組んでいます。現在のビビッドガーデンは社員が5人、アルバイトも4人。11月からは初の自社オフィスを持ちますが、実はこれまではオフィス代を一度も払ったことがありません。できる限りリーンに(サービスを)立ち上げたく固定費の出費を避けたかったので、出張も夜行バスなどを活用して節約しました。
――ビビッドガーデンの収益状況や展望はいかがですか。
もともとC(消費者)向けとしてスタートした食べチョクですが、飲食店の注文も増えてきています。飲食店の方が1店舗あたりの単価が高いため、取扱高も順調に増えており、飲食店向けにサービスを切り出しました。例えば飲食店なら1店舗で月間25万円ご購入いただくこともありますが、個人ですと多くても月間2万円が限界になります。
元々飲食店向けへの販売も検討していました。しかし多くの飲食店のメインニーズは「早く届くこと」、「小ロットから購入できること」で、産地直売ではどちらも実現できません。当初はニーズがないと割り切ってC向けで食べチョクを始めましたが、フタを開けてみると、(食材に対する)こだわりがあっても仕入れ先もなく、農家から直接仕入れる手間・リスクも避けたい。そのような飲食店さんからご連絡を頂きました。
今後もC向け、B向けと区別することなく、事業展開をしていきます。
――B2CやB2Bなど複数の農家直送サービスを手掛けていますが、中長期的展望として事業をどのように社会に還元されますか。
農家さんの選択肢を増やしたいと考えています。
現在、規模の小さな農家さんが選べる販路はJA(農業協同組合)などに偏ってしまっています。直接販路開拓をしようにも、小規模が故に価格交渉力を持てず営業につながりません。ビビッドガーデンはそんな農家さんの選択肢の一つを提供し、こだわりを正当に評価されるための仕組みを作ります。
農家さんとしてはJAなどの既存に出荷した方が楽ながらも、利益的な課題が残ります。多少手間はかかるけれど利益が高いという選択肢があれば、小さな農家さんも農地面積に比例しない利益を得られるでしょう。農家さんの「こだわれば儲かる」という絵図を描き続けます。
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