日本マイクロソフトは2018年12月4日、品川本社で「CNET編集長が切り込む! クラウド時代ならではの『今すぐ』導入で事業を変革した企業の本音に迫る! ~AI活用事例から学ぶ『ビジネス変革の勘所』生座談会~」を開催した。データから得られる洞察を経営に活用するビジネスのヒントを伝えることを目的としたイベントだが、前段としてAIビジネスに関する日本マイクロソフトのプレゼンテーションが行われた。まずはこちらの内容からご報告する。
ガートナーの調査によれば2020年までにAI(人工知能)の導入を見込んでいる大企業は85%におよび、市場規模も2018年現在は1兆2000億ドルだが、2022年までに3兆9000億ドルまで拡大。このようにAIを活用する企業の増加と、競合を考えた場合、もはや国内にとどまらず、グローバルのビジネスレベルでの評価が必要な状況なども相まって、規模にかかわらず企業は変革を求められている。
この現状について日本マイクロソフトは、「企業が存続するには成長し続けなければならない。一見、変わらないように見えても『秘伝のタレ』のように変化しないと生き残れないからこそ変革し続けることが必要」(日本マイクロソフト サーバー&クラウドエンタープライズビジネス本部 シニアプロダクトマネージャ 横井羽衣子氏)と強調する。その変革を起こすために必要なのがデータに基づき、自社ビジネスの「次の一手」を決定づけることだ。同社は「現代は、ビジネスのヒントは社内外のデータから定量的に得る時代である」(横井氏)と分析する。
自社のビジネスを変革するための要素として、日本マイクロソフトは「ユーザーを理解するためにデータを集め・分析・予測(仮説)し、それを他社に先駆けて実行(検証)する」(横井氏)シナリオを提示した。AIというよりは「AI的なもの」も多くみられ、今やバズワードと化していることも否めない「AI」だが、あくまでも「AIはツール。現場の課題を解決するもの」(横井氏)と都合よく何もかも解決してもらえるような魔法の道具のようなものではなく、あくまでも何に使うかを見極めたうえで利用をきめる、道具のひとつであることを強調しつつ、「重要なのはAIから得た考察をアウトプットすること。つまり、分析結果の可視化。『すごい分析』より、『使える分析』であることが求められる。誰が(分析結果を)何のために何を見たい、見る必要があるのかを把握することからはじめるべき」(横井氏)と同社は語る。
ゆえに、エンジニアは技術の知見に基づきビジネス構造を理解し、業務部門の担当はビジネスを踏まえ、どのように技術を使うべきかを考えながら、、データとインサイトをビジネスに生かし、またそこから新たにフィードバックを得る「デジタル フィードバック ループ構造」を構築しなければ、AIや最新の技術という道具をビジネスに活用することは困難だと述べた。「ビジネスとIT、双方のバランスを良く理解する人材への成長は、自分自身も企業も幸せになる。企業規模は関係ない。ビジネス好機とアイディア、やる気がある企業を我々は支援したい」(横井氏)とクラウドプラットフォーマーの立ち位置を改めて示した。
ここからはパネルディスカッション登壇企業の概要を紹介する。「ゑびや」は三重県伊勢市で商業施設を運営する地方型企業だが、わずか2日のワークショップから、社員全員がIT系のバックグラウンドを持たなかったににもかかわらず、その後たった5カ月でAIサービス提供者に変貌を遂げている。ワークショップから得られた知見をもとに、自社のシステムをブラッシュアップし、その成果を「TOUCH POINT BI」としてソリューション化したのだ。このTOUCH POINT BIを実際に導入したのが神奈川県藤沢市を拠点とする飲食チェーンならびにEC販売などを手掛ける「里のうどん」で有名なワンオータスである。
一見すると先進的かつ戦略的な構想で取り組んできたように見えるゑびやだが、6年前(2012年)は“そろばん”と“手切りの食券”と昭和の色濃い世界。店舗を貸した方が儲(もう)かるのでは」(EBILAB/ゑびや 代表取締役社長 小田島春樹氏)と飲食事業の縮小やテナント化を検討していたという。
当初はExcelによるデータ化やPOSレジの導入で近代化を進めていたが、2016年には機械学習による来客予測に着手し、画像解析AIによるデータ収集やRPA化。そして現在のTOUCH POINT BIに至る。2012年の売り上げ1億円(経営利益200万円)は現在2018年に4億8000万円(経営利益2000万円)まで成長。業種も飲食業単独から小売りや卸売業まで拡大した。だが、スタッフ数はさほど変わっていない。2012年時点は42人(社員6人、パート36人)だが、2018年も44人(社員14人、パート30人)。つまり、社員1人当たりの生産性を劇的に高めた結果である。まさにデータの可視化による業務最適化ならばこそ、成し得た好例と言えるだろう。
TOUCH POINT BIを導入したワンオータスは、神奈川県藤沢市を中心に多様な飲食店を展開する企業である。2014年からは海外にも進出し、タイを中心に店舗拡大中だ。2018年5月頃に共通の友人を持つ小田島氏から「次の日の来客数が分かったら、何かうれしいことありませんか?」との連絡を受けたワンオータス 代表取締役社長 西嶋芳生氏は、3日後に伊勢市へ足を運び、まだ開発中のTOUCH POINT BIの原型をみて、その内容に驚いたという。「驚いてスタッフに話したが誰も信じない。2日後に社員をつれて、再び伊勢を訪れた。すでにあと数日で某社のPOSレジ導入が決まっていたが、急遽(きゅうきょ)キャンセルしてEBILABのシステムを導入」(西嶋氏)したという。
ここからは朝日インタラクティブ 編集統括 CNET Japan 編集長 別井貴志がモデレーターを務めたパネルディスカッションのをお送りする。
--まずはTOUCH POINT BIの導入経緯や背景をお聞かせください。
小田島氏:西嶋さんに連絡した時点ではまだTOUCH POINT BIは未完成でした。機械学習による来客予測に着手した際に、「社長としてどのような数字が分かったらうれしいのか」が知りたく、連絡をしました。
西嶋氏:(TOUCH POINT BIの試作品を見て)導入は直感で決めました。1992年頃、(現マサチューセッツ工科大学教授のMITメディアラボ所長)伊藤穰一さんから聞いた「ITの進歩は早いから、価格を問わずPCを購入すべき」の言葉がフラッシュバックした感じです。
小田島氏:そこから特定のPOSレジ導入、データ取得方法などを説明させて頂きました。UIは未完成でしたので、開発画面をそのままご覧頂いてます。
西嶋氏:小売業は直感が重要です。現場は共通の価値観、共通言語で回すことが生産性向上につながります。(各店舗の)店長に対しても、データに基づいた第三者視点で「来月の売り上げ見込みはこうなる」と話せば、やれることもスピード感も大きくなります。
大槻貴史氏(ワンオータス 営業統括 店長):店舗の店長としてすごすぎて他の仕事がおろそかになったくらいです。--その時点でTOUCH POINT BIは外販していません。導入に対する不安はありませんでしたか。
西嶋氏:試してみないと分かりません。やはり直感ですね。
小田島氏:我々は自身の店舗で2年間のPoC(概念実証)を続けてみました。よくシステム屋さんも似たようなソリューションを提案しますが、(店舗側としては)「事例があるの?」という話になりかねません。生のデータをご覧頂き、本当の姿を見せたのが良かったと思います。
--TOUCH POINT BIで得られた成果は何でしょうか。
小田島氏:連続有給休暇最大15日や客単価向上を実現できました。(価格変更に対する需要の反応尺度を指す)価格弾力性と逆行していると思われるでしょうが、マーケティング的な定説では、単価向上は顧客減少につながりかねないとされています。そこでデータを元にして、どのお客様に信任されているかを調査しました。多くの飲食店は、「若者が多い」「年配層が多い」と感覚的な情報はお持ちですが、具体的な年代まで調査していません。例えば50代と70代では指向は大きく異なります。何を注文し、どれを購入しているかといったデータを積み重ねると、次のアクションが見えてくるでしょう。年代や客属性を定量化できるマイクロソフトの「Cognitive Services」と「PowerBI」などの技術も使いながら、この努力を重ねてきました。
先に触れました通り、もともと事業を辞める予定でした。今は人材不足が叫ばれていますが、地方は当時から人材雇用の問題があります。そこで事業を縮小してテナント化を目指しました。しかし、当初の試行錯誤する過程で、大きなトラブルが重なり、それなら「とことんやってみよう」とデータ分析をスタートさせました。
--データ分析に至った信念みたいなものはありますか。
小田島氏:これまで4業種ほど携わってきましたが、すべての物事はデータで判断できます。この商品を売るための数字、人の感覚的な部分も数値化しました。しかし、多く飲食店は経験と勘に頼っています。この分野にテクノロジーや数字を加えれば、生産性の低い市場が改善するという思いがありました。
当初は食券やソロバンをExcel化し、次にExcelでデータベースを作成しています。2014年あたりまでは(デジタル化の)波に乗り遅れていましたが、Excelマクロを大量に駆使した2016年あたりからデータから洞察を得られるようになりました。当時は某大手POSレジを使用していましたが、3カ月以上のデータを蓄積できず、保持するには特殊なHDDを取り付けるか、PCを使ってバックアップしなければなりません。その頃はレシートをすべて印刷し、Excelで入力していました。3年分のデータが蓄積した時点で、データを機械学習に食わせて来客予測に着手しています。2016年あたりから広まったクラウドや機械学習ですが、エンドユーザーでも気軽に試せるようになったのは大きいですね。
とはいえ、(飲食店)現場の仕事と変更しながらシステム開発に取り組むのは難しいのが現実です。だからこそ、1つのパッケージとしてシステム提供できればTOUCH POINT BIの需要があるのではと考えました。
--TOUCH POINT BIの導入について社内にはどのように説明しましたか。
西嶋氏:(横の大槻氏を見ながら)社内には……説明していないよな?(笑) 全国で坪売り1位2位を争う「テラスモール湘南」に出店していますが、そこに2018年5月からTOUCH POINT BIを導入しています。それまで8店舗中6位の売り上げでした。そこからデータを元にメニュー変更など改善を重ねたところ、10月には4位へ浮上しました。11月の速報値はまだ出ていませんが、4位をキープできそうです。その後、鎌倉店にもTOUCH POINT BIを導入しましたが、他の未導入店舗は低下基調にもかかわらず9月、11月は過去最高の売り上げとなりました。
大槻氏:オープン前は小田島さんと同じく、Excelの手入力です。テラスモール湘南店は多くのお客様が訪れるものの、少ない情報で判断する“カン頼み”で対応してきました。しかし、TOUCH POINT BI導入後は判断材料がすぐに提示され、次のアクションを打てます。来客層も男女比や年齢層も不明確でしたが、現在は週1で分析時間を設けて、女性比率が向上するといったデータが見えてきました。まだ着手したばかりですが、10月からは女性向けメニュー開発にも着手し、売り上げも向上中です。今後は男性の集客率が課題でしょうか。
--TOUCH POINT BIはクラウドベースのソリューションですが、とは言え三重県と神奈川県という物理的に離れた距離があります。導入時のコミュニケーションに不安はありませんでしたか。
小田島氏:商談はすべてテレビ会議で行い、まだ(店舗などの)現地にはお伺いしていません。作業もクラウド上で完結するため、2日もあればソリューションを提供できます。コミュニケーションコストはまったく発生しません。
大槻氏:テレビ会議は数回、あとはメールのやり取りで何も不満はありません。むしろ要望に対する対応が早く感謝しています。
--先ほど週1で分析会議をしているとおっしゃいましたが、具体的には?
大槻氏:男女比率や年齢層、時間帯客数、入館率、(売上高累積構成比を示す)ABCといったデータを元に、施策の方向性が正しいか判断します。
西嶋氏:TOUCH POINT BIを使って良かったのが、「飲食業の搾取構造」から脱却できることです。飲食業は営業利益率が狭いところに広告出稿などのマーケティング費用がかさんでいましたが、自らの判断で施策を実行し、効果測定できるのは過去と比べると大違い。
--食材の生産や流通といった界わいでもテクノロジーを使ったサービス企業が増えています。とはいえ、飲食業界はITリテラシーが高くありません。TOUCH POINT BIのようなソリューションを理解してもらうのは難しいのでは。
小田島氏:おっしゃるとおりです。TOUCH POINT BIは、現場で働くスタッフの大人でも高校生でもパートの人でも直感的に使えることを目指しました。フードテックツールは煩雑な操作を必要とするものが多く、それらを反省材料として現場のヒアリングを重ねながら完成に至っています。
秋吉しのぶ氏(EBILAB/ゑびや データサイエンティスト見習い/おもてなし責任者):TOUCH POINT BI完成以前は、ホール担当責任者を別の女性と務めていましたが、互いの感覚が異なり、看板に掲げる内容も直感ベースで決めていました。もちろんデータを掘り起こせば分かりますが、より良いサービスを提供するのが主目的なので、その時間を割けません。完成後はホールやキッチンに大きなディスプレイを設置し、複数のiPadを用意して皆でデータを見ています。店長だけ数字を把握しても意味がなく、スタッフ全員が数字を見ることが大事です。
西嶋氏:本当に飲食店はやることが多すぎます。うどん屋を始めた時はなめていましたが、1000円稼ぐことの大変さに気づかされました。そんな時にTOUCH POINT BIが救世主となり、飲食店における多忙な業務を交通整理して働き方が改善すること期待します。
小田島氏:多分やり方が分からないのだと思います。どれが自分たちのベストアンサーなのか知る術がないのでは。飲食店関係者はフードショーや外食産業展などに足を運びますが、IT系展示会には行きません。だからこそ僕らはダッシュボードを見れば来客予測も販売予測もできる、「サービス業におけるプラットフォーム」を目指して行こうと思っています。
大槻氏:飲食店の現場はやることが本当に多く、根性論になると続きません。現場で疲弊しているなかで、分析などに取り組む時間を作れないのは、ソリューションを使いこなせていないからだと思います。TOUCH POINT BI導入で分析に要する時間も大きく減り、現場に取って明るい材料だと感じました。
秋吉氏:私たちはサービス以外の煩雑な業務を効率化したいのですが、判断に伴う現場スタッフの責任を軽減するための共通認識を提供します。実際に私たちのお店でもPDCAサイクルを回すスピードは速まったと思います。
--(聴講者からのQ&Aで)TOUCH POINT BI導入には社員のマインド醸成が必要だと思います。具体的な努力はされましたか?
小田島氏:特に何もしていません。ただ、僕が先端を走っています。強いて言えば、顧客視点ではなく「従業者視点」をアピールしてきました。僕は現場で接客せず、相対するのは従業員です。「僕は君たちがお客様であって、君たちを心から愛するから、君たちは現場に訪れたお客様のことを心から愛してほしい」という話をしてきました。
是非は分かりませんが、僕は価格弾力性を無視して提供品の値上げを躊躇(ちゅうちょ)せずに行います。これは顧客視点では実行できません。経営者が顧客視点になった時点で、“価格を下げて安くて良いものを提供しよう”となりますが、しわ寄せを受けるのは従業員か生産者です。そうなると何もうまく行きません。
僕らがTOUCH POINT BIを運用できるのは、仕組みで生産性を上げて給与・待遇に反映させているからでしょう。誰しもメリットのない変化は好みません。変化することで自分たちの生活が豊かになることを実現することで、マインド醸成につながるか分かりませんがテクノロジーアレルギーはなくなるのでは。自分たちの部下に、「自分の思想と理念に基づいて共に働いてくれたら、必ず君を出世させるよ」と確約するような企業経営に努めています。
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