しかし、どうやらユーザーが使いこなす必要のない機能に関しては、その限りではないと考えるべきだろう。シラー氏はかつて、故スティーブ・ジョブズ氏とMacの開発をしていた頃のことを回顧しながら、どのような考えで製品開発しているかについて話した。
実はこの話を聞く前から、何らかのAI的な処理で写真の印象を向上させているのだろうと個人的にはそう感じていた。単純な写真の調整処理だけでは説明できない、被写体ごとに異なる色再現や明暗のトーンが割り当てられていたからだ。
一流の写真家が行ってきたような、より美しい写真を得るための手法を、A12 BionicのNeural Engineを用いて実現し、手仕上げのように丁寧な描写を得ているのだ。
そう喧伝してもおかしくはないところだが、なぜそうした訴求をしないのだろうか。「重要なことは、撮影された写真に満足してもらうことだ。(理解する必要はなく)“いいな”と感じてもらえればいい」(シラー氏)
被写体の細かなディテール、質感、奥行き感、ホワイトバランスなど、いろいろな部分で違いが出せるよう、iPhoneのカメラアプリに組み込まれたフィルターは動作しているというが、それらは「iPhone全体に施されている数多くの改良のうちのひとつ」(シラー氏)で、ユーザーがそれとは気付かないうちに“より良い結果”をもたらす工夫は随所に盛り込んでいるという。
こうした機能を説明するのではなく、体験レベルの高さや、より良い実装、より良い品質で他製品との違いを感じてもらうべき、という考え方は、パーソナルコンピュータ“Macintosh”の時代にまで遡るアップルのDNAなのだとシラー氏はいう。
たとえば、現在ではあたりまえとなっているDTP(Desktop Publishing)を実現するため、アップルはMacintoshでのフォントレンダリング(文字描写)や組版レイアウトの美しさ、的確さを求め、ディスプレイ上で印刷物に匹敵する品位の表示が行えるよう細かな調整が行われてきた。画面上の色と印刷物、あるいはデジタル写真が持つ本来のカラー特性とディスプレイとの間での一致感を高める“カラーマネジメント”も同じだ。
いずれも印刷業務、あるいは写真を扱うプロフェッショナルのワークフローを改善する上で欠かせない要素だが、アップルはそれらが”透過的(それとは意識せず)”に一般ユーザーが体感できるようにしてきた。近年はディスプレイやカメラの性能向上などに伴い、より広い色再現域の情報を(ユーザーが意識することなく)簡単に扱えるようにするため、Display-P3を多様な製品、ソフトウェアで導入するなど改良を重ねている。
ひとつひとつ、難しい技術的な解説とともに宣伝しなくとも、より高い品位をもたらせば、消費者はそれを"感じてくれる"と信じているのだという。
「スティーブはよく、私たちは“テクノロジーとアートとリベラルアーツの交差点”に立っているのだと話していた。だからこそ、私たちは機能ではなく、感性を重視してきた。しかし、一方でそれは説明すべきものではなく、感じてもらうべきものだとも考えてきた。(アップル製品には)まだまだ知られざる仕掛けがたくさんある。製品を通じて、それらを感じてくれるとうれしい」(シラー氏)
ハードウェアやOSの機能は、先行したとしてもいつかはライバルが接近してくるものだ。あるいはスペックや性能だけならば、追い抜かれることもあるだろう。
アップルがA12 Bionicで力を入れたニューラルネットワーク処理の能力をハードウェアで向上させる工夫は、ファーウェイが自社製SoCで実現しているほか、グーグルがPIXELシリーズに外部LSIで搭載。ARMも機械学習モデルの処理に特化したArm MLのライセンスを開始している。
“機能と性能”の違いは、いずれも各社平準化していくことだろう。しかし、アップルはこれまで、フォントレンダリングや組版レイアウト、あるいは(WindowsとMacを併用しているなら多くの人が感じているだろう)マウスやトラックパッドの振る舞いの洗練度(それ以外にもいくつか思いつく要素はあるが)など感性に訴える部分で違いを生み出してきた。
アップルは同じような違いを、新たな領域でももたらすことができるだろうか?製品紹介には現れない部分に、今一度、注意を向けてみることにしたい。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」