不動産業にテックを活用したい不動産事業者と、不動産業にテックで切り込みたい不動産テック事業者を対象に連載「不動産のプロが語る不動産テック」。シリーズを通して、不動産テックカオスマップの12個のカテゴリを、不動産業に従事する者として順番に語っていくこととする。今回は「IoT」を取り上げる。
IoTを初めて見たとき、「IT」の誤字かと恥ずかしながら思った。さらに、IoTは「Internet of Things」の略字であり、日本語訳は「モノのインターネット」とのことらしい。はっきり言って何を意味しているのかさっぱり分からない。これは「かなり手ごわい相手だ」と不動産屋として直感した。
不動産テックにおけるIoTは、各種センサやウェブカメラなどのIT機器が不動産と結びつき、リアルタイムで不動産の状況を確認できるサービスが各種存在する。また、電子錠(スマートロック)を用いた自由度と安全性の高い入退室管理システムなどもある。
入居者やテナント、そして、不動産の利用者の利便性や快適性を高めるサービスが中心である。例えば、遠隔で家のエアコンを操作したりお風呂を沸かしたりできるものや、日の出とともにカーテンが自動で開くようなIoTも存在する。「あったらいいな」という近未来を実現してくれたり、高齢者の見守りを行い少子高齢化という日本の課題を解決するIoTもある。しかしながら、これら利用者にとっての便利さと快適さこそが、IoT普及の最大の障害になっている。
IoTを個人が導入して、そのメリットを受けたいのであれば、何ひとつ問題ない。Amazonや楽天市場でIoT機器を購入して、自宅や職場に設置すればいい。しかしながら、マンションやオフィスビルなどの収益不動産のオーナーが、保有不動産にIoTを導入する際、問題は非常に複雑になる。
IoT機器を数十、数百と導入する際、不動産オーナーの関心はズバリ1つ、「儲かるかどうか」である。言い換えるなら、IoTを導入することで「賃料が上がるのか?」、「空室率が下がるのか?」にしか関心はない。つまり、IoTによって入居者やテナントの利便性や快適性が高まったとしても、収益性が上がらなければ、オーナーはIoTを導入する決定ができないのである。
ここで、IoTメーカーと不動産オーナーの悲しい対話が繰り広げられる。
メーカー:「弊社のIoT機器を全戸に導入すれば、入居者様は皆さん喜ばれますよ」
オーナー:「でも、賃料は上がらないでしょう。」
メーカー:「……」
実は、IoTを導入してからも問題は発生する。それは維持費やメンテナンス費を考慮しないことが多いからだ。IoTは電子機器であるため、壊れることを想定しておかなければならない。そして、それは緊急対応が必要となることが多い。
例えば、スマートロックが壊れた時をイメージしていただければ分かりやすい。深夜1時に帰宅した際、原因不明の不具合で家のスマートロックが開かない。当然、入居者は激怒してサポートセンターや管理会社に苦情の電話を入れるだろう。やっと我が家に帰れたのに家に入れないのだから当たり前である。
緊急サポートが駆けつけて入居者が無事家に入れたとしても、問題は終わりではない。緊急対応の費用を誰が負担するかが、深刻な問題として残っている。オーナか? メーカーか? 管理会社か? さて誰が費用を負担するのだろうか? IoT導入時に維持費やメンテナンス費を考慮し、負担ルールを決定していない場合は、思わぬ出費が発生して関係者には微妙な空気が流れる。
最新IoTを部屋の差別化とした場合は、さらなる苦難が続く。例えば、最新スマートスピーカをオーナー負担で部屋に設置した場合を想像していただきたい。
導入後の1~2年は、入居候補者向けの内覧時に「最新のスマートスピーカが設置されていますので、近未来の生活を楽しんでいただけます」とドヤ顔で部屋を案内できる。そして入居確率も上がるかもしれない。しかし、導入から3~4年が経ってしまった場合は様相が変わっていく。「少し古いモデルですが、スマートスピーカが一応ついています……」もはやドヤ顔はできない。もしくはスマートスピーカには触れないほうが良いかもしれない。
IT製品でもあるIoT機器は、陳腐化が想像以上に早いのだ。3~4年前のIT機器が部屋に存在するだけで、古めかしさをアピールしてしまう。ましてや5~10年経ってしまうと骨董品となり「懐かしさ」すら感じさせてしまう。IoT機器をオーナー負担で導入する際は、頻繁な更新を覚悟しなければならない。このようなことは、今までの不動産業界では経験したことがないスピードである。家電製品であるエアコンや温水洗浄便座でさえも、5年程度ではここまでは陳腐化しない。
ネガティブなことばかり述べてきたが、不動産業界でのIoT普及は難しいのだろうか? IoTの設置によって直接利益を増やそうとするのであれば、導入は難しいだろう。見守り機能や利便性向上といった「守りのIoT」は、収益を直接生まないからだ。守りのIoTとは、問題発生を事前に防止したり、不便を解消するなど、新たな価値を積極的に追求しないIoTを意味している。
しかしながら、本来のIoTの可能性は「攻めのIoT」にある。例えば、工場や労働現場等に導入されているIoTがそのよい事例となる。各種センサによって製造現場の課題を発見して、工程改善にそのデータが活用されている。データ分析結果を反映させ生産性を向上させることで、IoT投資のコストは回収される。
これは、いうなれば攻めのIoTである。IoTで得た情報を次のビジネス展開に活用して新たな価値を追求していくのである。不動産業においても同様のことは考えられる。IoTによってさまざまなデータを取得し、次の不動産開発や商品設計、リーシングなどに役立てるのである。
IoTを目先の効果のみで導入しようとするとどうしても採算が合わない。しかし、「モノのインターネット」の名のとおり、IoT機器によって収集したデータをインターネットを通じてデータベースとして蓄えることにIoTの真髄がある。どのようなデータを収集すれば次の不動産ビジネスに役立てられるのかを考えて初めて、IoTをうまく使いこなせるのである。
リマールエステート 代表取締役社長CEO。森ビルJリートの投資開発部長として不動産売買とIR業務を統括するとともに、地方拠点Jリート(現MCUBS MidCity)の上場に参画。太陽光パネルメーカーCFO、三菱商事合弁の太陽光ファンド運用会社の代表取締役社長CEOを歴任。これまでのクロージング実績は、不動産と太陽光事業等を合わせて3,500億円以上にのぼる。2016年に不動産テックに関するシステム開発やコンサル事業等を行なうリマールエステート株式会社を起業。日本初の不動産テック業界マップを発表するとともに、不動産テックに関するビジネスセミナーや研究会などを多数開催するほか、不動産企業やIT企業に対してコンサルティングを実施。自社においても不動産売買仲介プラットフォーム「キマール」を開発するとともに、「不動産テック案内所」を運営するなど、日本における不動産テックの第一線で活躍中。政治学修士、経営学修士、コロンビア大学院(CIPA)、ニューヨーク大学院(NYUW)にて客員研究員を歴任。
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