1899年の創業から119年を数える大手菓子製造業の森永製菓。同社は今、変革の時を迎えつつある。2014年12月には新事業創造を目指した新たな取り組みとして、「森永アクセラレータープログラム」を開始し、新たなビジネスの創出を目指してきた。同社は既存事業の拡大と共に、新事業による大きな躍進を必須必達のテーマとしている。その方向性を明らかにするため、同社執行役員 新領域創造事業部 部長 大橋啓祐氏に話をうかがった。聞き手は朝日インタラクティブ 編集統括 CNET Japan編集長の別井貴志が務めた。
――新領域創造事業部が生まれた成り立ちを教えてください。
2014年4月に新領域創造事業部を設立しました。それまでも新規事業に取り組む部門を設けてきましたが、うまく稼働せずに解散を繰り返しています。そこで、現在の社長である新井(森永製菓 代表取締役社長 新井徹氏)が、「本当に真剣に新規事業をやらないとダメだ」と方向性を示しました。
現代は菓子の流通1つ取っても大きく変化し、日本が少子高齢化を迎えます。これらの現状を鑑みると、既存事業は厳しくなるでしょう。だからこそ、真剣に新規事業へ取り組まないと10年後は分からない。そんな新井の考えから既存事業の強化と共に新規事業を創出する新領域創造事業部ができました。
――最初にアイデアソンを実施したその理由は?
部設立からの半年間は就業時間が苦痛でした(笑)。何をしていいか分からず暗中模索です。そこでさまざまな方にお会いして、まずはアイデアソン(アイデア+マラソンの造語)を実施しました。もちろん、これまでアイデアソンという単語を耳にしたこともありません。
弊社特有ではないと思いますが、さまざまな組織に属しないと会社や業界の文化でしか物事を考えられない傾向があります。多くの起業家やベンチャー企業の方々と話してみると、我々の考え方が狭く、行動力不足を痛感させられました。叩(たた)きのめされたと述べた方が正しいかも知れません。
一般的なオープンイノベーションの取り組みとして、大手企業が足りないリソースを外部に求める手法と、ベンチャーが大企業のリソースを使って共に取り組む2つのパターンがあります。弊社は後者にあたり、“アイデアは何でもいい。一緒にやっていこう”というスタンスでした。参加された方々からは想像つかないようなアイデアを多数提案して頂きました。
よくベンチャー企業は、大手企業の決済スピードの遅さに閉口して離れていきます。そこで、新井から提案があり、アクセラレータープログラムに於ける出資については、稟議から着金まで極めて短時間で決済できるように内規を変更しました。ベンチャー企業のスピードに追従できる社内体制を築くためですが、実現できた背景は新井の「前年をなぞるような仕事はするな」という発言です。おかげで大きな問題も発生せず進行できました。
――これまで3回アクセラレータープログラムを実施してきましたね。
その上で2014年のアクセラレータープログラム、2016年の「森永アクセラレータープログラム2016」、2017年の「森永アクセラレータープログラム2017」と開催しています。第1回はフード系コーポレートアクセラレータに位置付けていましたが、第2回は新井の指示でフードという枠を取り外したところ、確かに面白いアイデアがあったものの、弊社が関与するような提案ができなかった。飛び地過ぎて相乗効果が生まれませんでした。
そのため第3回は再びフードに焦点を当てています。参加者も方向性を理解して頂き、開催期間中は月1回のミーティングを実施しましたが、ベンチャー企業参加者側から横の連携が生まれ、皆で事業を成長させるための話し合いを重ねました。運営的には1番充実したプログラムです。
その結果として得た成果は2つ。1つは社内のマインドセットを大きく変えた点。もう1つは事業創出の軸。さらに別な文脈で見ると、社内主導型事業創出の可能性でしょうか。オープンイノベーションでは、外部主導型と内部主導型に分かれますが、アイデアソン実施で社内のマインドセットが変化し、社内主導型で事業を立ち上げることが可能になりつつあると感じています。
――具体的な新規事業は?
まずは出資した企業に社員を派遣する「ベンチャー留学」でしょうか。ベンチャー企業は人材と予算という大きな問題を抱えていますが、弊社でエントリーシートや書類選考を行う選抜プログラムで人員をそろえ、ベンチャー企業側と意見が合致すれば1年ほど派遣する仕組みです。
企業のオフィスに健康を切り口とした、菓子や食品を届ける「プチチャージ」は、健康経営がバズワード化した頃に始めた事業で好評でした。ただ、収益が乏しく2018年5月に撤退しています。オーダーメードのおかしを小ロットで開発する「おかしプリント」も高評でした。マインドセットの変革もあり、担当者が展示会などを回ってハイチュウの化粧箱を注文に応じて印刷する仕組みを用意し、最初は結婚式やお子さん誕生などのお祝いで配る注文受注が主でしたが、企業がノベルティグッズとして利用する傾向が高まり、こちらは現在も続けています。
風変わりなのは東京・上野御徒町にある「日本百貨店」との連携でしょうか。弊社の研究員がアイデアをマーケティング部門に提案しても、さまざまな理由で商品化が難しい場合があります。それでもチャレンジしたいという研究員も少なくないため、日本百貨店さんと連携し、研究員が開発から店頭販売まで行いました。それまで売れないと社内では言われた商品も顧客反応はよく、新たな取り組みとして大手メディアでも取り上げられました。
アクセラレータープログラム開催を経て出資した企業もユニークなものばかりです。学童保育におやつを配達するサービスを行う「ウィライツ」も出資した企業の一つです。本来なら学童保育の施設職員は子どもとふれあう時間を優先すべきですが、菓子発注を始めとする追われる事務作業のニーズにお応えしています。「ウィライツ」の経営者が学童保育の施設経験者のため、弊社の市場チャレンジと合致し、キッズ系施設に菓子販売などを行います。
「Afri-inc」はウガンダおよびケニアでスマートフォンとハンディプリンターを使用し、売り掛け情報など互いの販売記録を保持することで不正売買を防ぐ流通網構築支援サービスです。アニメ映像やスマートフォンアプリ開発を行う「グランスカイスタジオ」は、弊社が広告代理店以外の広告作成方法を選択するために出資しました。 「ハチたま」は大手メディアでも話題になっている、猫用IoTトイレ「トレッタ」の開発元です。猫は慢性腎疾患や慢性腎不全になりやすいため、おしっこの回数や体重減少を測定するデバイスですが、現在どのようなビジネスモデルで進めるか検討中だと聞きました。一般的に菓子製造業とペット食品は親和性が高いものの、弊社社長は事業進出を否定しています。しかし、堀井さん(ハチたま 代表 堀宏治氏)のプレゼンテーションが素晴らしく、新井が惚(ほ)れ込んだことで出資に至りました。
――この一方で、TRINUS(トリナス)と共同商品開発を開始しました。
従来の商品開発では弊社がR&Dからコンセプトやデザイン、市場調査を行うことが多いですが、TRINUSはその部分をクラウドソーシングで担うというコンセプトに強い関心を持ちました。コンセプトやデザインだけを提案する会社はありますが、TRINUSは作るだけでなくメーカーとしての在庫責任を負って事業をしています。弊社は商品化や製造を担い、販売プロセスについてもクラウドファンディングを用いて、希望者数を募った最低生産数を達成した場合のみ、製造・販売を行う仕組みとなりました。
我々としては「信用できる」「一緒に取り組める」と思えたのが(コラボレーションに至った)大きな要因です。また、既存の考え方とは異なるもの作りを可能とし、弊社の新しい体験にも通じると考えています。
――今後の取り組みについて教えてください。
我々は事業を「芽」「苗」「幹」の3段階に分けました。「幹」は弊社でいう既存事業、菓子製造や販売です。「苗」は1から10へ仕事を育成するステージであり、我々の部署は0から1の仕事を探索するステージと言えるでしょう。
もちろん「芽」「苗」「幹」それぞれは同等ではなく、同じ物差しで測るべきではありません。売り上げの大小で優劣を決める傾向が日本社会ではありがちですが、外部の刺激を常に受け入れてきた弊社は、この考え方が浸透しつつあります。
ちなみに人事評価という観点では、「芽」に携わる人員は最初から難しい取り組みにチャレンジしているため、評価基準を高い位置からスタートさせました。
――改めて「新領域創造」と名付けた理由は?
我々は当初、新規事業に大切なのはアイデアだと考えていました。しかし、アイデアソンやアクセラレータープログラムを実施する中で、とあるベンチャーの方に「大間違いだ。実行だよ。実行しないことには始まらない」と言われ衝撃を受けました。
確かに世に言う新規事業は「これは・それは」と提案し、リスクが高いと中断させられますが、大事なのは「やるか・やらないか」。そのため、新領域創造事業部のスローガンは「アイデアより実行」です。
――テクノロジの活用をどのようにとらえていますか。
AI(人工知能)やIoTなどバズワードが世の中に溢(あふ)れています。これらのキーワードを使えば、最先端を見据えているように映りますが、基本はツール(道具)ととらえています。技術が普及することで世の中が変わり、ビジネスチャンスが生まれる。そこを見極めるのが大事でしょう。ツールとビジネスの本質を混ぜ合わせてはいけません。
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