スチュアート氏は、帯域を拡張することで高音質化するのではなく、音の時間軸解像度に注目。時間軸とは、どのくらい細かな単位で音を認識できるかという尺度だ。人間は1ミリに50マイクロ秒の単位で時間軸の変化が認識できるとされていたが、2000年代に入り、さらに細かい10マイクロ秒の精度を持つことがわかった。
それに対しCDの時間軸解像度は4000マイクロ秒とされ、人間に比べると400倍も鈍い。そのためCDの音が固く、不自然に感じるという結論が得られた。ちなみにハイレゾの時間軸解像度は数百マイクロ秒程度。CDに比べるとかなり改善されているが、人が持つ解像力にはほど遠い。
スチュアート氏は、既存のリニアPCMの音源が持つ時間軸解像度を細かく再設定できる特別なフィルタを開発。このフィルタを使って音楽ファイルをエンコードすることで、高音質化するのがMQAだ。
一例を挙げると、カメラータ・トウキョウの音源、1970年代のアナログ録音で、カメラータの代表作でもある「驚異のデュオ/ベルリン・フィルハーモニック・デュオ」。チェロとコントラバスのデュエットを中心としたアルバムで、この中のロッシーニ「チェロとコントラバスのための二重奏曲」だ。リニアPCMは192kHz/24bit、CDとハイレゾの比較の際にもよく用いられた音源で、ノビが良くて端整、キレ味も良くキレイ、ハイレゾらしさがよく出てる。やはり素晴らしい録音だと感じるが、MQAを聴くと別物と思うくらいの違いがあった。
MQAはそれらが“皆目わかる”のだ。リニアPCMでは見えなかった“メカっぽい動き”、つまり弓が弦をこすった時の、振動、共鳴、発散という物理的な現象、発音のメカニズム的な動きがまるで目に見えるようになった。弦の力のかけ方で言うと、入力、反発、発散、飛翔というシークエンスが微細な時間で起こっている。この動きの精細さが音として感じられる。
カメラータ・トウキョウからもう1つ、「至高のコンサートグランド ファツィオーリ F278 ドビュッシー&シューマン:ピアノ作品集/コスタンティーノ・カテーナ」。イタリアのピアノメーカー「FAZIOLI(ファツィオリ)」のコンサートグランドピアノを使った音源で、聴いたのはペルージャ郊外、ウンベルティーデという小さな町の“サンタクローチェ美術館”で収録されたドビュッシー「月の光」。透明感とFAZIOLIの響きの美しさで有名な音源だ。
それがMQAになると、響きの出方がぜんぜん違う。リニアPCMでもクリアで響きが美しく、場の雰囲気も良い。でもMQAでは“響きの雲”ができるのだ。例えるとリニアPCMは“長細い雲で上に行くようにスッキリしている”という様子だが、MQAは積乱雲のように分厚くモクモクとしている。しかも雲の形が大きく、中にもいろんな段階があるということが見えるよう。さらに、MQAでは色が着く。演奏に差し込む白色の光が、プリズムで七色に分光して重層的に連なるという趣がある。低音は赤、その上の中域は緑、高域は黄色や青、それが宙を螺旋状に漂う。
MQAのすごさは音質だけに留まらない。これだけの音質を再現しながら、「オーディオ折り紙」効果により、容量を抑えられる。ハイレゾのMQAファイルは折りたたむとCD同様の容量になり、通常のCDプレーヤーで音楽を聴くことが可能。さらに専用のデコーダーを通すと折り紙が広がり、元の帯域で再生できる。
ファイルを折りたたんだり、広げたりすることで、容量と音質を自在に操れるMQAは、現在世界を席巻中。ワーナーミュージック、ソニー・ミュージックエンタテインメント、ユニバーサル ミュージックの世界3大レーベルが採用したほか、対応デコーダーをソニー、オンキヨー、パイオニア、ティアックを始め、世界のオーディオメーカーが発売している。
世界から支持を集めるMQAに新たな形を提案したのが、日本のレコード・レーベルUNAMASと録音機材を取り扱う独RMEの代理店であるシンタックスジャパンが販売した「MQA-CD」だ。
UNAMASの代表である沢口真生氏とシンタックスジャパン代表取締役の村井清二氏は、ともに非常に音にこだわりを持つ人物。この2人がMQAはCD同様の容量になることに着目し、MQA-CDを発想した。つまり折りたたんだ情報量はCDのそれと同じなので、規格上の正しいCDが制作できるはずと踏んで、実際に作っててみたら、通常のCDプレーヤーで再生でき、MQAデコーダーを通すと、見事にMQAのハイレゾサウンドが再生できた。
この登場に誰より驚いたのが開発者であるスチュアート氏。彼自身はMQAはストリーミングで使ってほしいという思いがあり、CD化については全く考えていなかったという。
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