超高齢化社会へと突入する日本社会にとって、介護現場が抱える課題は深刻だ。内閣府がまとめた統計によると、2025年には65歳以上の高齢者人口は全人口の約30%に達し、そのうち20%が認知症患者になるといわれており、介護現場に携わる人々の負担は今後大きくなることが予想される。こうした現状に、テクノロジはどのような課題解決のアイデアを提供できるのだろうか。
2月27〜28日に開催されたカンファレンス「CNET Japan Live 2018 -AI時代の新ビジネスコミュニケーション-」において、エクサウィザーズの代表取締役社長である石山洸氏が「AI利活用による超高齢社会のコミュニケーション革命」と題した講演を行い、人工知能による「エビデンス・ベースド・ケア」を活用した介護コミュニケーションの最適化事例を紹介した。
高齢者への介護は、人と人のコミュニケーションによって成り立つ。そのものをテクノロジに置き換えることはできないが、石山氏はこうした前提を理解したうえで、介護のコミュニケーションにどのような形で人工知能が介在すると課題が解決できるのかを研究しているという。「人工知能の世界にシンギュラリティが起きると言われる2045年には、日本人口の6割が50歳以上になる。いま21世紀型の社会への転換期を迎える中で、人工知能を活用して認知症の方と認知症でない方がどのように日常的にコミュニケーションしていくかは大きなテーマだ」(石山氏)。
では、介護のコミュニケーションにおける人工知能は何を目指すべきなのか。石山氏はまず、人工知能が世界チャンピオンを倒したことで有名な囲碁の世界と対比して、介護のコミュニケーションがもつ特徴の複雑さについて説明した。「介護にはケアをされる人、ケアをする人、施設を運営する人、社会保障費を税負担する人など、さまざまな人が参画している(多主体)。そして、個室のベッドにおいて行われる介護からは、すべての情報を収集することはできない(不完全情報)。どちらが勝てばどちらかが負けるわけではなく、参画する人が協調すれば社会全体でWIN-WINの関係をつくれる “プラスサムゲーム”である」(石山氏)。
この中で、多主体・不完全情報という特色はどのような意味を持つのか。それは、主体によって介護の目的が異なるということを表わしている。被介護者は自分の認知症の症状を抑制したり、QOLを向上したいというのが目的であり、介護者は介護による負担感を最小限に抑えたい。そして、施設運営者はビジネスとして介護施設の利益を最大化したいと考え、国や行政、納税者は社会保障支出の抑制を目指したい。「こうした目的が全く異なる世界のなかで、当事者の目的を人工知能によってどのように最適化していくかが重要になる」(石山氏)。
加えて、参画する当事者すべてにとって理想的な利益が生まれる“プラスサムゲーム”という特徴については、人工知能による介護費の削減と介護士の増加など、さまざまな効果が期待できるという。たとえば、現在の介護費に対して新たにロボティクスなどのテクノロジに投資したいと考えると、予算は膨れ上がるばかりだ。しかし、人工知能による介護コミュニケーションの最適化を通じて介護費の削減が実現できれば、削減した予算のなかから新たな投資を生み出すことができるという。
また、介護士の増加に関しては、多額の予算をかけて年間数千人規模の採用を行っても、高い割合で早期に離職してしまうという課題もある。しかし、人工知能による介護コミュニケーションの支援によって、こうした課題を解決することが期待できるという。「介護士の負担が減った先に離職率が軽減すると、施設運営者にとっては採用コストを回収でき、人材不足と言われる介護士の市場母集団を増やすことができるのではないか」(石山氏)。
では、介護コミュニケーションを最適化するための人工知能にはどのような資質が求められるのだろうか。石山氏は「人工知能にはデータやアルゴリズムが重要だと言われているが、使い道のゴール設定はもっと重要。ゴールを間違えて人工知能を活用しても、介護コミュニケーションは改善しない。より良い世界を作るための定義を作り、失敗して、そこでどう人工知能を活用するかを考えることが重要になっていく」と説明した。
こうした説明を踏まえ、石山氏は介護現場におけるコミュニケーションの課題と、それを人工知能の介在によってどのように支援しているのかについて、実例を挙げて説明した。石山氏が会場に投影した映像では、介護施設における認知症の高齢者の様子が映し出されていた。一方は、介護士に強く反発している=介護を拒否しているように見え、もう一方は落ち着いた様子で介護士とコミュニケーションが取れているように見える。この違いは何によるものなのだろうか。
石山氏は介護コミュニケーションにおいて必要な要素としてユマニチュードと呼ばれる評価方法を挙げ、「見る、話す、触れる、立つという4つの要素を重要視している。そこで、どのようにこの4つの要素が実践されれば介護拒否が行われないかを、人工知能で(介護の様子を撮影した動画を)解析して研究している」と説明。ベテランと新人で4つの要素評価にどのような違いが生まれるのかを動画解析を通じて研究することで、何が良い介護コミュニケーションなのかを探ることができるのだ。
こうした手法について石山氏は、医療における「エビデンス・ベースド・メディスン」(根拠のあるデータに基づいた治療)を引き合いに出し、「介護の世界では“良い介護とはなにか”がエビデンスベースで解き明かされていなかった。こうした状況に対してディープラーニングを活用することで、動画を人工知能で解析できるようになり、何をもって“良い介護”とするかが見えてくるようになった」と説明した。実際、このユマニチュードによる介護コミュニケーションの改善は福岡市で実証実験が行われ、被介護者の認知症における行動・心理症状は20%低下し、また介護者の心理負担感も28%軽減されたのだそうだ。
ちなみに、石山氏によるとこの認知症ケアにおける介護拒否はやみくもに拒んでいるのではなく、“防衛反応”なのだという。たとえば、「見る」というと私たちは視線を送るだけで「見た」と考えるが、それでは認知症の方は介護者を認知できない。そこで突然服を脱がせそうとすると、認知症の方にとっては突然服を脱がされたと認識され、強い防衛反応を示すのだ。ユマニチュードを習得した熟練の介護者は被介護者の顔と20センチ以内に近づき、正面からアイコンタクトをとって「見る」のだという。一見すると介護者の負担は大きいように感じるが、石山氏によるとこれによって介護拒否が起きにくくなり、負担はむしろ軽減されるのだそうだ。
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