今後、感情分析AIはどのように活用されていくのだろうか。山田氏は「引き続き、ライブでの精度を上げていく」と話している。「これまでは初年度の試みだったが、4月からの来年度以降は新しいアーティストのツアーも始まる。ツアーにこのソリューションを対応させて、何カ月にもわたるツアーの中でどういう風にパフォーマンスが変わっていくのか、どういった特性の観客が来ているのか、そういったことを明らかにしていく」(山田氏)
実はそれ以外にも、やりたいことがあると山田氏は続ける。チケットは通常、1枚で買われることはあまりない。チケットを誰が買ったかは販売時に分かるが、複数枚買われたチケットで誰が来場するかについては、ほとんどブラックボックスだった。
「今は感情分析にフォーカスしているが、こうしたソリューションを使って、カメラを出入り口にも付けることで、そこを通る全員が分析対象になる。どういった人が訪れたか、ほぼ全量取れる。そうした試みを続ければ、実際に来ている観客の属性データまで明確になり、チケットの販売データだけでは見えないデータまで分かってくる」と山田氏は言う。
「実際に来た人こそが、本来我々がマーケティングすべき対象だと捉えると、その精度を上げられる。チケットだけでなく、大規模なイベントではスポンサーがつくが、スポンサーにとっても顧客の属性は非常に重要だ。どんな人がそのアーティストに興味を持って来ているのか、スポンサーを集めるときの基礎情報としても使える」(山田氏)
さらに山田氏は「より楽しんでいる属性は誰なのか、といったところまでデータとして提示できる。単に『来ている人』ではなく、楽しんでいる人に絞り込んでターゲットにしていくことは、マーケティング上、重要なことだと思っている」と今後の活用への期待を語った。
田中氏は「この実証実験を重ねてできた知見を使って、エンターテインメントの領域だけではなく、例えば店舗といったような新しい領域にもチャレンジしていきたい」と述べている。
「広告業界では今、博報堂、電通と協業していて、街にあるアウトドア広告にカメラを設置し、広告を見た人の属性を見て広告を出し分けている。エイベックスはたくさんのコンテンツを持っていて、コンテンツの知見がある。片や広告業界については代理店の知見もあり、リテールからの知見も出るかもしれない。そうなったときに、1社ではなく、パートナー企業を複数社合わせることで、今までできなかった新しいビジネスモデルが作れるのではないか。それを実現するために、オンプレミスではなくクラウド環境を使ったアライアンスをエイベックスとともに進めていきたい」(田中氏)
エンターテインメント業界におけるAI活用、と言うものの、今回のソリューションで主軸に置いているのはマーケティングだ、と山田氏は言う。「ただ、我々はエンターテインメントの企業として、もっとできることはあると思っている。例えば、観客の感情をリアルタイムにステージに反映させる試みも将来的にはやっていきたい。VJイベントで映像自体を感情パラメータで変化させるなど、感情分析は複雑で動きがあるので、コンテンツとして十分可能かと思う。ビジネスとして、タイミングや切り口を含め、いい形の演出ができれば、そういった試みもやっていきたい」(山田氏)
「ビジネス的な側面で考えると、これ自体をライブプラットフォームの1つとして外販も考えている。我々は自社のライブだけではなく、他社や海外アーティストのライブの運営制作も受託しているのだが、オプションの1つとして分析ソリューションを提供することも考えられる。また分析だけをやりたい企業があれば、直接売ることも可能だ」とも山田氏は今後の展開を明かした。
田中氏は「重要なのは、目に見えるコンテンツとテクノロジを組み合わせること。リアルを重要視した技術を作る、ということをやっていくべき。そこに、お客さんの感動や心を動かすものがなければならない。VRの世界観でコンサートをやって、お客さんの感情をゴーグルを通して取る、こともやろうとすればできてしまうが、そういう世界観になると面白くないのではないか」と述べ、「リアルを大事にしたエンターテイメント×テクノロジというのをやっていきたい」と話す。
「我々の持っている仕組みは、あくまでもデータを取るところまでしかできない。この感情のデータを分析するのは、それぞれの業種に特化した方々のノウハウであり、システムを作るときに一番重要な部分だ」(田中氏)
山田氏も「感情分析グラフだけでは正直あまり意味がない。タイムラインに合わせて、実際の楽曲名などを入れていって、その曲はどういう曲なのか、といった情報を加えていくことで面白くなる」と補足する。
「あるライブで笑顔と悲しみが逆転する場面があった。これは実は『次がラストの曲です』と言った瞬間だった。そういう感情が分かりやすく反映されているので、見ていると面白いし、そうしたものを積み重ねて説明していくと、『これは本当に演出上役に立つよね』という話ができるようになっていく」(山田氏)
山田氏は、AIありきでこのシステムができたわけではない、と言い、「今回の感情分析AIは、潜在的に課題感が自分の中にあったからこそ思いついたソリューションだ」と話している。
「ライブに行くと僕は観客を大体見ている。職業病のようなものだが、ステージ上よりも会場の盛り上がりや観客のことが気になってしまう。そうしたことがあったので、こういった仕組みが出口として見えてきたのかな、と思う」(山田氏)
田中氏もAIとの接し方について、先週あるパートナー企業とのディスカッションで感銘を受けた話を紹介した。それは「AIは人間の能力を補うものであって、人間に代われるものではない」というものだ。
「我々がやりたいことが10あったとして、人間の能力と既存のシステムでは8しかできなかったとする。ではその残りの足りない2のところはどうするか。今まで人間がやっていたところをAIの力を使ってやらせて、人間にしかできないところをさらにその上に積んでいく、という考え方でやっていくべき。AIにはこれができるから、それをベースに何ができる?という話ではない、ということを改めて考えさせられた」(田中氏)
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