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8人兄弟に生まれ各地を転々、エンジニア畑からCEOに抜擢--エウレカ石橋氏の半生

藤井涼 (編集部)2018年03月07日 08時00分
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 「家族が多くて、家にあまりお金がなかった。高校3年生の時には実家を差し押さえられて、大学進学も諦めないといけないのかと思った。誰かに人生の首根っこを掴まれている感じがすごく嫌で、とにかく何をやっても大丈夫なくらい実力をつけて、成長し続ける必要があると思った」――。国内最大規模の恋愛・婚活マッチングアプリ「Pairs(ペアーズ)」を運営するエウレカ代表取締役CEOの石橋準也氏は、自身の過去をこう振り返る。


エウレカ代表取締役CEOの石橋準也氏

 石橋氏は、創業者の赤坂優氏から2016年にエウレカのCEOを引き継いだ、現在30歳の若き経営者だ。マッチングアプリ企業の社長と聞くと、つい“恋愛好きのやり手な男”を想像してしまうが、実際に対面してみるとそういったイメージとは程遠い謙虚さを持ち、むしろ好青年といった印象すら受ける。また、20代前半ですでに結婚しており、「もう自分ではPairsのユーザーになれない」と笑う。そんな石橋氏がなぜエウレカのCEOに選ばれたのか。そこには、同氏の半生が大きく影響しているという。

8人兄弟に生まれ、自宅を差し押さえ--「一度は進学を諦めた」

 石橋氏は、8人兄弟の6人目として、1987年に大阪で生まれた。実家は家族が多かったため、年齢順に上から3人、2人、3人ずつのグループに分けられ、それぞれが山村留学や施設に預けられるなどして幼少期を過ごしたという。「8人の中では6人目だけど、1番下のグループの中では長男という扱いだったので、上の兄弟たちの圧力を受けながら、下から突き上げられる中間管理職のようなポジションだった(笑)」。そのため、幼い頃から自然と集団の中での振る舞い方を身につけていったという。

 6歳までは大阪に住んでいたが、その後は山村留学していた上の兄弟たちの誘いもあって、家族揃って北海道に移住し、天塩町や豊富町などを数年おきに移り住んだ。転機が訪れたのは稚内市で暮らしていた高校3年生の時。両親がマンションの保証人をしていた知人が行方をくらまし、その借金の返済のために自宅を差し押さえられてしまったのだ。そのため、一度は進学を諦めかけたそうだが、東京で働いていた上から2人目の兄から「自分がいる会社で働きながら、大学に通ってはどうか」と誘われ、それを機に上京したのだという。

 もともとは建築士を目指していた石橋氏は、東京理科大学を受験し無事に合格。それと同時にウェブの受託会社にアルバイトとして入社した。それから2年間は学業と仕事の“二足のわらじ”の生活を送っていたが、次第にプログラミングの面白さに引き込まれ、建築士よりもエンジニアとして生きたいと思うようになったという。そして、大学3年生になったばかりの4月に退学を決意し、20歳で当時のアルバイト先に正社員として入社した。

 それからは、当面の目標としてGoogleでも通用する技術力を持つエンジニアになるべく開発に没頭していた石橋氏だが、そんな日々も長くは続かなかった。入社してわずか2年後に会社の経営が傾いてしまったのだ。「当時の自分では、その会社の立て直し案が出せず悔しい思いをした。技術だけでなくビジネスセンスも身につけなければいけないと考えるようになり、転職することにした」(石橋氏)。


 そこで、開発力だけでなくビジネススキルも高めるために、2010年にカラーコンタクトや化粧品、ECなどを手がけるT-Gardenに入社。会社全体を見渡し、課題や改善点が見つかれば、率先して提案してはそれを実行していった。そんな働きぶりが評価され、IT・物流・CSの統括マネージャー 兼 自社サービスのウェブプロデューサーに選ばれ、物流やカスタマーサポートなどのコストやインフラを最適化するプロジェクトを主導するなどして、ビジネスの基礎を徹底的に学んだという。

 そして、今から5年前の2013年、エウレカ創業者の赤坂氏に出会い同社に入社した。「当時は起業を考えていたので、エウレカのビジネスモデルに興味があり、赤坂さんとも波長があったので入社を決めた」(石橋氏)。その翌年となる2014年には同社の執行役員CTOに、2016年3⽉には取締役COO兼CTOに就任。さらに同年7月、創業者の赤坂氏の退任にあわせてCEOに就任した。入社から3年でのスピード出世だった。

 エンジニアとして中途入社した石橋氏が、なぜこれほど短期間でCEOに抜擢されたのか。この疑問に対し石橋氏は、前職のT-Gardenと同様に「会社にとって必要なことを見つけて取り組むのが得意だったからではないか」と話す。

 「スタートアップは人数が少なく、時間やリソースもない。だから、目の前の仕事をこなすことでいっぱいいっぱいになっていることがほとんど。その中で、経営者が気づいていない“会社に必要なこと”にいち早く気づいて、どんどん提案をして実行した。僕にとって経営とは、課題からのボトムアップやビジョンからのトップダウンで会社の成長に必要なことを見つけ出し、優先順位をつけて取り組むこと。職種やポジションに関係なく、そういうマインドを持っていたから僕が選ばれたのかなと思う」(石橋氏)。

 実際、同氏はエウレカに入社後、数多くのプロジェクトを立ち上げて実行し会社の成長に貢献。また誰とでもフラットに接する人柄もあり、社員からの信頼も厚かったという。


 しかし、創業者である赤坂氏の後任が、荷が重くなかったといえば嘘になる。「赤坂さんにはある種のカリスマ性があったので、みんなが僕についてきてくれるのか、正直かなり怖かった。(就任から1年半が経ち)いまでも自信はないが手応えを感じているのは、自分が誰よりも真剣に前を向いていれば、足りないところは社員のみんなが補い、支えてくれる。そう考えるようになった」(石橋氏)。

 そんな石橋氏が社員たちに伝えているメッセージは、「とにかく成長し続けて欲しい」ということ。前述したように、裕福ではない家庭で育った同氏は、社員一人ひとりに外部環境に左右されない強い力を身につけてほしいと考えている。

 そのための投資も惜しまない。毎週、社員には上司との1対1ミーティングの場を設けているほか、四半期に1度、個々の社員の成長状況をすり合わせし、ともに人生のキャリアを考える機会を設けているという。他にも成長のためのインプットを大事にして欲しいという思いから、夏季・冬季合わせて20日以上の長期休暇を与え、自己研鑽費用として給与に一律で月額1万円を上乗せするなどしているそうだ。「全社員がユニバーサルに優秀な人材になってほしい」(石橋氏)。

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