アイリッジは、同社が開発した電子地域通貨プラットフォーム「MoneyEasy」を活用して、飛騨信用組合と共同で岐阜県の飛騨高山地域における地域住民を対象とした電子通貨「さるぼぼコイン」の商用サービスを2017年12月4日から開始した。
両者は、2017年5月から8月まで主に地元自治体の職員を対象に電子通貨の有用性を検証する実証実験を展開してきたが、今回の本格稼働では地域住民や観光客へのサービス提供を開始する。電子通貨を利用できる加盟店は約100からスタート。ユーザーは、店舗に設置されたQRコードを専用のスマートフォンアプリで読み取り、アプリ上で商品代金を決済し支払いを完了できるほか、加盟店は顧客から受け取ったコインを仕入れの決済などに使用することもできるという。ちなみに「さるぼぼ」とは飛騨高山の言葉で「さるの赤ちゃん」という意味で、地域の守り神として慕われている。
今回、アイリッジはどのような狙いで電子地域通貨の事業に乗り出したのか。FinTech事業推進チームチームリーダーの川田修平氏に話を聞いた。
――なぜ、飛騨高山という地域を選んだのでしょうか。
川田氏:アイリッジとしてはこれまでO2Oのソリューション開発に取り組んできたのですが、その中で「せっかくスマホを活用して顧客を来店させているのだから、決済手段まで提供できないのか」という思いはかねてから考えていました。さまざまな試行錯誤をしてきたのですが、その中でバスの運賃決済がスマホでできる「バスペイ」というサービスが2016年の夏に徳島県と埼玉県のバス会社で実用化できたのです。
大規模な会社であれば便利な決済手段に大きな投資コストが発生しても、ペイできるのかもしれませんが、地方の小規模な会社などでは設備投資のコストは大きな負担になります。そのサービスは乗車するバスのチケットをスマホで購入して運転手に提示するという仕組みで、決済システムの導入コストが大きく抑えられるというのが特長でした。
こうしてスマホ決済サービスがひとつ実現したことで今後の展開を考えている中で、一方で飛騨信用組合も地域電子通貨の導入を模索しており、双方の方向性が一致したことで2016年の11月に本格的にプロジェクトがスタートしました。
――サービスローンチまでに苦労した点はどこでしょうか。
川田氏:ひとつは当局の登録認可を取るところですね。本当は2017年11月に正式稼働する予定だったのですが、認可取得の関係で1カ月遅れる結果になりました。認可取得は飛騨信用組合さんが担当したのですが、お金を扱うことなのでシステムの監査、リスクマネジメントや運用方法の確認など時間をかけて厳格にチェックしていただきました。
もうひとつの点は、スマホユーザーを対象にしたサービスであるという点をどのように意識付けしていくかという点で苦労しました。例えば、スマートフォンを持っていない人はどうするのかという疑問に代替手段を用意すると、軽いシステムで簡単に決済手段を提供するという本来の趣旨から外れていってしまいますよね。そうしたサービスの方向性を決めていく意思決定の中で、スマホに特化したサービスに割り切って考えていく点に苦労することが多かったですね。結果的に、システムは非常に軽いものになり使いやすいサービスができたのではないかと思います。
――12月4日のサービス開始後の反響はいかがでしょうか。
川田氏:サービス開始からまだ日が経っていませんが、すでに総額で数千万円分のチャージをしていただいており、早速多くの取引が生まれています。サービスの初動としては当初の想定以上ですね。加盟店数もスタート時には手続きの関係で約100店舗ですが、すでにそれを上回る申込みを頂いておりますので、2017年中には200店舗、今年度中には500店舗に増加する予定です。
――決済手数料はどのように設定しているのでしょうか。
川田氏:加盟店での決済手数料は1.5%、加盟店が仕入れ代金などを支払う送金の手数料は0.5%に設定しています。クレジットカードの場合、小規模店舗が決済端末の導入などを行うと決済端末の費用に加えて、5%~8%程度の決済手数料が掛かる場合がありますが、さるぼぼコインは少ない手数料でサービスを導入できる点が特長です。
また、クレジットカードでは決済された代金が実際店舗に入金されるまではタイムラグが発生しますが、さるぼぼコインは決済で得られたコインを好きなタイミングで現金化したり支払いに充てたりすることが可能です。ただ、さるぼぼコインの狙いはコインの流通を活性化することですので、コイン送金の手数料を低く設定することで利用を促進する工夫をしています。
――サービスによってどのようなデータが得られ、どのような活用の可能性があるのでしょうか。
川田氏:アプリの初期登録時にユーザーから取得するアンケートから年齢や性別といったプロファイル情報が得られるほか、いつどこで決済したのかという利用履歴のデータも取得できます。2018年春には飛騨信用組合の口座情報とも紐付けますので、ユーザーの資産状況とも関連付けた利用状況の分析などができるようになる見込みです。個人のプライバシーや機密情報は保護しながら、属性ごとの消費動向の分析などができると考えています。具体的な分析方法はこれから検討していく予定です。
――このサービスは観光客も対象になると思いますが、外国人観光客、とりわけスマホ支払いに馴染みのある中国人観光客への対応はどのように考えていますか。
川田氏:中国人観光客への対応は次のフェイズで考えることではないかと思います。確かにQRコードでの決済には慣れていますが、1日~2日の短期間の滞在で新たにさるぼぼコインのスマホアプリをダウンロードして使用するかはまだ未知数といえるでしょう。一方、欧米の観光客は1週間くらいの長期滞在する傾向がありますね。中国人向けには、WeChat Payなどとの共通QRコードの展開などが考えられるのではないでしょうか。
――サービスの認知拡大に向けて、今後どのようなマーケティングをしていくのでしょうか。
川田氏:(アイリッジのオフィスのある)東京から遠隔でネットマーケティングを行うというのは無理がありますが、地元企業や地元生活者との強いパイプを持つ飛騨信用組合と共同で行っているという強みがありますので、そのタッチポイントを活かしたサービスの紹介やキャンペーンなどを展開しながら盛り上げていこうと考えています。
東京から私たちのようなベンチャー企業が単独でサービスを実装して拡大しようとしたら、なかなかすぐに地元の信頼を獲得するのは難しいですが、そこで地元金融機関と共同でサービスを展開する利点が活かせるのではないかと思います。
――今後の展開について教えてください。
川田氏:2018年春に向けて、インターネットバンキングからのコインチャージへの対応や、専用のチャージ機の設置など、コインをチャージしやすくするサービスの拡充を進めていく予定です。また、個人間でのコイン送金への対応も視野に入れてサービスを開発していきたいと考えています。
当面のブレイクスルーとしては、飛騨信用組合のビジネス圏である飛騨市、高山市、白川村という2市1村の人口約12万人のうち、さるぼぼコインのサービス利用可能者として想定している約8万人の中で2割から3割のカバーを目指し、アカウント数では2万アカウント程度を目標にしていきたいですね。
使う場所が限られる地域限定通貨をメリットとみるかデメリットとみるかは人によって判断が異なると思いますが、私たちとしてはメリットとして見てみるのもおもしろいのではないかと考えています。使う場所が限られていれば、その使える範囲で色々な店舗を探すようになりますよね。これは地域の経済循環の活性化に繋がることなのではないかと思うのです。
なお、このスキームに関しては飛騨高山地域だけでなく他の地域でも展開していく予定です。地域金融機関は地域経済の活性化や地元企業との関係強化にさまざまな課題意識を持っていますので、その解決策のひとつとして私たちの電子地域通貨を活用していただければと考えています。加えて、アイリッジとしてはこの電子地域通貨を軸にしてスマホ向けO2Oソリューションの展開を加速させたり、また自治体と協業して「ボランティアポイント」や「健康マイレージ」といったポイントプログラムと電子地域通貨とを連携した取り組みなどの可能性も模索していきながら、ビジネスを拡大していきたいですね。
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