不動産サービス「IESHIL」を展開するリブセンスは9月末、測量サービス大手のアジア航測と共同開発した不動産事業者向け営業支援サービス「IESHIL CONNECT(β版)」の提供を開始した。
このサービスは、不動産営業に携わるビジネスパーソンを対象とした、地震や洪水といった自然災害リスクや物件情報等の住環境データを物件ごとに検索・閲覧できる営業ツール。IESHILが保有する約27万棟のマンション物件データとアジア航測が保有する災害データを活用し、価格査定とともに物件の総合的なリスク評価を可視化するのが特徴だ。このサービスが生まれた背景や開発秘話などについて、リブセンス 不動産ユニット プロダクトグループの稲垣景子氏と竹馬力氏、そしてアジア航測 社会基盤システム開発センター G空間biz推進部 事業開発室の角田明宝氏に話を聞いた。
――まずは、両社が協業することになった経緯などをお聞かせください。
稲垣氏:私たちからアジア航測さんにお声掛けさせていただいたことが始まりでした。元々IESHILやDOOR賃貸というメディアを通じて消費者に不動産サービスを提供してきた中で、不動産業界全体を俯瞰したときに不動産事業者から消費者に提供しなければならない情報量やその領域が非常に広いという課題を感じ、消費者だけでなく不動産事業者も情報やテクノロジでサポートできる仕組みを生み出せないかと新たなサービスを考え始めました。
具体的なサービスの構想を固めるため、まずは20社ほどの不動産事業者にどのようなサービスを求めているかヒアリングしました。その結果、今回リリースしたサービスのテーマである住環境データの情報提供に課題を感じていらっしゃることが分かりました。また、現在IESHILは中古マンションを価格査定するサービスを提供していますが、将来的には様々な情報を元に不動産物件の流通を透明化したいという理念のもとでサービスを拡充しており、より多角的な情報を提供したいという想いがありました。消費者への情報提供と不動産営業のサポートという両軸のメリットがある住環境情報、中でも災害リスク情報を最優先にサービスを開発することとしました。そこで地理空間情報のパイオニアであるアジア航測さんに相談させていただきました。
――最初に声を掛けてもらって、どんな印象を持ちましたか。
角田氏:他の部署では対応できない新しいタイプのご相談ということで、私たちの事業開発室で対応させてもらいました。実は、私たちのビジネスは行政や自治体から依頼を受けて測量をしてデータを納品するというビジネスモデルが大半を占めていましたので、私たち自身で何かを作るという経験がほとんどなかったのです。今回の協業にあたってはまずは無料のデータを探すのが良いと思いまして、ちょうど私が社団法人社会基盤情報流通推進協議会の運営する「G空間情報センター」でも仕事をしておりますことから、そちらに登録されているデータを活用しようと考えて一緒に進めました。
不動産業界とは接点はありませんでしたが、元々私が昔から都市計画などに携わることが多かったため、防災については高い関心を持っていました。私自身、どこが安全か、リスクが高いかというのには非常に興味がありまして、そうした関心に応えるデータを探し出して提供することを考えました。災害リスク情報の提供というのは(不動産ビジネスでは)恐らくタブーなのかもしれませんが、それをしなければ消費者は安心できないのではないかと思い、リブセンスさんに提案させていただきました。
――具体的には、どのような形でサービスを展開しているのでしょうか。
稲垣氏:不動産情報サイトで物件情報を閲覧する感覚で、物件毎の災害リスクを物件情報と併せて閲覧できる点が特徴です。災害リスクサマリーでは地震、洪水、液状化といった災害ごとの安全性評価を点数表示で閲覧でき、立地場所の周辺地域とも簡単に比較できるようになっています。加えて、気になる災害項目の詳細を閲覧いただくと、ハザードマップによって想定最大震度やその災害による物件への影響度を具体的に確認することができます。災害リスクを把握したいというお客様のニーズに対し、営業担当者は情報収集に時間を取られること無くご利用いただけます。
加えて、サービス開発にあたり災害リスクについて深く調べるほど、土地や地形、歴史といった環境が大きな影響を与えるということが分かり、土地の成り立ちや近隣河川からの影響などについても閲覧できるようにしています。こうした情報の元となるデータは全てアジア航測さんよりご提供いただいています。
――そのデータはどのように提供されているのでしょうか。
角田氏:まずは5メートル間隔のポイントデータというものが存在しており、そこには標高データが記録されています。そのポイントデータに首都直下地震の想定最大震度、液状化指数、津波や洪水発生時の浸水深などのデータをマッピングする形でデータを完成させています。ポイントデータの数は1都3県で約8億点になります。
最初はポリゴン(多角形)データで提供することを考えたのですが、そうするとどこのポリゴンにマンションが位置するのかを空間解析により求めることになるので、作業が非常に煩雑になってしまいます。一方で5メートル間隔のポイントデータであればそのポイントからの距離だけを計算すればいいので、ある意味複雑な空間解析をする必要がありません。
ただ、このポイントデータを用意するのが実際には非常に困難でしたね。元データの上に様々な災害リスクのデータをどのようにマッピングすればいいのか。それこそ、データを重ね合わせて空間解析をする(災害リスクデータのどこの場所にポイントデータが位置するのかを約8億点それぞれで計算して特定する)必要があるのです。膨大な時間が掛かる作業でしたので、非常に苦労しましたね。
ちなみにこのデータはある時点における災害シミュレーションデータを元に作っていて、更新性があるものではありません。元々データ更新はそのデータを作っている国や自治体などに依存するものですので、定期的にできる種類のものではないと思います。
――安全性評価はどのように算出されているのでしょうか。
稲垣氏:災害別に独自のロジックを決めて計算しています。災害ごとにどのような要素が重なるとより被害への影響が大きくなるのか様々な変数で組み合わせて算出しています。
――サービスはどのように提供されているのでしょうか。
稲垣氏:現在は不動産事業者を対象に無料で提供しています。将来的には有料化を検討していますが、まずは住環境情報に触れることでどのような利点があるのかということを、多くの営業担当者に知っていただきたいと考えています。
利用シーンとしては、接客前、接客中、接客後それぞれのフェーズで適切なサポートができるものと考えています。まずは提案物件を検討する接客前です。これまで住環境情報を確認する場合には様々な情報ソースに個別にアクセスする必要がありましたが、IESHIL CONNECTで効率化できると考えています。また売却査定の際にも同様です
実際に不動産の価格査定に関わる担当者に話を聞いたところ、査定書の作成には様々なリサーチをするため3時間を要し、法人向け不動産コンサルタントが物件や土地周りの調査を依頼された場合は作業時間に2週間ほどかかるそうです。IESHIL CONNECTで住環境情報をワンストップで取得できれば、作業時間を大幅に削減できると期待の声が寄せられています。
一方で、接客時には、お客様からの「この物件は災害時に大丈夫なのか」という質問に対してすぐに情報提供が可能です。回答がスムーズであることは、お客様に安心と信頼を与えることができるのではないでしょうか。加えて、現在物件ごとの災害リスクをレポートとして出力できる機能を追加開発中で、お客様に後日メールでレポートを送付することも可能になる予定です。
――ビジネスモデルについて、特にアジア航測の収益モデルはどのように構想していますか。
稲垣氏:有料化の後、レベニューシェアを予定しています。
――それにしても、データの準備は本当に大変でしたね。
一同:それはもう本当に大変でした(笑)。角田氏:とてもおもしろいチャレンジでしたね。膨大な空間解析を期限までに終えられるか、本当に肝を冷やす思いでした(笑)。
竹馬氏:開発期間を算出した当初は9カ月程度を想定していたのですが、それを一気に2カ月に縮めることができました。発表する今回のイベント=開発のデッドエンドとなることはすでに決まっていましたので、システムを開発しながら並行してイベントに間に合わせる"イベント駆動開発"も進めていたほどです(笑)。稲垣が紹介したレポート機能をはじめ、初期リリースに組み込めなかった機能がたくさんありますので、今後の機能拡充で対応していきたいですね。
――今後の構想について教えてください。
角田氏:今後も多くの方の役に立つコンテンツを提供したいという考えでおりますが、課題としては国や地方公共団体が保有しているデータを、機械判読が可能な形式で、誰でも二次加工や商用利用が可能かつ無料で提供いただくデータのオープン化に積極的に取り組んでほしいという点が挙げられますね。G空間情報センターでは全国の自治体などが公開しているオープンデータを継続的に収集して、その一覧を公開しているのですが、その中身についてはフォーマットや項目がバラバラで全国データとして統合するのには非常に大きな労力が掛かるのが実情です。しかし、そもそもデータをオープン化してくれない場合が多いというのが、大きな課題だと思います。
現在では、G空間情報センターから政府にデータの提供を呼びかけており、政府のリーダーシップでデータの公開を促していくことで、データの入手は比較的容易になりつつある状況だとは思います。このほど官民データ活用推進基本法というものが制定され、都道府県はデータ公開が義務化されることになったのですが、市区町村レベルではまだ努力義務に留まっています。そこがデータのオープン化に対する自治体ごとの温度差を生み出しているのではないでしょうか。
稲垣氏:住環境情報は災害リスクだけではありませんので、今後は利便性、教育・保育環境、医療などの分野にも情報を拡充していきたいと考えています。多くの観点から総合評価が見えることと災害リスクだけがわかることではサービスの価値に大きな差があると思いますので、物件毎の住環境について良い情報も悪い情報も包括的に閲覧できるようなサービスを目指したいと思います。
また、住環境情報の価値基準として、消費者一人ひとりが必要とする情報は異なり、知りたい情報を適切に届けることができるかということが大切です。今後は、どのようなデータが消費者にとって本当に必要なのかという研究にもより一層注力していきます。
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