日本のIT人材不足、HRのプロはどう見ているか--ロバート・ウォルターズに聞く

 IT人材の不足が日本国内で深刻さを増している。帝国データバンクが2万社以上を対象に8月に実施した企業動向調査では、情報サービス企業の69.7%が「正社員が不足している」と回答している。また、人材会社のロバート・ウォルターズが7月末に発表した第2四半期採用動向レポートでも、「グローバル化とIoT、AI実用化の進展を受けて専門的な技術・経験を有するバイリンガル人材を巡る人材獲得競争が激化している」と指摘している。

 こうしたIT人材の不足について、HRのプロフェッショナルはどう見ているのか。英国に本拠を置く大手人材会社のロバート・ウォルターズ・ジャパンで、IT企業向けの人材コンサルティングを統括するマネジャーの奥井啓介氏に話を聞いた。

ロバート・ウォルターズ・ジャパンの奥井啓介氏
ロバート・ウォルターズ・ジャパンの奥井啓介氏

「経験+英語力」を備えた人材に高いニーズ

 まずは、IT人材の不足について同社の見解をまとめる。同社は、データ活用関連の人材需要の高まりについて、「データ分析を担うデータサイエンティストなどは、製造全般、消費財、小売、医療機器、製薬などの商工業でも人材採用が活発になっている」と説明する。また、人工知能分野の採用数も増加傾向にあり、「AIを巡っては研究者・開発者とは別に実用化を担えるエンジニアが少なく、需要に対して圧倒的に人材が不足している」としている。

 IT人材の不足について、採用の現場ではどのような動きが見られるのか。奥井氏は「企業からは日々新たな求人が生まれているが、採用は進んでいないのが現状。人工知能、クラウド、セキュリティ、モバイル、ビッグデータといった新たなテクノロジの分野では、ソリューション製品を導入したユーザー企業で人材需要が高まっている。多くの企業でオンプレミスのシステムからオープンなものへと転換したことで人材需要が生まれている」と語る。こうした人材需要にも関わらず、IT人材の転職意向は欧米に比べてコンサバティブ(保守的)であり、需要に対して十分な人材の流動性は生まれていないのだという。「人材の争奪戦は激化しているのが現状」(奥井氏)。

 こうした現状に対して、同社では採用条件の軟化を企業に提案しているのだという。“即戦力”を採用したい企業にとっては、スキルレベルや専門分野などで高いレベルでのマッチングを人材に求めてしまいがちだが、理想が高ければ高いほど採用の難易度は高くなるのだ。「すべての要件にこだわるのではなく、ポテンシャルを重視した人材採用へと視野を広げる企業も増えている。IoTや人工知能の分野は、ビジネス実務での経験が豊富な人材は圧倒的に少ない。そういう人材“だけ”を探していては、いつまでも採用はできない」(奥井氏)。

 こうした状況に対して奥井氏は、ピンポイントで具体的な実務経験者を探すのではなく、経験はなくとも実務で生かせるスキルや経験のバックグラウンドを持つ人材を採用すべきだと提言する。経験よりも向学心、学習能力を重視することが重要なのだ。「ITの分野はテクノロジのトレンドや市場ニーズが大きく変わっていく。こうした変化を敏感にキャッチアップして学習、対応していける人材を重視すべきだ」(奥井氏)。

「働き方の選択」に対する欧米との意識の違い

 奥井氏によると、欧米では業務を通じて身につけたスキルをもとに、新しい経験やスキルを積みたいという積極的な理由で転職する人が多く、日本においても優秀なエンジニアの中にはこうした“ステップアップ”のために転職している人は少なくないという。長年に渡って終身雇用が文化として根付いてきた日本では、いまだに転職回数が多いことがネガティブに捉えられることもあるが、欧米では自分の求める働き方に応じて転職することをポジティブに考える傾向があるとしている。

 「1社ですべてのスキルを手に入れられるわけではないため、数社を渡り歩きながらエンジニアとして必要な経験・スキルを完成させようという人や、将来の独立起業に向けて“足りない知見”を積もうという人もいる。ここ数年で、転職に対する意識がネガティブからポジティブへと変化してきたのではないか。採用するテクノロジ系の企業などでも、大手企業でなければ近年は候補者の転職回数を気にしなくなってきている」(奥井氏)。

 奥井氏は海外の動向について「エンジニアは良いオポチュニティ(機会)があればすぐにでも転職したいという意向を常に持っており、転職には非常に積極的だ。多くの人がSNSを転職活動にも活用し、ヘッドハンターも優れた人材にすぐアプローチできるような環境が生まれている」と、転職に対する日本との意識の違いを指摘する。

 その上で、「日本人の転職に対する積極性はまだ高まっていない。その背景には、日々の業務に追われて転職を考える余裕すらないという構造上の問題があるのではないか。自分のレジュメを書いたり、面談をしたりする時間も取れないのが現状だ」と課題を提起した。人材の流動性が高まってきているとはいえ、依然として転職に踏み出しにくい環境がある点が、自分の働き方に対するオポチュニティを阻害していると言えるだろう。

 加えて奥井氏は、日本と欧米のIT人材の“地位”についても指摘する。「日本と欧米ではIT人材の社会的なステータスや待遇が全く異なる。日本では依然としてIT人材に対する社会的な価値が十分に高まっておらず、日本人の優秀な人材はシリコンバレーやベルリンをはじめ海外へと目を向ける。日本国内で転職する場合にも、エンジニアの価値を認めてくれるグローバル企業を優先するのが現状」(奥井氏)。

 日本の企業では、IT人材はクリエイティビティよりも社内のオーダーに応える作業の生産性が重視される傾向があり、その存在価値についてスキルや経験に相応したものではない場合も多い。対して欧米では、自分自身のエンジニアとしてのポテンシャルをより高く評価する企業へと積極的に転職する動きがあるのだという。

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