どこまでやればいい?スタートアップのための特許戦略のKPI

大谷 寛(弁理士)2017年06月05日 08時00分

 「特許戦略への取り組みを始めたい」――2017年に入って、スタートアップの方々からこうしたご相談をいただく機会が増えています。

 声高に言わないにしても、その背景には、例えば会社を辞めて、これまでにないコンセプトを初めて形にして、そのコンセプトに対する社会のニーズが実証されてから後から模倣されるのは心地よくないという感情が多くの場合に感じ取れます。

 特許制度は、こうした新たな挑戦を支えるものではありますが、新規事業のコンセプト自体を抽象的に権利化することができるわけではなく、コンセプトを形にしていく上で、つまりプロダクトとして作り上げていく上で生まれる具体的な気付きや工夫を発明として評価して権利を付与する制度です。

 どのような気付きや工夫が実際に特許を受けることができるのかについては、自社と類似するビジネスモデルの他社特許を参考にしてみるとよいですね。具体例をみてイメージが湧いてきたら、

 「ではどの程度の取り組みをしていけば効果が出てくるのだろうか?」

 という疑問が出てきます。1件で十分なのでしょうか。それとも10件必要なのでしょうか。結論としては、筆者の経験則による部分があるものの、各出願が一定の条件を満たす前提で、プロダクトあたりの出願件数が2件を超えると効果的になってきます。

 まずは各出願が満たすべき条件から説明させていただき、それからKPIの詳細に入っていきます。

「価値の高い特許出願」とは

 特許出願した技術が他社により模倣されているのではないかという状況を想定してみます。この際に、他社事業を外からみてある程度の根拠をもって自社技術が用いられていると立証できそうであれば特許出願に適していて、自社技術が用いられていると言うための合理的な手掛かりが極めて少なそうであれば特許出願には適していないと言うことができます。特許権は結局のところ、他社が侵害訴訟のリスクを感じなければ存在しないに等しいためです。

 次に、特許出願に適している技術のうち、実際に、将来的に他社が模倣する可能性の高いものを優先的に出願すれば、価値の高い出願となります。より具体的に言えば、プロダクトの顧客への提供価値を実現する上で欠かせない技術、もしくは提供価値に密接に関連する技術を出願対象とすれば、市場が求めるプロダクトを作ろうとすると模倣せざるを得ず、他社による模倣の可能性が自然と高くなります。

特許戦略のKPI

 「こうした価値の高い特許出願を漏らすことなくタイムリーにファイルしていくのが特許戦略の重要な要素です」――定性的な助言としては、このように言えるでしょう。ただ、スタートアップはその成長ステージに応じてリソースの制限がありますので、無制限に取り組むわけにもいかず、定量的な指標、KPIが欲しいところです。

 大企業における特許戦略のKPIとしては、出願件数/売上高という指標があります。これは、多義的な言葉ではありますが、「特許力」と呼ばれることもあります。売上高が大きければ大きいほど特許訴訟が生じた際のリスクが大きく、したがってそれに比例した出願件数が必要という考え方です。売上高を考慮して競合と特許力で拮抗しているか否かという分析が自社を取り巻く特許環境を俯瞰するために用いられます。

 スタートアップの場合には、現時点での売上高は必ずしも実態を表すものではなく、指標として適切ではありません。したがって、特許力に代わるKPIが求められます。そこで、筆者がこれまでの特許紛争実務の中で感じてきたことを定量化して、プロダクトあたりの出願件数、英語で書くとPatent Per Product (PPP) を代替指標として提案します。シンプルではあるものの、実務的に測定可能なスタートアップのためのKPIです。

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