「イノベーションを生み出して社会課題を解決し、世の中を変える」ーー言葉で書くと驚くほど簡単だが、これを本当に実現しようとすると、途方もなく難しい。なぜならば、世の中を変えるためには、テクノロジによって便利なツールを生み出したり仕組みを変えたりするだけでは十分ではなく、そのツールや仕組みを世の中に浸透させ、私たち一人ひとりの意識や日常的な習慣が変わらなければならないからだ。
LINEが3月に開催した「LINE BOT AWARDS」においてグランプリを獲得したプロジェクト「&HAND(アンドハンド)」も、障がい者、高齢者といった社会的弱者が安心して暮らせる世の中を目指して、社会課題を解決するさまざまなツールを開発し、社会に実装しようとしている。有志が集まって結成されたこのプロジェクトは、どのような思いや考えで社会の変革を目指そうとしているのか。プロジェクトメンバーであるタキザワケイタ氏、松尾佳菜子氏、池之上智子氏、久樂英範氏に話を聞いた。
&HANDのメンバーは、ワークショップデザイナー、サービスデザイナー、UI・UXデザイナー、グラフィックレコーダー、エンジニアなどそれぞれ全く異なるバックグラウンドを持つが、いずれのメンバーも業界を代表する大手企業でそれぞれの仕事に従事しながらプロジェクトに参加している。集まったきっかけは、タキザワ氏が1年前に主宰したワークショップ。そのときに作ったチームが、のちにGoogleが主催したアイデアイベント「Android Experiments OBJECT」において、2作品でグランプリを獲得することになる。その1つの作品「スマートマタニティマーク」を考案したことが、&HANDのプロジェクト立ち上げの原点にあるという。
スマートマタニティマークは、妊娠中の女性が電車内でスイッチを押すと、対応するスマートフォンアプリを導入している近くのユーザーにBeaconによってプッシュ通知が届き、スムーズに席を譲ることができるというコンセプトで考案された。“席を譲ってあげたい”と思っても車内でなかなか声を上げにくい状況を、このツールによって解決することを目指しているという。「この発想を、聴覚障がい者や視覚障がい者、ヘルプマークを所持している方をサポートするツールにも拡張しようと考え、&HANDのプロジェクトを立ち上げた」と、タキザワ氏は語る。
現在開発を進めている&HANDは、聴覚障がい者や視覚障がい者をはじめ、身体的な困難や精神的な不安を抱えている人がLINE Beaconに対応する端末を携帯し、手助けが必要な状況でBeaconをONにすると、周辺にいる“サポーター”と呼ばれる&HANDのアカウントを友だち登録しているユーザーにメッセージが届きサポートを促すという、チャットボットを活用した人助けの仕組みだ。たとえば、視覚障害者が移動の際に持っている白杖(前方の路面を確認するために持っている杖)にBeaconを取り付けることで、周辺のサポーターが視覚障害者の存在を認知し、スムーズに手助けができるという発想だ。
プロジェクトではタキザワ氏がリーダーを務め、松尾氏は実証実験の企画や社会ニーズの調査、池之上氏はスマートフォンアプリのデザインや製品全体のコミュニケーションデザイン、久樂氏は企画した製品プロトタイプについて技術的な検証をしたり、開発協力してくれる企業への制作ディレクションをしたりするなど、それぞれのバックグラウンドを活かしてプロジェクトに貢献しているという。プロジェクトにはこの4名のほかに、エンジニアである清水純平氏、UXデザイナーである村越悟氏などが参加している。
特にタキザワ氏は、対外的な窓口を担いパートナーシップの拡大に注力したという。「このようなプロジェクトは、チームの中だけで形にするのには限界があると感じていた。いかにして外部の企業や人を巻き込めるかが大きなテーマ。ワークショップを通じて、鉄道会社や大手メーカー、UXを専門とする大学研究者と交流しながら自分たちにできないことを可能にし、多くの方々を巻き込みながらプロジェクトを大きくしていくことができた」(タキザワ氏)。
これまで書いてきた通り、&HANDが目指しているものは、助けを必要としている人と手助けをしたい人がつながるインフラを作り、助け合いが日常的に生まれる社会を生み出すことだ。「やさしさからやさしさが生まれる社会へ」という&HANDが掲げるビジョンには、多くの人が行き交う社会の中で、助けを必要としている人に対して手を差し伸べたいと考えている人が、なかなか一歩が踏み出せないという社会課題がある。そうしたジレンマをテクノロジによって解消し、助け合いが自然と生まれる社会を生み出そうというのが、&HANDのゴールだ。「2020年までのインフラ整備を目標に、パートナー企業との提携などを検討しているところだ」(タキザワ氏)。
タキザワ氏によると、スマートマタニティマークや白杖用Beaconなどをはじめ、助けを必要としている人のニーズに合わせてデバイスの機能や形を複数考案しているという。たとえば、白杖用Beaconについては、実際に視覚障害者に話を伺った上で形やボタンを置く位置などを検討しているのだそうだ。また、手助けをする側に対しても、アプリを通じてどのように障害者をサポートするのが良いかなどのアドバイスを提供しているという。「通知を受けたがどのようにサポートすべきかわからないというシーンが想定され、サポートする人に心の準備をしてもらい、自分の周りに助けを必要としている人が数多くいるということに気づいてもらえるようなUXを設計している」(池之上氏)。
そして、これらのデバイスで大きな役割を果たすのが、Beaconだ。一般的に、Beaconの位置情報送受信機は店舗などの施設で使用されることが多く屋内位置情報サービスとして活用されている。しかし&HANDは、手助けを必要とする人が直接Beaconを所持して自分自身を発信する手段として利用する。“Beacon発信機を持ち歩く”という発想が、&HANDが手掛けるデバイスの心臓部であると言える。
この点について、久樂氏は「世の中には“忘れ物防止Beacon”という持ち歩くタイプのBeaconがあるが、それだけでは個人の問題解決に留まりサービスに広がりがないと感じ、持ち歩きBeaconの可能性を模索していた。最初に誕生したスマートマタニティマークはこうした模索の中から生まれたものだ」と説明。技術的なハードルで最も大きかったのは電池持ちだったそうで、スマートマタニティマークであれば妊娠初期と妊娠後期が最も必要とされることから、妊娠中に常に必要とされるものではないという仮説のもと、電池持ちを計算したのだそうだ。
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