喜び溢れる働き方改革へ──リクルートキャリアが開発を試みるEvidence-Based HRMを紐解く

 リクルートキャリアは、AIを活用した「HRテック」による働き方改革の支援ソリューション開発を、日本マイクロソフトと共同で進めることを2016年9月に発表した。2017年2月に開催された「CNET Japan LIVE 2017~ビジネスに必須となるA.Iの可能性」でのパネルディスカッション「AIを活用した働き方改革を支援するソリューション開発プロジェクトについて」でその一端が紹介され、先にレポートしたとおりだ。

 ここでは、さらに具体的に、このソリューションで活用する「Evidence-Based HRM(エビデンス・ベースト・ヒューマン・リソース・マネージメント)」とはどんなもので、どんな完成形になるのか。また、今後何を目指していくのかなどについて、担当者であるリクルートキャリア 事業開発部ソリューション開発グループ・ソリューションプロデューサーの高森純氏と、同じグループに所属し、博士の学位も持つ鹿内学氏に話を聞いた。

働く個人と企業間のギャップを埋める

──「働き方」のどんな課題を解決するソリューションなのでしょうか。

リクルートキャリア 事業開発部ソリューション開発グループ・ソリューションプロデューサーの高森純氏 リクルートキャリア 事業開発部ソリューション開発グループ・ソリューションプロデューサーの高森純氏

高森氏:まず、前提として弊社には「今よりも、もっと『働く喜び』に満ち溢れた社会を実現したい」という大きなビジョンがあります。 働く環境の変化によって、働く個人が本来の持ち味を発揮できず、「働く喜び」を感じられないという状況を解決していきたいと考えています。

 特に、現在社会的な課題となっている「働く個人の多様性が生かされる働き方」や「長時間労働の是正」を実現したいですね。

 働く個人は働き方に多様性を求め、企業は生産性を求めるという二律背反がありますが、両者を実現しないと、働く個人も企業も持続可能な成長にはつながりません。弊社は、そういった事のバランスを取るお手伝いをさせて頂きたいと思っております。その鍵は「働く喜び」だと考えています。

──働く個人と企業の間にあるギャップとは、どんなものだとお考えですか。

高森氏:今は、これまでの雇用の大前提が揺らぎ始めている時代です。

 日本の労働人口は減少に転じ、産業構造はこれまでの製造業中心からサービス業中心に変化しています。またテクノロジーも急速に発展しています。多くの企業では、人材を最大限活用していく経営改革が急務になっています。一方で働く個人は、ライフスタイルやライフステージの変化に応じた自分らしい働き方や、子育て・介護などと両立できる働き方など多様な働き方を求めています。企業は多様な個人を活かす必要がありますが、容易ではありません。ある意味で企業は多様な個人一人ひとりと常に向き合い対話し続けていかなくてはいけない。こうした対話の不足や不在こそが働く個人と企業の間にあるギャップではないでしょうか。

リクルートキャリア 商品本部事業開発室事業開発部ソリューション基盤G 鹿内学氏 リクルートキャリア 商品本部事業開発室事業開発部ソリューション基盤G 鹿内学氏

鹿内氏:以前は、会社での仕事を男性が、家庭での仕事を女性がおこなう分業が多かったかもしれません。しかし、多くの女性が会社で働くようになった今、夫婦ともに会社・組織で働きます。夫婦でお互いに家庭での仕事をおこなう時間を作らなくてはいけません。時短勤務などの必要性が出てきています。価値観の変化としても、「家族との時間も大切にしたい」といった要望もあります。一方、企業側は当然ながら、生産性や売り上げ、利益などを一番に求めます。

 そういった、企業側の求める「生産性や利益」と働く個人側が求める「働き方」の間に、一見するとギャップがあるように感じられる方も多いと思います。ただ、実はそうではなく、両立するし、もっと言えば、相乗効果を生み出せることもあります。そのために、働き方をデザインし直す「リ・デザイン」が必要になってきています。我々は今回発表したように、企業データをBI(ビジネスインテリジェンス)で「見える化」し、AIも活用することで、これらの課題を解決できるソリューションを開発したいと考えているのです。

自分を認知するための「見える化」

──どんなものを「見える化」するのでしょうか。

高森氏:まずは企業の中の「コミュニケーション」を見える化していきます。見える化を通じて、働く個人の「働く喜び」につながるようなコミュニケーションを増やしたいと思っています。

 例えば、仕事がうまくいかずもやもやしている人にとっては、自分の視界を切り替えるきっかけを与えてくれるような人とのコミュニケーションに価値があるかもしれません。また、成長意欲が高い人は、尊敬する上司や憧れの先輩などのロールモデルとのコミュニケーションに関心があるでしょう。

 また、自分自身を見える化するということも必要だと思います。特に働く環境が変化した時には「自分は今どういう状態なのか」がよく分からなくなるのではないでしょうか。そんな時には、自分の現状を、自分の過去や周囲と比較することで客観視することができるでしょう。

 弊社では実際に一部の部門で従業員のコミュニケーションを見える化する取り組みを行ってみました。 私自身の例ですが、弊社ではリモートワークを導入しており、私も週1日会社以外の場所で働くようにしてみたところ会社以外で働く日はとても退屈に感じました。私は普段から淡々と仕事をするタイプであり、働く場所を変えても何も変わらないと思っていたので、これは意外でした。それまでの自分自身のコミュニケーションを見える化したものを確認してみたところ、私の場合、他の同僚と比べて自分から周囲を巻き込むようなコミュニケーションスタイルが特徴であることが分かりました。そこでリモートワークの日も電話会議を入れるようにしてみたところ、仕事によいリズムが戻りました。

鹿内氏:付け加えると、弊社で行った、従業員個人の「まず自分を見よう」という取り組みは、意外とそこからのコミュニケーションも生まれたようです。「見える化」された結果を従業員同士が「どうだった?」と話をしたり、「あの人に貢献できたね」などの話がでたりすることは、仕事に対する意識改革にもつながります。「見える化」が(仕事意識に関する)議論の土台にもなりそうです。

会議の中身ではなく行動データを集める

──「見える化」のために集めるデータとはどんなものでしょうか。

鹿内氏:例えば、会議のデータです。会議というと「どんな内容を話し合ったか、中身を見たい」という方が多いのですが、それよりも「誰と誰が会議をしたのか?」といった「行動」に関する情報を集めた方が、働き方をよくするための情報をより多く抽出することができると考えています。データサイエンスの中で上手くいっているマーケティングの領域を考えてみると分かります。集めているデータはウエブ上での人の「行動履歴」です。とあるページを「お気に入りに入れた」とか「閲覧した」といった人の行動データを集めて、類似性を見たりしています。最重要なデータはコンテンツ(内容)ではなく、コンテキスト(行動の順番、文脈)なのです。

 ところが、今までの人事の多くは、アンケートなどの情報で評価したり、自由筆記からインサイトを取りに行ったりしていることが多い。まだ、あまり人の行動情報などは取り込まれていないのです。そこをもっと取り込んでいけば、新しい働き方をもっと発見できると思います。

高森氏:これだけ変化が激しい現代では、よりタイムリーでスピーディーな意思決定や行動が必要になってきています。そのためには、より動的で根拠のある情報が求められるでしょう。そこで、我々がつくろうとしているのが「Evidence-Based HRM(Human Resources Management)」なのです。

エビデンスに基づく人事とは?

──その「Evidence-Based HRM」について詳しく教えて下さい。

高森氏:文字通り「エビデンスに基づく人事」ということですが、ではエビデンスとは何か。これが重要になってきます。一言で言うと、「求める結果に影響を与える要因」です。(下の)図をご覧下さい。

図01:会議に関するエビデンス取得の例。取得したデータはBIとAIで価値あるものに「見える化」し、それに「知見」を加え意思決定していくイメージだ 図01:会議に関するエビデンス取得の例。取得したデータはBIとAIで価値あるものに「見える化」し、それに「知見」を加え意思決定していくイメージだ

 求める結果を「働く個人の日々の働く喜び」と置いた時、それに影響を与える要因も日常の中にあるはずです。それを把握するには左上の【コミュニケーション・ネットワーク・バイタル】といった無自覚的な情報・忘れられてしまう情報にこそ価値があります。

 これらは日々大量に発生する情報ですので、統計解析により「働く個人の日々の働く喜び」に影響を与える要因に関する洞察を得た上で、BIでシンプルに見える化します。またAIも活用して将来の変化を予測し、変化への対応策を提案します。このようにデータから価値を引き出し、仕組みとして提供しようというのがEvidence-Based HRMです。

──ここで言う「価値」とはなんでしょう。

高森氏:利用者によって変わります。利用者としては、大きく経営者・人事、従業員、マネージャーの3者を想定しています。

 まず、経営者・人事にとっての価値は、生産性を高める上でのリスクマネジメントだと思っています。例えば働き方改革でよく取り上げられる、従業員の長時間労働の問題。確かに長時間労働の是正を進め効率的に働くことで、短期的に生産性は向上するかもしれません。しかし従業員が一緒に働く時間が短くなることで、同時に職場のコミュニケーションも希薄化し、互いに助け合う雰囲気が減少するかもしれません。中期的には生産性の向上が停滞するおそれもあるでしょう。

 こうしたリスクに対して、左上の【コミュニケーション・ネットワーク・バイタル】といった情報も見ていけば、生産性に影響を与える要因がより見えてくるはずです。それにより、場合によっては「長時間労働だけでなく、これも変えなければ」など、経営者の視界に入っていなかったことが分かるようになります。

 次に従業員にとっての価値ですが、先程お話ししたような、自分に対する気づきをもたらすことができます。自分のことを自分で認知することは意外に難しく、第三者に聞くには勇気も必要です。でも、先程お話した会議のデータなどのログが取れれば、従業員にとってすごく価値ある情報になると思います。新しい気づきがログから生まれるのです。

 最後にマネージャーには、自部署のメンバーとのコミュニケーションの補完・支援という価値が提供できると思います。「最近、彼は調子が悪いようだ」などのマネジメント上の判断材料が少なくなることはマネージャーにとって非常に危険なことですので、マネジメントを補完・支援する情報をマネージャーに提供したいと思っています。

既存事業に加え、新たな市場を目指す

──このような事業は、御社既存の「採用」関連事業と競合しないのでしょうか。

高森氏:弊社ではこれまで、企業の「採用」、働く個人の「就職・転職」を中心に支援をしてきました。こうした企業の外部労働市場での事業展開に加え、働き方改革をはじめとした企業内部労働市場での課題解決にも新たにチャレンジすることで、事業全体が広がればと思っています。今回の新事業でも「採用」関連事業で培った経験・ノウハウを活かしたソリューションを開発し、新たな付加価値を生み出したいと考えています。

日本MSとはビジョンの面で合致

──今回、日本マイクロソフトと協業される理由は?

高森氏:最先端のテクノロジーをお持ちというだけでなく、ビジョンの面でも弊社の方向性ととても合っていたためです。これまでHRテックは、いわゆる「タレントマネジメントシステム」などが欧米企業を中心に普及してきました。日本企業でも、昨今のグローバル化に伴い、海外の幹部人材等を対象とした「見える化」と「後継者計画管理」のために活用されてきています。

 ただ、これは本社の経営者・人事にとっての価値にとどまっており、従業員やマネージャーにとっての価値にまでは届いていない。我々としては、今回の事業を検討する上で、「経営者・人事だけでなく従業員やマネージャーのニーズもある"ど真ん中"のところに入っていきたい」という思いがありました。では、"ど真ん中"とは何か。それは、「働く個人の成長」にヒントがあると考えています。

 マイクロソフトさんは、(組織、そして従業員個人の自律性などを重視する)「エンパワーメント」というキーワードを掲げていますが、そこは我々の目指すところと合致します。「一緒に世界を変えていきましょう」と話しをしています(笑)。

鹿内氏:マイクロソフトさんは、働き方改革にもすごく積極的に取り組んでいらっしゃいます。例えば、リモートワークにしても、自社でも取り組んでいることもあり、いろんな方法論をお持ちです。一方、弊社は様々な企業の人事をお手伝いしてきました。人事の領域にテクノロジーを導入するための良いコラボレーションが生まれていると思っています。

人事もオーダーメイドの時代

──このソリューションの完成形はどのようなものでしょう。

高森氏:まだ決まっていません(笑)。我々は、今お話した「Evidence-Based HRM」が当たり前になる時代が、遅かれ早かれ来ると思っています。かつて、マーケティングやファイナンスで起きたテクノロジーによる改革が人事の世界でも起こる、と。そういった新しい当たり前を顧客とともにつくっていきたいと考えています。

鹿内氏:(新しいソリューションは)企業ごとに異なるオーダーメイドになると思っています。洋服と同じで、会社ごとで体(規模)の大きさも違うし、スタイルも違います。それぞれがデータを取らないと、自分に合った服は着ることはできない。

 人事も同じで、昔は十把一絡げで「このサービスを使えばいいですよ」といった感じで研修などをやっていたのが、段々とオーダーメイドになると思います。最初は、コンサルティングなどで我々が人の手を介して手動でオーダーメイドにしていきますが、徐々にAI化することでその時々の状態に合わせた自動的なオーダーメイドになっていくでしょう。

 そのためには、その企業にデータがないといけない。データを集め、テクノロジーによりそれを価値ある形で「見える化」し、それを知見に基づいて人事の判断材料にする、そんな時代がもう来ています。

戦略的人事が必要になってくる

──このような事の導入は誰が旗振り役になるべきとお考えですか。

鹿内氏:このようなソリューションを導入するかどうかは経営的な判断ですが、個人的には、その経営的判断に人事が加わってほしいと思っています。「戦略的人事」という考え方があって、先進的な企業ではチーフHRオフィサー(CHRO)というポジションを作り、その人が経営側にコミットして人事を行っています。CEOなどと一緒に意思決定に関わっています。また、CHROは現場(事業責任者、従業員)にもコミットをします。何かの意思決定をする際には、トップダウンの思考と現場が今どうなっているかのボトムアップの思考、両方を合わせないといけないと思います。その両方を見られるという意味では、人事が適任なのです。

──現状の日本では、人事にそのような権限や経験がない企業が多いですね。

鹿内氏:こういう事をきっかけに組織が変わっていけばいいと思います。リクルートホールディングスの人工知能(AI)の研究所である「Recruit Institute of Technology」ではこんなことを言っていました。「人を採用するのが人事だとすると、AIという同じ労働力を採用するのも人事。人事自らの仕事のAI化をしたり、事業部署へAI導入の手助けをしたりもする、そういったことも人事の仕事ではないか」という主旨です。私も、その通りだと思います。そういう意味で、ぜひ人事が旗振り役になって欲しいと思いますし、そのお手伝いを僕らができればと考えています。

高森氏: 最近、我々は「最適解」と「納得解」という言葉を使っています。これは、十分なデータによる根拠に基づき導かれる「最適解」、自分自身が納得して意思決定することにより導かれる「納得解」という意味で使っています。働く個人の働く喜びや成長には「最適解」だけでなく「納得解」も重要です。「納得解」は、個人が個人へ説明責任を果たすことで生まれやすくなるのだと思います。その意味で今後、人事には旗振り役だけでなく、働く個人の伴走役も期待されていると感じます。

鹿内氏(左)と高森氏(右) 鹿内氏(左)と高森氏(右)

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