「テレパシー技術」開発に乗り出すイーロン・マスクの危機感

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 Elon Muskが3月、Neuralinkという新会社の立ち上げを発表していたが、同社が挑戦する脳―マシン・インターフェース(Brain Machine Interface、BMI)技術の開発に関して、その概要をかなり詳しく記した文書が20日に公開され、CNETをはじめとする各種媒体でニュースになっていた。米CNETではテレパシー(”telepathy”)という言葉を使った記事が出ている。

 Elon Musk is working on 'consensual telepathy' - CNET.com

 Wait But Whyというブログに掲載されたこの記事は、ちょっと毛色の変わったものーーつまり科学や技術に関する「難しい」事柄をできるだけ平易に説明しようとする文章で堅苦しいところはないが、本1冊分はあろうかという文章量で「あらましを簡単に説明」というわけにもいかない。そこで今回は、なぜMuskがこの新しい取り組みに着手するのかを中心に取り上げたい。

AIの台頭に危機感を抱くマスク

 まず、MuskがNeuralinkで技術開発を進める前提には、人工知能(AI)の台頭に対する危機感があるという点に触れたい。

 Muskが2015年暮れに、Y CombinatorのSam Altmanらと立ち上げた「OpenAI」という組織についてはご存じの方も少なくないだろう。

 イーロン・マスク氏ら、AI研究組織「OpenAI」を創設--人類への貢献を目指す

 OpenAIの狙いは、一部の政府や巨大企業などによる「AIの寡占」に対抗できるある種の抑止力を開発すること、といえるかもしれない。上記記事(写真のキャプション部分)にもあるとおり、Muskは以前から「AIを搭載した機械(=マシン)が人間の手に負えなくなること」に対して危機感を表明している。今回のNeuralinkに関するブログ記事にも「われわれ(人間)はAIをつくるべきではない、というのが私の正直な意見」「しばらく前からAI研究について本気で警鐘を鳴らしてきたが、そうした発言が何のインパクトも与えそうにないことが明らかになったので、『それなら良いやり方でAIを開発することに挑戦しなくてはならない』となった」というMuskのコメントが引用されている。

 またMuskは「近い将来、人間はマシンとのハイブリッド(サイボーグ)になって、AIに後れをとらないようにしなければならない(さもなければ無用の代物になる)」とする趣旨の発言もしていた(2月のこと)。

 Elon Musk: We'll have to become cyborg hybrids to keep up - CNET.com

 このハイブリッド化実現への挑戦がNeuralinkの取り組みといえる。なお、この場合の「AI」は、最近よく目にするAIーー特定の目的を想定した特化型AIとは質的に異なるもののようで、別の記事ではその違いが次のように説明されている。

1) 特化型AI(Artificial Narrow Intelligence、ANI)
2) 汎用AI(Artificial General Intelligence、AGI)
3) スーパーAI(Artificial Superintelligence、ASI)

 1)の特化型AI(ANI)は現在よく見聞きするもの。たとえばGoogle(Waymo)の自動運転技術からAmazonのレコメンデーション・アルゴリズム、Facebookのニュースフィードの背後で動いているアルゴリズム、そしてここ数年話題になることの多い画像や音声認識のAIもこれに含まれる。

 2)の汎用AI(AGI)は、人間の脳と同様の能力を持ち、論理的に考えたり、計画を立てたり、問題を解いたり、抽象的な思考ができたり、複雑な事柄を理解したり、経験から学んだりといったことができると説明されている。

 3)のスーパーAI(ASI)は汎用AIよりもさらに賢く、科学に関する創造性や社会的なスキルでも、人間よりも能力が優れるとされている。

Wait But Whyを運営するTim Urbanが2015年に行ったAIに関する講演

 Muskが「考え出すと夜も眠れなくなる」とコメントしているのはこの(3)に該当するものだという。おそらく(2)に分類されるはずのGoogle Brainのようなものでさえ、実現が不透明な現状では、ASIなどそれこそSFの世界の話のように思える。それでもコンピュータの計算処理能力はどんどん加速しており、それが今後も続くと仮定すると、21世紀の半ばまでには人間の脳に匹敵する能力を持つAGIが登場する可能性は十分にあるなどと書かれている。なお、このAGI実現やASI登場の可能性やタイミングについては識者の間でも意見が分かれているようだが、ここで注目したいのはむしろそういう事態が起こることを想定して実際に動き出した人間がいるという点のほうだ。

 他の人がやらなそうなことだからこそ敢えてやろうとするMuskだが、実に宣伝上手というのもよく知られている。Teslaでの電気自動車開発では地球温暖化の問題を引き合いに出し、またSpaceXでは温暖化が極度に進んで人類が地上に住めなくなった場合に備えてのロケット開発というストーリーを売り込んだ。Neuralinkの場合も、先にやりたい気持ちが起こり、またそれができる可能性があると踏んで乗り出すことにしたのかもしれない。つまりAI台頭への危機感や対抗策といったストーリーは後付けだろうという気もしてしまうが、そうとも言い切れないところにMuskという人物の面白さがある。

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