しかし、出版デジタル機構が株式会社であり、営利企業であること、そして自らも「取次」「制作会社」であることが、出版デジタル機構主導の「電子書籍版MNP」導入の妨げとなります。
電子書店や電子取次にとって、電子書籍の「品揃え」や「会員情報」は極めて重要な企業秘密。それらを、ライバル企業である出版デジタル機構に渡す、というのはハードルが高い。
「電子出版のプラットフォーム(インフラ)づくり」を目指し、「非競争領域」(つまり、もうからないビジネス)を担う、と宣言した出版デジタル機構が、なぜ利益を目的とする「営利企業」「株式会社」でなければならないのか、電子取次「ビットウェイ」の買収により、既存の企業がすでにビジネスをしている領域に、なぜわざわざ進出したのか、ということは、初期から、疑問がもたれていました。
今回ご紹介した「電子書籍版MNP」などは、それ自体が利益を生むわけではない、という意味で、まさに「非競争領域」の事業のはずですが、上の2点が、重大な障害になりうるのです。
これだけではありませんが、「非競争」なのに営利企業、「インフラ(裏方)」整備のための組織なのに「取次」という、設立方針、経営方針の矛盾が、決定的な足かせとなっていると思います。
選択肢は2つあると思います。一つは、JPO(出版インフラセンター)など、既存の「紙本」の業界団体や組織などが手掛ける、という選択。
ただし、「緊デジ」の一件に見られるように、JPOやその周辺には、デジタルの事業を円滑に進めるリソースが不足しているようです。
もう一つの選択肢は、出版デジタル機構を、設立の趣旨に立ち戻って、非営利組織に戻す、という方法です。一案としては、NPO法人化し、取次・制作部門を売却します。
「取次」「制作会社」でなくなれば、他の電子書店や電子取次も、共通の利益のために協力しやすくなるでしょう。
長々と書いてきましたが、「消える電子書籍」とは何なのか、もう一度まとめておきましょう。
要するに「消える電子書籍」とは、自然現象でも技術的に不可避な現象でもなく、人の意思によってどうにでもなる「問題」にすぎない、ということです。
この世には人の手によっては容易に解決できない問題が山のようにあります。
それに比べれば、「消える電子書籍」などは、極めて解決容易な、「問題」ともいえないような「問題」、あえていえば「擬似問題」に過ぎません。
新しい「問題」が持ち上がるたびに、「◯◯だから仕方ない」という議論がどこからともなく湧き出てきて、年長世代の「諦め」とも「安心」ともつかないカタルシスを呼び起こす――新しいメディアや新しいビジネスモデルが立ち現われるたび、こうした批評を目にすることが、非常に多いように思われます。
こうした批評は、対象について勉強しなくとも書け、非常に執筆コストが低いのです。
しかし、本当に時代を先に進めたい人々にとって、表層的で的外れな「警鐘乱打」批評は、あまり役に立ちません。
これからも、事業者撤退は続くことでしょう。そのたびに、「消える電子書籍」論が繰り返されるとなると、電子書籍ビジネス全体にとってマイナスです。
無意味な警鐘乱打を繰り返し目にしたくないのであれば、電子書籍事業者は、そろそろ抜本的な問題解決に乗り出すべきだと思います。
※今回作成した資料をSlideshareにもアップしておきました。社内資料などにご活用くださいませ。
林 智彦
朝日新聞社デジタル本部
1968年生まれ。1993年、朝日新聞社入社。
「週刊朝日」「論座」「朝日新書」編集部、書籍編集部などで記者・編集者として活動。この間、日本の出版社では初のウェブサイトの立ち上げや CD-ROMの製作などを経験する。
2009年からデジタル部門へ。2010年7月~2012年6月、電子書籍配信事業会社・ブックリスタ取締役。
現在は、ストリーミング型電子書籍「WEB新書」と、マイクロコンテンツ「朝日新聞デジタルSELECT」の編成・企画に携わる一方、日本電子出版協会(JEPA)、電子出版制作・流通協議会 (AEBS)などで講演活動を行う。
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