「上場ゴール」も減らせるか--特許出願がスタートアップに与える価値

大谷 寛(弁理士)2015年05月18日 08時00分

 実態を反映しない業績予想で初値をつり上げて、その後すぐに株価が急落してしまう「上場ゴール」が各種メディアで問題となっています。

 たとえば「みんなのウェディング」は振れ幅が大きく、2014年3月25日に東証マザーズに上場して3560円の初値をつけましたが、2015年5月12日時点では1173円まで下落しており、1年程度で3分の1、最安値では5分の1程度まで下がっています。


「みんなのウェディング」の株価の推移

 スタートアップの企業価値の評価が不確実性をもち、いくらか不安定なことは、これまでにないプロダクトを生み出そうとしている以上仕方のない部分もあります。しかし、上場ゴールは業績予想に具体的な根拠がなかったことの明らかな表れですから、市場の信頼を傷つけたと非難を受けるのも当然です。

 東証は、今後IPOを行う企業に対し、IPO時の業績見通しの前提となる根拠を出すように求めるようです。

 企業価値は、それが将来生み出すキャッシュフローによって決まりますので、キャッシュフローの大きさと、その確からしさがカギになりますが、市場が著しく成長していくという性質をもつスタートアップの企業価値にはその性質からくる特徴はないのでしょうか。


ピーター・ティール氏の著書「ZERO to ONE」

 「PayPal」の共同創業者であり、「Facebook」、「LinkedIn」、「Airbnb」などへの投資家であるピーター・ティール氏は、その著書の中でこの点に触れており、スタートアップの企業価値は直近数年の利益ではなく10年後、15年後の利益により支配される傾向にあり、そうした長期的な利益を手にするためには、市場の独占(monopoly)が欠かせないとしています。

 そして、市場を独占しているスタートアップの特徴としてまず最初に挙げているのが独自技術(proprietary technology)の存在です。グーグルの検索アルゴリズムのように代替技術よりも遥かに優れたテクノロジは模倣が困難であるからです。

 ここでティール氏は触れていないのですが、特許権も独占の獲得を助ける有力な手段です。あなたの許可がなければ同じことはできない、というのが特許権の威力ですので、みなさんのスタートアップがプロダクトの提供価値を支えるテクノロジについて特許権を獲得できれば市場の独占に近づきます。

 特に、特許権に画期的なテクノロジは必ずしも必要ではなく(第3回)、「Amazon.com」の1-Click特許に代表されるように、意外で単純なテクノロジも保護される点はとても大切です。こうしたテクノロジはプロダクトの提供価値を間違いなく高めているものの、プロダクトをみれば他社が簡単に模倣できてしまうからです。


 プロダクトが独自技術に支えられていれば、長期的に見込まれるキャッシュフローの確からしさが高まり、業績予想が外れていきなり企業価値が3分の1、5分の1になってしまうような可能性もとても小さくなるでしょうね。

 視点を変えて、米国のスタートアップを見てみると、上場ゴールの結果100億円、200億円といった水準に落ち着いているケースが多い日本とは対照的に、近年、企業価値が1000億円(10億ドル)を超える企業が増えています。

 次のグラフは、2003年以降に創業したアメリカのスタートアップのうち、IPOした企業、未公開企業含めて、企業価値が1000億円を超えたものの一覧です(2013年11月2日時点)。


2003年以降に創業かつ企業価値が1000億円(10億ドル)を超えた米国の企業(TechCrunchより)

 合計39社ですが、このうち、「Yelp」「Lending Club」「Tumblr」「Fab.com」の4社(白矢印)を除くすべてが大なり小なり特許出願をしています。割合にすると9割です。

 エンタープライズ向け(B2B)のスタートアップだけでなく、コンシューマ向け(B2C)のスタートアップも特許出願に取り組んでいる点は、とても示唆に富んでいます。結果として独自技術がビジネスの成功の主な要因でなかったとしても、市場の独占を可能にする大きな要素である独自技術の獲得が、少なくともどこかのタイミングで真剣に検討されたことを表していると理解することができます。

 ティール氏も、独自技術のみを取り上げているわけではなく、ネットワーク効果(network effects)、規模の経済(economics of scale)、ブランディング(branding)なども市場を独占する上で有力な手段であると指摘しています。業界ごとに何が一番有力な手段であるかは異なるわけですが、いずれにしても独自技術の獲得は、B2B、B2C問わず、定石の1つです。

 日本のスタートアップで特許出願をしている例は多くありません。しかし、成功したスタートアップから学ぶとすれば、プロダクトの提供価値を高めているテクノロジはないか、それは独自技術にならないか、一度は検討してみることが企業価値の向上につながると言えそうです。

 ご質問ありましたら Twitter(@kan_otani)で。ご参考までに日本の特許出願の調べ方を紹介しています。

 

大谷 寛(おおたに かん)

大野総合法律事務所

弁理士

2003年 慶應義塾大学理工学部卒業。2005年 ハーバード大学大学院博士課程中退(応用物理学修士)。2014年 主要業界誌二誌 Managing IP 及び Intellectual Asset Management により、特許分野で各国を代表する専門家の一人に選ばれる。

専門は、電子デバイス・通信・ソフトウェア分野を中心とした特許紛争・国内外特許出願と、スタートアップ・中小企業のIP戦略実行支援。

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