この連載では、シンガポール在住のライターがアジア域内で注目を集めるスタートアップ企業を現地で取材。企業の姿を通して、アジアにおけるIT市場の今を伝える。今回紹介するのは、フィリピンの旅行予約サイト「Travel Book」。日本のリクルートがフィリピンの出版・ウェブメディア最大手Summit Media Informatix Holdingsと設立した合弁企業が、2013年3月に運営を開始したサイトである。
リクルートが2014年10月に上場した際に発表した中長期戦略によれば、同社はM&A戦略による海外展開を加速するという。その投資余力は7000億円程度であり、今後は1案件あたり1000億円規模のM&Aを実施する可能性もあるとしている。
このように海外戦略に注力するリクルートだが、フィリピンで展開しているTravel Bookにも変化が訪れている。運営を開始した2013年3月の時点でリクルートはマイノリティ(株式比率が半数以下)であったが、2014年8月にマジョリティ(半数以上)に転じ、CEOも同社からの出向者に交代した。
まさにここからリクルートが本腰を入れようとしているTravel Bookの戦略、展望のトレンドについて、村井宏行CEOに話を聞いた。
Travel Bookはリクルートの旅行予約サイト「じゃらん」のシステムを活用して、開発された。ちなみに村井氏は7年前に入社し、以来3年間、じゃらんにメディア・プロデューサーとして携わった経験を持つ。サイトで扱うのはじゃらんが強みとするのと同じ、ホテル予約だ。
サイトではフィリピン国内にある約1200軒のホテル情報を掲載。前出のSummitが運営しているホテル紹介サイトで人気の高い宿泊施設から紹介を始めたこともあり、サイトで人気のエリアは首都マニラと2大リゾートエリアのセブとボラカイ。最近は、郊外エリアにある施設の開拓にも注力している。
しかし、同国で先行しているのは「Agoda」「Booking.com」などのグローバルプレイヤー。それらのサイトを見てみると、フィリピン全体で5000軒ほどあるといわれるホテルのうち、大半を扱うグローバルプレイヤーもいる。市場への参入時期の違いもあり、現在はまだTravel Bookと差がありそうだ。
一方で、現地企業が運営するサイトの存在感はあまり高くない。理由は2つある。1つはユーザーの現地サイトに対する信頼があまり高くないという点。これまで現地のサイトでは、予約したのにホテルに行ってみたら部屋が取れていない、サイトからホテル側にお金が支払われない、支払いが滞っている間に倒産してしまったなどの問題が、数多く起こっているそうだ。
もう1つの理由は、ネット業界全般に新興企業の創立が活発でないこと。フィリピンは日本よりも就業感が保守的であり、また経営者が従業員をリストラしにくい。これらの価値観や法律もあり、従業員として大企業に入る道を選ぶ傾向が強い。最近は大手通信会社が投資事業を行うケースもあるが、起業文化が根付くのにはもう少し時間がかかりそうだという。
Travel Bookの強みのひとつが、会員専用のクーポンプロモーションが生み出す価格優位性。会員はプロモ期間中にクーポンを使えば、通常よりも20%ほど安く予約することができる。他社は利益から捻出される広告費用の多くを顧客獲得のためにグーグルの検索連動型広告に投下している。Travel Bookはプロモ原資にそれらを一部割り当て、会員に直接還元する手法をとることで価値を生み出している。
フィリピン人は消費意欲が強く、価格弾力性も大きい。すべての国民に当てはまるわけではないが、稼いだお金をすぐに使う傾向が強いため、政府の方針で給料の支払いを月1回から2回に分けた企業もあるほど。給料日の15日、30日に消費が増えるため、Travel Bookでもその時期にプロモ施策を実施している。
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