「クリエイティブ」という言葉はクリエイターのためだけにある言葉だと思っているのであれば、その考えはもはや過去のものだと認識しなければならない。創造性=クリエイティビティは企業の事業戦略にとって欠かせないものとなり、大きな利益を生み出す原動力となっているという。
11月8日に行われたアドビシステムズのクリエイター向けイベント「CREATE NOW “Best of MAX”」に合わせてに来日した、Adobe Systems デジタルメディア エンタープライズソリューション担当バイスプレジデントのJim Guerard氏に、同社がForresterと共同で実施した調査『The Creative Dividend Study(クリエイティブがもたらす利益)』の結果を元に、お話をお伺いした。
--まずは調査を行った背景や結果のサマリーについて解説をお願いします。
Jim Guerard氏:私は、Adobe Creative Cloudのエンタープライズ向けソリューションをグローバルで統括し、世界中の大手企業や教育機関、官公庁といったクライアントとの関係構築に従事しています。その中で、ビジネスの中にクリエイティブな要素を取り入れているクライアントは、そういったことをしていないクライアントと比べて、オフィスはいきいきとしていて人も積極的でエネルギッシュだと感じていました。そこで、クリエイティブな会社というのは雰囲気が良いだけではなく、ビジネスの業績はどうなのか、クリエイティビティと企業の業績に因果関係はあるのかどうかということを客観的に検証してみたいと感じたのです。
調査は、年間10億ドル以上の業績を上げている様々な業界の大手企業300社(北米100社、欧州100社、アジア100社)を対象に行われました。その結果、創造性を重視する企業は、売上やマーケットシェアが競合他社よりも多いという結果になったのです。そして、回答した企業のうち82%は創造性と業績が大きく関連していると考えていることがわかったのです。
また、創造性の向上を促進している企業が10%の売上増加を達成する可能性は、競合他社に比べて3.5倍高く、クリエイティビティを活用している企業の方が、業界他社よりもマーケットシェアや市場での優位性が1.5倍高いという結果も出ました。クリエイティビティを活用しているか否かはそんなに大きな違いだとは感じないかもしれませんが、比べてみるとマーケットの中で大きな差となって表れるのです。
一方で、クリエイティビティ向上を特に促進している企業のうち69%が、「働き甲斐のある優れた職場」として認められ、アワードを獲得しています。良い職場が社内に前向きな好循環を生み出すということを物語っています。働き甲斐のある職場は社員がみな前向きになり、努力して良い結果を出そうとするでしょう。そしてそういった環境に優れた社員が集まるのです。
ただ、クリエイティブの良さを認識していながら企業のシニアマネージャの61%は自社をクリエイティブな企業と考えていないという結果も出ています。とても興味深い結果です。現在、様々な業界に大きな変化がスピーディに起きており、その変化に追いつくのが大変なのではないかと感じています。社内にクリエイティブのギャップが生まれているのです。
--「クリエイティビティ」という言葉は様々な意味を持っているのではないかと思いますが、その点で回答した企業はどのような認識を持っているのでしょうか。
Jim Guerard氏:その点については、今回の調査で「クリエイティビティ」の定義を回答社に確認するようForresterに依頼しました。自由回答を求めた結果、企業の回答からは、「クリエイティビティはコラボレーションだ」「リスクをとる意思がある」「リスクをとり挑戦した社員に報酬を出す」「失敗を恐れないこと」「既存の製品やアイデアをフレッシュな視点で再構築する」そして、これが最も重要ですが「顧客と心の繋がりを見出すこと」という傾向が見られました。冒頭に紹介した調査結果も、こうしたクリエイティビティに対する認識を踏まえて回答されています。
また、今回の調査と並行して行った別の調査では、様々な業界の企業で新卒採用担当者にインタビューしているのですが、「新卒採用にあたって最も重視しているポイントは?」という問いに対して、6名中5名の採用担当者(94%)が「従来のスキルよりもクリエイティブなスキルを持つ人を雇用したい」と回答したのです。また、82%は「クリエイティブな形で自分のコアなスキルを様々なビジネスや課題解決に当てはめることができる人を採用したい」という結果も出ています。採用の基準については、88%が「技術に精通していること」、82%が「デジタルメディアを介したコミュニケーションができること」、76%が「クリエイティビティ」という回答でした。
企業は必ずしもフォトショップの専門家やウェブデザインの専門家を求めているわけではありません。Creative Cloudを含むクリエイティブツールやデジタルメディアのツールを使いこなせるように学びながら、コラボレーション、コミュニケーションスキル、クリティカルシンキング、リスクテイキングなど、どのような仕事にとってもとても重要なスキルを構築していくことできることが重要なのです。
2つの調査はとても整合性が取れており、いずれの調査もビジネスにおけるクリエイティビティの重要性、キャリア構築におけるクリエイティブスキルの重要性を示唆しているのです。
--Jim Guerard氏自身にとってのクリエイティビティとは何か教えていただけますか。
Jim Guerard氏:私の意見も、調査結果に見られた定義とほぼ同じです。「クリエイティブな会社の例を教えて欲しい」とよく聞かれるのですが、そのときに私は40年前に「ワッフルソール」というものを採用した靴を生み出して創業し、その後クリエイティブなプロダクトを次々に生み出してスポーツの世界でグローバルリーダーになったナイキを挙げています。先程紹介したクリエイティビティの定義を全て満たしている会社であり、創業したときとは全く違う会社に成長しているのです。また、デザインにクリエイティビティをもたらし業界を根底から覆したアップル。教育分野に目を移すと、米国の大学で学ぶ学生の多くはクリエイティビティを享受していると言えるのではないでしょうか。私はこの夏に若い学生たちと交流する機会があったのですが、様々な専攻で学ぶ学生たちがAdobe Creative Cloudを利用し、自分の専門分野でアイデアを表現するために活用していたのです。Creative Cloudに触れることで、学生たちがクリエイティブな成長をどんどん遂げているのではないでしょうか。
日本の企業でいえば、ソフトバンクが挙がるのではないでしょうか。デザインでいえばソニー等が挙がるのでしょうが、事業展開の仕方や携帯電話だけでなくロボットなど新しい分野への挑戦などを踏まえると、ソフトバンクが最もクリエイティブだと言えるのではないでしょうか。
--アドビという企業自身はクリエイティブをどう考えているのでしょうか。
Jim Guerard氏:ここ数年の動きを見てみると、私が入社した約10年前のアドビは売上が10億ドルくらいで、デスクトップ向けのソフトウェアとPDFだけの会社でした。しかし、現在はデジタルマーケティングを推進しています。今まではデスクトップソフトウェアだけだったのが、デスクトップ、モバイル、クラウドを包括したCreative Cloudという形で幅広いニーズに応えるようになったのです。その結果、45億ドルのビジネスにまで成長させることができるようになりました。
--今回の結果を踏まえると、企業は今後クリエイティビティを推進するために何が必要なのでしょうか。
Jim Guerard氏:調査を行ったForresterからは、4つの提言がなされています。
まずは、ビジネスの取り組みや目的の中にクリエイティビティを入れるということ。クリエイティブのプライオリティを高めて、そのゴールを明確に設定する必要性です。そして、その結果として社員の評価に反映させることが重要です。ふたつ目は、クリエイティブに向けたリスクテイキングを支援し、その結果生まれた成功に対して報酬を与えること。ただ、本当の意味でクリエイティビティを享受するためには、もしリスクをとって失敗したとしても、それが許容される環境を作ることが重要です。失敗は成功のための大きな教訓になるのです。そして3点目は、クリエイティビティを享受しながら会社のブランドエクスペリエンスを向上させること。そしてその際には顧客と密なコミュニケーションをとることです。クリエイティブで成功している会社は、顧客との深い関係構築を成功させています。最後は、テクノロジーに投資をしながらクリエイティブな実験ができる環境を用意すること。そして、コラボレーションを実現できるようにすること。こうした提言がなされています。
--これらの提言を実行することは簡単ではなさそうですね。特に日本企業は難しいのではないかと思いますが。簡単には変われないのではないかと思います。
Jim Guerard氏:そうですね。これは日本企業に限ったことではなく、世界のあらゆる企業にも言えることなのかもしれません。クリエイティビティを享受できる企業を目指すためには、企業自身がこれらの提言を踏まえたコミットをしなければならないのではないかと思います。そして短時間でできるものではなく、何年も時間を掛けて取り組んでいかなければなりません。
アドビもかつては、デスクトップソフトウェアのパッケージ販売からクラウド型ソフトウェアのサブスクリプション販売に転換するまでに相当な時間を要したのです。会社の文化を変革しなければなりませんでした。しかし、必ずできるのです。そのためには会社がコミットが必要であり、トップマネジメントの支援が不可欠なのです。
--挑戦し続ける姿勢がクリエイティブな企業を生み出すのですね。今後アドビはどのような挑戦をしていくのでしょうか。
Jim Guerard氏:私たちは、これからも新機能を投入しながら前進していきたいと思っています。Creative Cloudについては今年6月と10月に様々な新機能をリリースしましたが、今後も積極的にイノベーションを推し進めていきたいですね。世界がテクノロジーで変わっていく中で、企業が変革できるようそのお手伝いをしていきたいと思います。
私たちはコンテンツ制作だけでなく、そのコンテンツのワークフローやライフタイムバリューにまで着目しています。制作ツールだけでなく、コンテンツの配信や配信後の分析ができるツール、コンテンツ資産のマネジメントができるツールに至るまで提供していますが、今後はこれらのツールをどのように統合的に活用できるのかが重要です。コンテンツに関するインテリジェンス、ユーザーに関するインテリジェンスを手に入れたら、次はリアルタイムでどのように両者を統合して適切なユーザーに適切なコンテンツを適切なデバイスに対して提供できるかが重要になってくるのです。それによってユーザーにとっても素晴らしいエクスペリエンスが生まれるのではないでしょうか。私たちは、業界の変革や企業のエクスペリエンス創出を支援していきたいと考えています。
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