あくまで劇中劇であるため、登場人物とアイドルたちは別人格。もちろん個々の特徴を織り交ぜつつも、性格や言い回しなどは異なっており、なかにはあり得ない発言も飛び出してくる。それが番外編的な立ち位置のスピンオフ作の魅力ともいえる。その最たる存在はハルシュタインと、途中から転校生として登場するヤヨイであろう。
ハルシュタインはいわゆる悪役の大将という立ち位置で、それ自体が演じているアイドルの天海春香からはイメージし にくい。もっとも春香の持ち歌に“閣下”をイメージさせるフレーズが盛り込まれたロックナンバーの「I Want」もあるのだが、このハルシュタインについては、女王様や激しさをイメージさせるというよりも感情の揺れ動きが少ない、冷静沈着な閣下だ。いわゆる怒鳴り散らすよりも、淡々としゃべっている方がより怖さが伝わるというもので、あまり抑揚がないしゃべり方は、セリフによっては背筋がぞくっとする感覚を覚えるなどより大物の悪役っぷりを表現している。
ヤヨイは物語の後半での盛り上げに一役買う役回りだ。おそらくこの作品でしか言わないようなセリフが用意されており、演じている高槻やよいを知っているほど驚くだろう。やよいのファンだと少し心を痛めるかもしれないが、千両役者っぷりを存分に発揮しているので、「やよいがこんな演技もできるなんて……」という見方で読み進めると作品をより楽しめるように思う。
こと、この作品の主人公となっているのはアミとマミ。もちろん双海亜美と真美の双子アイドルが演じているものであり、大まかな雰囲気としてはそこまで亜美と真美との違いを感じないだろう。序盤では学園のムードメーカー的な存在として描かれ、仲の良さも抜群。戦いの最中では、少し調子に乗っているところもありつつ息を合わせて戦っていく。亜美と真美そのもののイメージに加え、2人が思い描いている正義のヒーロー像が合わさった姿がアミとマミなのだろうという感覚だ。
ほかでは見られない本作ならではというシーンかつ見どころというのであれば、地球の、そして人類を守るという責任を背負っているところではないだろうか。絶望的な状況にも追い込まれ、あらゆるものを放棄して諦めてしまうような描写もあるのだが、それはトップアイドルを目指すなかでの障壁や挫折とは当然異なるものでもあり、またそこで楽観的になるのではなく真剣に向き合いながら立ち上がろうとする姿も描かれている。このあたりは、亜美と真美とは少し異なるアミとマミらしさというのが存分に味わえるところだ。
もうひとつ見どころとして外せないのはミキの存在だろう。本作では高い才能でなんとかしてしまうタイプとして描かれているものの、その中に秘めた芯の強さが見どころ。劣勢に立たされても諦めない姿勢と重い言葉には、かなりグッとくるものがある。この描写によって本作のシリアス度合いをより増しているようにも思う。
実際に一通り読んでみると前編は正統派のロボットもののノベライズという感覚で、後編は特に序盤を過ぎたあたりからはシリアス路線かつ感動する場面もあるような熱い展開となり、見入るような感じで一気に読み進めることができた。いい意味での疲労感があり、終盤の展開の熱さは少しベクトルは違うものの、テレビアニメ第20話をほうふつとさせるぐらいだ。と同時に、あと読み終えた人であればなんとなく理解していただけるかと思うが、動画サイト風のタグを付けるとしたら「蒼い鳥は万能」というのを付けたいぐらいだ。あとはボイスの要素も大きい。ボイスの量も結構な量が用意され、さらに戦闘シーンもあることから悲鳴や叫び声も多くあり、単純に文字を読むよりもダイレクトに伝わってくるものがある。
作品の内容は好みもあるので一概には言えないが、さほど人を選ぶものではないものの、スピンオフ作品ということからファンアイテムという位置づけで見るのが適切かと思う。アイドルマスター自体作品ごとにパラレルな設定ではありつつも、どこかかしらゲームなりアニメなりに触れてアイドルたちを知ってから読んだほうが楽しめるかと思う。ちなみに筆者は設定が書かれているとされている劇場版パンフレットを見ていないのだが、それはなくても十分楽しめる内容にはなっている。一般的な電子書籍から見ると割高のようにも思えるが、ボイスつきの付加価値だけではなく読み終えた充実感を思うと、アクティブに追っているプロデューサーさんであればあるほど一読してほしく、相応の読み応えを感じられるものとなっている。劇場版予告編も本作を読んだあとに見ると違った見方ができるように思う。
気になる点があるとするなら、挿絵でところどころ登場人物が描かれているものの、全員分のビジュアルが描かれていないことだろうか。もちろん文字で想像する楽しみは理解できる。その一方で、例えばタカネは、文字で見てても意表を突くであろう変わった姿となっている。だか、それはビジュアルとして登場していないため、一体どんな姿をしているのか気になって仕方がない。想像の余地を残すのも大事なので、用意することが全面的にいいとも言えないのだが、アイドルたちが普段あまりしない姿であることは容易につく。小説でビジュアルを求めるのは少しずれているところかと思うが、キサラギ世界の登場人物姿をビジュアルとして見てみたいという気持ちもあったので挙げさせてもらった。
ボイノベは、言うなれば小説とドラマCDの中間的な立ち位置にあるもの。スマートデバイスであることを生かして差別化を図れるような作品がさらに登場してくると、面白い存在になるかもしれない。世界観を広げる外伝的な作品を生み出せる場として機能するのであれば、ユーザーにとっても魅力的に思える。配信作の反響次第というところもあるだろうが、こと今回のキサラギについては、終わり方が次を予感させるようなものになっているため、次回作を期待したところではあるし、ほかにも劇場版アニメにあった“あの作品”のボイノベ化もあっていいだろうと思える。
さらにものすごく個人的な願望で恐縮だが、アクションゲームの「風のクロノア」で、ボイスはゲーム世界の言葉であるファントマイル語で実施してほしいとか、「ソウルキャリバー」でソン・ミナを主人公にしたストーリーにしてほしいとか、そんな妄想にも近い展開が実現できるようになれば面白いだろうなと思うばかりである。
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