アジアで活躍する同世代と切磋琢磨--ベネフィット・ワン アジアの森椙愛子さん

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 この連載では、シンガポール在住の筆者が、日本から東南アジアに拠点を移し、テクノロジ企業で活躍する女性を紹介します。赴任、転職、起業などさまざまなきっかけで新たなキャリアの一歩を踏み出した彼女たちに、仕事の奮闘や自身の将来、海外で暮らすことについて聞いていきます。

 今回紹介するのは、2013年10月に設立された、福利厚生アウトソーシング事業などを展開するベネフィット・ワンと伊藤忠商事のジョイントベンチャー「ベネフィット・ワン アジア」で働く森椙愛子さん。同社や周辺国に設立した各子会社の立ち上げに関わり、現在はシンガポールで展開予定のウェブサービスの開発を担っています。

 ベネフィット・ワン アジアは、日本と同様に、企業の人事制度を支援する各種サービスを提供します。シンガポールでは顧客企業の従業員が様々なサービス施設を会員価格で使える「福利厚生サービス事業」を、タイ、インドネシアでは、会社が従業員に与えるインセティブをポイント化し専用のウェブサイトでサービスや商品と交換できる「インセンティブポイント事業」を展開します。同社はアジア各国にある拠点の統括機能も果たします。


ベネフィット・ワン アジアの森椙愛子さん

とにかく何でも挑戦!一方で挫折も経験

――森椙さんが海外に赴任することになった経緯を教えて下さい。

 2013年に当社が東南アジアに進出しシンガポールに統括拠点を置くことが決まったとき、赴任希望者を募る社内公募がありまして、それに手を挙げたことがきっかけです。当時なぜか不思議と「きっと自分が選ばれるのではないか」という確信めいた予感がありました。日本では新規事業に携わっていたこともあり、「何かやってくれそう」な期待を社長がかけてくれたのだと思います。若手の私にチャンスをくれた会社には、とても感謝しています。

 「いつかは海外で働きたい」という思いは、中学生ぐらいの頃から漠然とではありますが持っていました。昔から環境問題や外国の文化に興味があり、旅行やテレビを見ているうちに「世界はボーダーレスでつながっている」ということを感覚的に理解していたからです。なので、海外で働くことへの抵抗感は全くなく、むしろ「せっかくのチャンス、とにかく何でもやってみよう!絶対にやれないことはない」と思っていました。

――赴任先ではどのような活動をしてきたのでしょう。

 まずシンガポールの会社を作ることから始まり、続いて台湾、タイ、インドネシアの子会社設立をサポート。次にウェブサービスの企画・構築を行い、それと並行してサイトでサービスや商品を掲載してくださるパートナー企業を開拓しました。1日の半分は社外を向いた仕事を、もう半分は社内を向いた仕事をし、本当に自分でなんでもやらなくてはいけない状況になりました。今でもそうですが、会社からお金を出してもらって自分で起業しているような感じでした。

 そんな調子で「何でも自分で」とがむしゃらにやっていたのですが、それだけでは通用しないことを思い知らされることがありました。シンガポールのパートナー企業と契約を結ぶ際、日本本社の意向と現地企業の妥協点を見つけるのに苦労し、自分自身のリーダーシップや知識不足を痛感しました。またシンガポールは変化のスピードが速く、私一人の力では追いきれないことが多くてとても苦労しました。そのときに、なにか物事を成し遂げるためには自分一人では「限界」があり、周囲からの協力を仰ぐことが必要だと気づいたのです。

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