前回はウサギの東西キャラ対決を題材に、「どこまで似れば著作権(翻案権)侵害か」を考えました。今回は、もう少し複雑な作品の比較を考えてみましょう。写真界・出版界を巻き込んだ「廃墟写真事件」です。
廃墟写真をご存じでしょうか。もう打ち捨てられて誰も行かないような場所(廃墟)をあえて撮り、その寂寥感や風化した美しさを伝える、という写真のジャンルです。なかなか根強いファンがいて、有名なのは長崎の軍艦島(端島)ですね。こうした廃墟写真家の先駆けのおひとり、丸田祥三さんが発表し高い評価を得た一連の作品群があります。場所は丸田さんが見出した、変電所跡などのさびれた廃墟たちです。
その数年後、著名な写真家の小林伸一郎さんも一連の書籍で廃墟写真を発表するようになります。ちょっと何点か並べてみましょう。
いかがでしょうか。並べると寂ばく感も2倍ですね。丸田さんは抗議し、小林さんを相手どって著作権侵害などの裁判を起こします。皆さん、どう思われますか。作品はほかにもありますが、まずはこの2組、小林作品はクロでしょうか、シロでしょうか。クロは著作権侵害で、小林作品は販売差止やむなし、となります。
前回も書きましたが、著作権の世界では先行する作品との偶然の一致は許します。つまり、翻案権侵害といえるためには、(1)先行作品(丸田作品)を見たり聞いたりした上で、(2)それと似た作品を創ること、の両方が揃うことが条件です。(1)を依拠性、(2)を類似性と呼びます。
今回、小林さんは丸田作品を見たこと自体を否定しています。他方、丸田さんは、自分の写真集にあったある廃墟の説明文と小林作品の説明文は、内容の間違いまで共通しているから小林さんは丸田作品を知っていたはずだ、などと主張しました。ですから、(1)の依拠性も争点ではあるのですが、裁判所は(2)の類似性に注目します。つまり、似ているかどうかの勝負です。
さて、両作品は似ているでしょうか。この事件についてもこれまで何回か講義で取り上げ、模擬裁判をやったことがあります。そこでの小林さん・クロ派の言い分を聞いてみましょう。
ウサギを描いたのとは訳が違う。廃墟写真は人知れぬ「廃墟という被写体」を苦労して発見し撮影することが生命だ【1】。後から似たような写真を撮って自分名義で発表するなんて論外だろう。さらにいえば、両作品のテイストも似ている【2】。
シロ派の言い分はどうでしょうか。廃墟を見出した丸田さんの視点には敬意を表するが、廃墟は作品そのものではない。「この廃墟を撮ろう」というのはアイディアだろう。アイディアは独占できないはずだ。では写真の生命は何かといえば、シャッターチャンスや構図・ライティングといった撮影方法だ。構図やテイストは両作品でだいぶ違う。
確かに、アイディアは誰も独占できません。丸田さんがいかに独自の視点で廃墟を見つけたのだとしても、「今後何十年にもわたって彼以外の人はその場所を撮ってはいけない」といえば無理がありそうです。「これから葛飾柴又で映画を撮るな」とか、「秋葉原でアイドルグループを立ち上げるな」というのと同じくらい無理です。
ですから、同じ廃墟を人に作品にされたくないと思えば、究極の方法は「どこで撮影したか秘密にする」ことです。現に、撮影場所は決して明かさない廃墟写真家もいるようですね 。逆にいえば、場所を明かす以上、「同じ廃墟を撮るな」とまでは言えないでしょう。
ただ、被写体はどんなに真似してもいいかと言えば、これは少し違います。ここで登場するのが筆者の定番、「スイカ写真事件」です。
いかがでしょうか。向かって左が、あるプロのカメラマンがNHKのテキスト「きょうの料理」で発表した写真、向かって右が、その後別な写真家があるカタログに掲載した写真です。左のカメラマンが右を著作権侵害で訴えました。
皆さん、こちらはどう思われますか。様々な議論がありましたが、裁判所は最終的に「被写体の選択や配置にも写真の著作権は及ぶ」(つまり、被写体が類似していれば著作権侵害の可能性がある)と判断しました。
なるほど、確かにどんなスイカを選んでどう切ってどう組み合わせて並べるか、その点にもカメラマンの創意工夫は間違いなく存在していますね。しかし、スイカはそうかもしれませんが、廃墟はずっとそこにあります。上記では、廃墟の位置関係をカメラマンが勝手に変えてもいないでしょう。
とすると、やはりスイカを並べるような「創意」というよりは、そこにある廃墟を「発見」した性格が強そうです。いわば「廃墟という事実」、あるいは「この廃墟を撮ろうというアイディア」ですね。事実やアイディアは独占させようがない(第2回・第3回参照)。この点では、小林さんシロ派の分が良さそうではあります。
シロ派はさらに、両作品のテイストの違いを指摘します。そもそも丸田作品は白黒やセピアで小林作品はカラーだし、丸田作品では木が茂ってるじゃないか。(確かに小林さんの作品集を見ると、多くの作品の特徴は彼の色彩感覚ですね。風景に溶け込んだ「棄物」をモノトーンで描き出す丸田作品とは異なる印象を与える気がします。)
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