AR(拡張現実)というと、ゲームやアニメ作品のキャンペーン、イベントといったエンターテインメントの分野でよく使わる技術のイメージがある。しかし最近では行政や教育機関など公的機関によって、災害対策の分野でも使われる動きが出てきている。
2月18日、宮城教育大学と東北大学の研究グループが防災教育用アプリ「津波AR」を共同開発したと発表した。AR技術を用いることで、スマートフォンなどのカメラを通した実際の風景に対し、どの高さまで津波が来たのかを視覚的に知る事ができる、とのことである。津波の高さ以外にも、震災が発生した当時の被災写真や避難所情報なども閲覧できるようになっている。
このアプリは、自身が立っている場所に連動し、スマートフォンの画面上に被災当時の情報などが次々と表示されていくので、まるで被災当時にトリップしたかのような現実に近い体験ができる。東日本大震災から3年が経過し、がれき撤去作業や復旧工事が進んでいくなか、津波被害などの痕跡はどんどん消えていく。「津波AR」は、そういった状況においても震災の体験を学習可能にするアプリである、と同研究グループは位置付けている。
AR技術を防災対策に活用する動きは他でもみられる。震災による津波被害を受けやすいといわれる、沿岸部に位置する茅ヶ崎市やゼロメートル市街地を含む葛飾区では、津波災害対策の一環として「天サイ!まなぶくん防災情報可視化ARアプリ(開発:キャドセンター)」を各々の地域用にカスタマイズし、提供を始めている。このアプリも実際の風景に連動して、津波が発生した際の浸水深や液状化・火災の危険度を示したり、被災後の車両や人の通過のしやすさ(通過確率)を表示できる。
また大阪府内の自治体では、災害発生時に避難場所へと誘導するARアプリ「みたチョ(開発:ウィズ・アイティ・ジャパン株式会社)」を提供している。「防災とボランティアの日」にあたる1月17日の防災啓発イベントでは、アプリがダウンロードできる2次元バーコード付のステッカーを南海電鉄南海本線・泉佐野駅前で配布した。泉佐野市は沿岸部にあり、津波被害を受けやすいだけでなく関西国際空港もあることから、外国からの観光客など土地勘のない人たちを避難場所へ誘導出来るようにする事が重要な課題となっている。今後は、このステッカーを提携都市に配布し、一般民家や店舗、会社、工場に掲示するなど、防災意識の啓発と認知に力を入れていく方針とのことである。
このようなARアプリは、津波被害を受けにくい環境と想定されつつも、都市部など人口が集中し交通パニックが発生しやすいエリアでも有効に使えそうだ。
災害に対して事前の備えが重要である事を認識している人は多いと思うが、実際に発生した場合、どのような場所にどのような事が起こり、何をするべきかをイメージできる人は少ないのではないだろうか。その点、AR技術は仮想体験の場を生み出せて、GPSなど位置情報と連動することで、その場所のさまざまな情報を引き出せる。この特性は、防災対策のような体験学習が重要な課題にはよりマッチしていると思われる。
行政や教育機関など公的機関が普及活動している点は意義深いものの、今後よりARアプリを普及させていくためには、認知向上を目的としたプロモーションやダウンロード導線の見直し、携帯端末のリテラシーが低い人でも直感的に利用できるようなユーザーインターフェースの改修など、まだまだ課題点は多いといえよう。とはいえ、スマートフォンの普及が進み、多くの人がAR技術を利用できる環境になりつつある。AR技術は、私たちの防災対策を一歩前進させることが出来る良いきっかけとなるのではないだろうか。
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