9月25日、青空文庫の創設者(呼びかけ人)の一人で、8月に逝去された富田倫生さんを追悼するイベントが都内で開かれた。青空文庫は、著作権切れの作品等をボランティアが電子テキスト化、インターネット上で無料公開している電子図書館プロジェクトである。
イベントの模様などについては、各種メディアが手厚く報道していたので、ここでは一歩引いた視点から、富田さんと青空文庫の足跡にからめて、日本の電子書籍の現状と目指すべき方向性を探ってみたい。キーワードは「オープン」「民間主導」である。
青空文庫の果たした功績については、富田さんの没後、さかんに語られており、いまさら強調するまでもない。評論家の山形浩生氏は、2010年以降、次々と立ち上がった電子書籍ストアの多くが、コンテンツの不足を青空文庫で補ったことを指摘し、日本の電子書籍は、青空文庫のようなボランティア活動の上に成り立っている(ともいえる)、と主張する。
「青空文庫プロジェクトの成果/山形浩生(評論家兼業サラリーマン)」
青空文庫のコンテンツは、約1万2000作品。これがどれだけ活用されているかは、電子書籍に詳しいライターの鷹野凌氏が詳細に調査している。
それによると、SonyのReader Store、Booklive!など国産プラットフォームはもとより、AmazonのKindleストア、AppleのiBookstore、GoogleのGoogle Playブックスなど、海外勢も、こぞって青空文庫をラインアップに加えている。
「青空文庫呼びかけ人・富田倫生さんお別れ会の準備が進んでいるそうなので、各電子書店の利用状況などを調べてみた」
表中で「フル」とあるのは、青空文庫1万2000点のほとんどが、まるごと収録されている、という意味だ。中でも、電子書籍関係者の間で強く記憶されているのが楽天Koboだろう。楽天は2012年7月の日本におけるKoboサービス開始時に、日本語書籍を約3万点用意している、と発表したが、実際にストアで提供されたのは2万点以下で、そのうち半数以上が青空文庫だった。
さらに青空文庫を利用した、各種アプリ等も勘定に入れるべきだろう。AppleのAppStoreや、Google AndroidのGoogle Playストアには、青空文庫を利用したアプリやサービスが多数登録されている。
9月29日時点で検索してみると、AppStoreには、のべ65のアプリ(iPhone用とiPad用を別々にカウントした場合)が、Google Playには305のアプリが登録されている。AppleはiBooksのリリース以来、アプリ型電子書籍を抑制するポリシーを採用したため、現時点のアプリ数は控えめな数字になっているが、それ以前はもっと多数の関連アプリがあった。
アプリの一部は、青空文庫のコンテンツ管理機能とビューワーが一体となっており、高度な表示品質、使い勝手を誇るものも少なくない。
著名なのがiOS用アプリの「SkyBook」。ユーザーによる任意のフォントの組み込み、文字サイズ、文字間、行間、上下左右余白の変更、任意の辞書での辞書検索などに対応し、ダイヤモンド社など、複数の出版社のビューワーにも採用された。ちなみに、SkyBookは数年前にリリースされた老舗アプリだが、ここに挙げたような機能すべてに対応したアプリは、大手電子書籍事業者も、未だにリリースできていない。
さらに、PC用のビューワーや、ブラウザで快適に読むためのエクステンション(アドオン)なども、多数開発されている。日本最大規模のPCソフトライブラリ「ベクター」で検索すると、28件がヒットした。
そのほか、青空文庫を利用したウェブサービスの開発も、非常に盛んである。Kindleの日本上陸前、2009年ごろから米国版Kindleを手に入れて読書を楽しんでいたマニアには、「青空キンドル」というウェブサービスがおなじみだろう。これは青空文庫の読みたい本のページのURLを指定すると、手持ちのKindleに適した書体・レイアウトのPDFがダウンロードできる、というサービスだ。
姉妹サイトの「青空PDFダイレクト」を利用すると、Kindle本体が持つメールアドレスあてにファイルを送ってくれるので、まるで日本語版ストアが既に出来上がっているかのような読書体験を楽しむことができた。筆者も含め、黎明期のKindleマニアにとっては、日本語に対応していなかった当時のKindle端末の、最高の活用法だった。
9月30日には、長く青空文庫をサポートしてきたボイジャーが、青空文庫全作品をブラウザ上でレイアウトされた形で読めるサービス「青空+BinB」をオープンした。
思い返せば、電子書籍のムーブメントは、過去に1990年代と2000年代の二度あった。しかしどちらも、コンテンツの不足が一つの壁となって頓挫したと言われる。
過去のムーブメントと2009年ごろから始まった今回との違いは、いろいろ指摘されているが、青空文庫の1万2000点のコンテンツが、代表的な電子書籍フォーマットであるXMDFとドットブック、そして後にはEPUBに、すぐにでも変換可能な形(後述する「注記」でコーディングされたテキストとHTML)で蓄積されていたし、実際に一部はすでに変換して提供されていたことも大きかった。
例えば、2004年に発売された松下電器産業(現パナソニック)の「シグマブック」で、当初用意された本のタイトル数は5000冊だった。そのライバルで、同じく2004年に発売されたソニーの「リブリエ」で読めた本の数については、確実な資料がないが、同じく数千点だったと考えられる。
これに対して、先述したように、2012~2013年に事業をスタートした電子書籍サービスは、青空文庫の1万2000点を含めることで、総点数のスケール感を増やすことができたのだ。
要するに日本における電子書籍(出版)は、青空文庫なしでは発展しえなかった。20年近くにもわたって、ひたすら本を電子テキスト化し続けた、富田さんや青空文庫のボランティアには足を向けて寝られない、というのが実情なのだ。
電子書籍といえば、どうしても端末やストアに注目が集まりがちだが、コンテンツに目を転じれば、日本の電子書籍を開拓した人々の一人として、富田さんの名前は、必ずや長く記憶されることだろう。
だから先の山形氏の見解は、誇張でもなんでもないと思う。富田さんは日本の電子書籍の「ファウンディングファーザー(創設の父)」の一人だ。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス