普段雑誌は読まないけれど、書店でふと目に入った雑誌の表紙や特集内容に惹かれて思わず衝動買いしてしまった――こうした経験を持つ人は少なくないはずだ。スマートフォンが普及し、いつでも情報にアクセスできるようになった現代でも、つい雑誌を手にとってしまうことはよくある。それはウェブだけでは得られない、濃密な情報や価値がそこにあるからだろう。
マガジンハウスが月2回発行している「BRUTUS」も、独自の切り口でライフスタイルを提案し、数十年にわたり読者に愛されている雑誌の1つだ。このBRUTUSが、9月30日からウェブを生かした新たな情報発信を始めた。それも紙面の電子化といったありきたりな内容ではなく、雑誌の特集の続編をスポンサー企業のウェブサイト上で展開するという、かなり挑戦的な試みだ。
第1弾として、スポーツウェアメーカー「デサント」のウェブサイト上で、2月に発売した特集「カラダにいいこと。」の続編「カラダにいい100のこと。」を発信していく。具体的には、この特集で紹介したコンセプトはそのままに、美や健康、体作りに関するさまざまなノウハウや考え方、たとえばヨガのポーズや体にいい料理などを、100種類の読み物として週に2本ずつ、1年間発信していくという内容だ。
これまでTwitterやFacebookなどのソーシャルメディアを除き、ウェブでは目立った活動をしてこなかったBRUTUS。そんな同誌がウェブでの情報発信に踏み切った狙いはどこにあるのか。BRUTUS編集長の西田善太氏とエディターの伊藤総研氏、デサントの加勇田雄介氏、そして今回両社を引き合わせたブック・コーディネイターの内沼晋太郎氏に聞いた。
西田氏:僕は創刊から約10年目の1991年にマガジンハウスに入社しました。それから500号近くBRUTUSが出ています。途中「GINZA」や「CASA BRUTUS」の創刊で抜けてはいるんですけど、そう考えると随分長いですね。ただ、BRUTUSの部数に関しては実はいまが一番安定しています。なぜかずっと変わらないんです。
西田氏:雑誌だから、ウェブだから、という問題ではなく、どんなメディアも読み手使い手の時間の取り合いをしているということですよね。電車を見渡すと、みんなケータイをいじってます。漫画が好き、雑誌が好き、という問題ではなくて、その人にとって一番気軽にアクセスできるものであれば、簡単に流れちゃうんだなと気づきます。そういう意味では雑誌にとって大変な世の中。何か知りたいと思った時に雑誌がなくても大丈夫なんです。それなのに部数が安定している理由は、おそらくBRUTUSの作り方だと思います。僕らは最新情報を載せる本ではないしニュースでもない。新しいものでなくていいわけです、「情報の束ね方」の本だから。そういう作り方を気に入ってくれる人がまだいるんだと思います。
西田氏:読者は大きく3つに分かれています。BRUTUSをずっと買っている人と、特集内容によって買う人、つまりBRUTUSをウォッチしていて自分に関係のない本だったら買わない人ですね。そして、たとえば「食べ物」の特集をやっていたらどんな雑誌でも買うような雑誌名はあまり気にしない人です。特にマーケット調査をしているわけではないので、それぞれが何人いるのかということは正確には押さえてはいないんですが。
ただ、ドーナツのように円を描いていくとやはり特集によって買う人の方が多いわけですよ。コア層はいつもドーナツの真ん中にいて、円周が大きくなると面積も大きくなるので当然狙いはするんですけど、あんまり外側(特集)ばかり狙っていると真ん中の層が抜けてしまうんです。売れ線ばかりやっていると、コンテンツの新鮮味がなくなって、その場の気分でしか買われなくなってしまいますので。1冊だけ売る書籍ならそれでいいと思うんですが、雑誌は前後があって続いていくものなので、興味のない号も含めて買ってくれる層がいることが重要です。
西田氏:そもそもの成り立ちが違います。ウェブは断片的に自分の好きなものを選んだり、偶然出会ったものをランダムに読んでいくものですから、トータルで考えると1つのことを習熟するためには時間がかかるわけですよね。その分、うっすら全体で何が起こっているかを確認するにはいいし、いつもガヤガヤするような場所に座って聞き耳を立てているようなものだと思います。逆に、雑誌はたとえれば1人きりでひとつのテーマやテイストをずっと楽しむというものです。
誰かに1時間じっくり話を聞くことと、50人がいろいろなことをしている場所にいるのとどっちがいいかというと、優劣はないと思います。ただ、50人がいる場所では「今これが流行ってそうだよ」とか、「違うリズムで歌っている人がいる」ということには気づけるけれど、その本質が何なのかには到達できない。一方で、雑誌を作っている編集者は読者より深い所まで調べてくるのが仕事だから、その相手から1時間たっぷり話を聞くことで、その人の独断も含めて一応の経験を得られるということが違いでしょう。どちらもまったく違うものですね。
楽しみ方という意味では雑誌は1冊、という物理的な限りが常にあるので、「1冊読んだ」という言葉にすべて集約されているんです。「BRUTUSのあの号を読んだ」というのと、毎日更新される「ウェブを見てる」という感覚はまったく違う気がします。
西田氏:断片的な情報を流し続けても、特異性が出せないと思うからです。コラム雑誌みたいなものであればやりやすいかもしれません。フリーペーパーのようなコラムが集まった雑誌なら、メールニュースやネットコンテンツにも展開しやすい。でも、その分、雑誌としての「パッケージ感」には欠けてしまいます。電車の中で気軽に読めるようなものを作るのが目的ですからね。
僕らはあるテーマに対して手を変え品を変え1つのストーリーを作っていくものなので、そこはコラム雑誌とは違うんです。たとえば9月に出した「ファッションの細かいこと。」は、4月にはタイトルを決めて、そのテーマにそって本を作っていく。特集の中で、あるデザイナーが買った服でも靴でも必ず洗濯して風合いを出す、という話を、ネットで断片的に取り沙汰されても、我々の本意は何も伝わらないんです。
「ファッションの細かいこと。」では、途中でサンローランのスモーキングジャケットを10時間かけて全部バラバラに解体して紹介するページがあるんですが、そこに持っていくための流れ、盛り上がりのタイミングを企画の並びで綿密に考えて作ります。“ここで真打ち登場!”みたいな。そういう編集のおもしろさが、ウェブでどう作ればいいのかまだわからないんです。
伊藤氏:最近は出版社にも本末転倒だなと思うところがあって、雑誌を維持させるためにウェブサイトを作って、その両方で広告をとって、すごい遠回りをしてお金をどうにか成り立たせるという。そのせいで、労力が何倍にも膨れ上がっている出版社も沢山あります。ですので、ただやみくもにネットには出ていけないですよね。
西田氏:そういう意味だとラジオもそうですよね。2年ほど前に総務省のデジタルラジオ導入の審議会委員に選ばれたことがあったんですが、そこでも僕だけがずっと「radiko.jp」(PCやスマートフォンでラジオ放送が聴けるサービス)には否定的でした。radikoは関東圏では7つの局が選べるんですが、“きょく”という漢字は違いますけど、スマートフォンにはiTunesに何万曲も入っていて、YouTubeもあるわけじゃないですか。そんな箱の中に勝負に出たら、ますます存在価値が分からなくなってしまう、と。
今後はいわゆる音楽聴き放題サービスも増えてくるでしょう。その時にラジオというものを維持するには、相手を楽しませるうんぬんよりも、自分たちのカルチャーや物づくりをキープするためには別の枠を担保しないと駄目だと思ったんです。それがラジオという「機械」です。「災害時には役に立ちます」というラジオをもう一度、家庭に普及させるというロジックに持っていけば良かったと今でも思っています。
結果的にradikoはサービスとして成功していますから、僕のは単なる仮説だったんですが、ウェブに参画すると、どんなメディアも先行メリットや培った技術のオーラは取り払われて、フラットな勝負になってしまいます。雑誌も同じ。ウェブになった時点で担保するものが何もなくなってしまいますよね。
西田氏:ウェブというのは毎日更新しないとキープできない、仕事としては厳しいものですよね。放っておくと忘れ去られてしまう。毎日、存在感を示さないと見てもらえない。BRUTUSでもTwitterの投稿内容を毎号100近く用意してスケジューリングしているんですが、その作業さえ時間的には負担です。楽しんでやってはいますが。
また、BRUTUSでは同じ企画は繰り返さないと決めています。同じ企画を繰り返してしまうと読者がすぐ気づいて、飽きる。それに同じ企画を繰り返すと一番疲れるのは実は編集部員なんです。売れたテーマだけど、前回と同じことはできないから、意味なく変えないといけない。だから、BRUTUSでは基本的に特集の続編は出しません、と。ただ、人気のあった特集の続編をスポンサー企業のサイト内で展開するのはありだよねという話になったんです。
形態とか落とし所はいろいろあると思うんですけど、イメージとしてはBRUTUSのサイトに1年分23冊の雑誌の表紙が並んでいて、続編があるものには印がついている。たとえば猫の特集を選ぶとペットフード会社のサイトに飛んで、その中のコンテンツをBRUTUSが手がける、というイメージですね。今回スタートする「カラダにいいこと。」だったら、いろいろな人に自分なりのトレーニング法を聞くって面白いよね、と思って読者がクリックすると、デサントのサイト上でさらに他の人の話も聞けるような枠組みや企画の動かし方、振る舞い方が残っているものを、続編として見せられたらいいなと思ったんです。
伊藤氏:電子書籍がくると言われていた4~5年前に西田さんと話した際に、BRUTUSがオフィシャルに“BRUTUS オン ザ ウェブ”をやるということではなくて、企業側にパラサイト(寄生)する形で雑誌の続編をやるのであれば、ビジネスとして成り立つかも、という話になったんです。作り手側からすると、雑誌を作る際にはもの凄い量の知識とネットワークが形成されていくんですが、発売された途端に編集部としてはそれらの情報を捨ててしまうわけですよね、続編は出さないから。だけど、こういう出口があれば雑誌で蓄えた資産をまた別のところで生かせるし、一石二鳥ですよねという考えです。
西田氏:パラサイトするってやり方が僕らっぽいと思うんです。つまり自前のウェブサイトを持つことで、目的が広告による収益になってしまうと、それは雑誌でやればいいじゃないという話になってしまうので本末転倒なんですよ。クライアントの役に立つようなコンテンツを僕らが提供して、代わりにそのコンテンツフィーが入ってくる。そして、ページのメンテナンスやそれを広げていく役割はすべてクライアント側に任せるということであればやってもいいかなという話になったんです。
内沼氏:僕は西田さんと伊藤さんがそういう話をされていたということを、2年ほど前に実際に伺って、西田さんから「この件については任せる」と宿題をいただいていたんです。そのことは頭の片隅に置きつつも答えが出せないままでいたのですが、別の仕事でたまたまご紹介いただいたデサントの抱えている課題と、BRUTUSの「カラダにいいこと。」の特集、そして西田さんが話していたことがすべて合致して、お互いをつなげたというところですね。
加勇田氏:デサントでは、プロユースなフィットネスをする方とは接点があったのですが、「皇居ランが流行っているから始めてみようかな」みたいなライトな方と接点を持つことができていないことが課題でした。雑誌の「カラダにいいこと。」で、伊藤直樹さん(PARTY・クリエイティブディレクター)がトライアスロンをしていることが紹介されているのですが、まったく興味がなかった私でも、彼がやっているのならやってみようかなという気持ちになりました。そういったコンテンツを自社内で作ろうと思っても恐らく無理なんですね。そこで、価値の高いコンテンツを作れるBRUTUSの編集力を弊社の課題解決に生かしてもらいたいという思いはありましたね。
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