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ロックな時代の終焉と戦う相手が不在の日本--田原総一朗と佐々木俊尚が対論 - (page 2)

岩本有平 (編集部)2012年02月15日 14時14分
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「ロックな時代」は過ぎ、戦う相手が不在の日本人

 ソーシャルメディアに関わる政治の話と言えば、チュニジアやリビアなどで起こった大規模な反政府運動「アラブの春」がある。彼らはTwitterやFacebookといったソーシャルメディアで情報を共有していた。また米国でもウォールストリートで大規模なデモが起きた。だが一方で日本を見てみると、デモこそ増えたものの、世の中をひっくり返すような動きが起こっていない。

 これに対して佐々木氏は、チュニジアなどでは世代別で見て多数となる若者が現政府に不満を持っており、ソーシャルメディアはあくまでツールとして存在しただけではないかと分析。「ロシア革命で張り紙が使われたが、ソーシャルメディアがあれば使われているのでは」(佐々木氏)。米国にしても、給与格差が日本と比較しても大きい国だったからこそデモが起きたのではないかという。

 こういった海外の状況に比較して、日本は不平等がないと語るのは田原氏。「僕が朝まで生テレビを始めた1回目のテーマは『中曽根内閣打倒』。だが今は『野田内閣打倒』としてもタイトルにならない」(田原氏)。10万人規模の脱原発イベントに1万数千人しか参加者がなかったという事象にも触れ、東電や政府の存在が海外でデモの対象になった事象に比べて力がないとして、「日本の若者は戦う敵がいない。そのほうが悩みが深い」と語った。

 佐々木氏は日本の現状について「原発の問題も東電や政府をたたいて解決する問題ではない。社会全体の問題だ。日本は『デモをやって何が変わるの』という意見を共有している。『権力に反抗するのはかっこいい。ロックだぜ』という時代が過ぎた」とした。

ソーシャルメディアを取り巻く環境の変化

 ここで田原氏が「Twitter上でどんな意見が多いのか」という質問を佐々木氏に投げた。佐々木氏は、「社会の集合的無意識を可視化する装置となりえているが、見てる人によって全然違う世界が広がっている」と説明。さらに、「この1年は混乱していたが、最近1、2カ月、震災から1年近く経って『社会を作り直さなきゃ』と思い始めた人が増えてきた」と語る。

 Twitter上でさまざまなユーザーと議論をしている両氏。佐々木氏は最近もTwitterで論戦を繰り広げたばかり。そうした経験をふまえながら、「今までに目立っていたネットというのは、うるさい少数派の意見が多かった。それでTwitter全体がののしられるが、実はそんな意見は少数。ノイジーなマイノリティーはいるが、ほとんどはまっとうなマジョリティー。普通の人の声が以前より見やすくなった。ブログブームの頃は賛成の声が分からなかったが、ソーシャルメディアではTwitterのリツイートやFacebookのいいね!などで善意も見えやすくなった」と語る。

 田原氏は中国版Twitterとも言えるミニブログ「Sina Weibo」で政府批判などがなされている中で実名制の動きがあると語ると、佐々木氏は、実名であればアラブの春のように、個人が自由に運動できないケースがあることや、実名化自体を国や法律で縛ることは間違っているとした。

 佐々木氏はまた、ソーシャルメディアについて、「コンビニで働くフリーターだってコンビニ労働の専門家。年金生活者も年金生活の実態を知る専門家。すべての人が何かの知見を持っている。自分の中の専門性を分け合えるのがいいところ」と説明。ソーシャルメディアを通じて情報を共有し、つながることこそが社会の知となると今後に期待を寄せた。


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