スタートアップがやるべきことは多い。サービスの企画や開発は当然だが、ファイナンス(資金調達や資本政策)も重要となる。銀行などから資金を借り入れるしかなかった時代から、株式を活用してリスクの低い資金を調達できるようになった現在。しかし、そのノウハウを得る機会は少ないのが現状だ。
8月12日に開催されたイベント「CEO・CFOのためのベンチャーファイナンス」では、公認会計士で税理士の磯崎哲也氏がスタートアップのファイナンスについて講演した。ここでは同氏が語った10の留意すべき事項を紹介する。
数年前には数千億円あった日本の投融資額は、現在年間1000億円を切っている。一方、米国では四半期に50億ドル(4000億円)から70億ドル(5600億円)の投融資がなされる。年間で考えるとその差は20倍ほどになる。
単純に金額だけで比較すると、日本が厳しい状況にも見えるが、磯崎氏は「それは比較の話だ」と語る。投資が積極的でない状況ではあるが、ベンチャーキャピタル(VC)や投資家が積極的に投資するかどうかは結局のところ「(事業が)イケているかどうか」(磯崎氏)。優れたサービスを作っていけば自ずと評価されるという。
米国の証券自由化が始まったのは1980年前後。当時はまだ「誰でも起業家になれる」という雰囲気があったわけではなかったという。一方で日本は証券自由化からまだ約10年。証券自由化があって初めて投資や法律などの生態系(エコシステム)が発達してきたという経緯がある。「IT業界は生態系が重要。上場する会社が出て、その会社にバイアウトしてというサイクルが生まれる。そういう経験を経て、この10年で投資の実務をやる人や投資のノウハウが溜まってきた」(磯崎氏)。
こういった歴史的な背景を考えれば、日本のIT業界の投資はまさにこれから。もしこの10年の経験やノウハウがなく投資しようとすれば、「みんなが投資をするから」という理由だけでお金が集まり、バブルになりかねない。今のように“お金が流れ込めばうまく使える”ように生態系が成長していることこそが重要だという。
磯崎氏はまた、スタートアップは最初から負債を背負うことを極力避けるべきだと説明する。「銀行借り入れをゼロにしろとは言わないが、『アプリ作ってるけど何人お客があつまるかわからない』というものについては、銀行はそもそも(お金を)貸してくれない」(磯崎氏)。また、借り入れしたリスクマネーには返済のプレッシャーがつきまとうと語る。「10年前までは銀行から借りてはじめるというのがすべてだった。しかし今は株式で調達する。スタートアップは(借り入れでなく)エクイティ(資本)で集めるのが基本と考えるべき」と調達の重要性を説く。
投資家は、社長や創業者の人となりで投資するのではない。「投資家はあくまで自分が儲かる話に投資する」ということを理解すべきだという。上場といういわば“ホームラン”を目指すだけではなく、一塁打、つまりバイアウトすることなども踏まえて、儲けのためにお金を出すということを忘れてはいけない。
銀行と違って、投資家がスタートアップを判断する視点はバラバラだ。「社長や起業家は『自分たちのサービスがこんなにすごいのにVCは理解できないのか』とフラストレーションを感じているのをよく見る。そういう場合、投資家にわかりやすい言葉にする、というテクニックが必要」(磯崎氏)。だからこそ成長を目指すスタートアップには、投資家との橋渡しができる優秀なCFOが必要だ。
これは、スタートアップの事業が100%成功しないということではない。スタートアップの事業が計画通り進むということはほとんどないという意味だ。
だからこそ、個人の保証については注意が必要となる。「リスクがあるのに無茶な借り入れ(個人保証)をしたりしないこと。たとえば個人で借金をしている場合、『新しい投資がその返済に使われるのかもしれない』という投資家の懸念を生み、結果的に次の調達を難しくする」(磯崎氏)ことがあるからだ。また株式の買い取り保証(事業失敗した場合、株式の買い取りを保証させる)も個人保証と同様のリスクだと認識しておくことが重要だ。
もちろん事業が失敗する場合もあるが、そこへ至るには、さまざまな方法を選ぶことになる。磯崎氏は「たとえばコミュニティで一定の信用を残していればそれが資産として残る。この信用が次につながる。逆に仕入れるだけ仕入れて会社を潰す、そういう信用をなくす方法だと次がなくなる」と語る。
デットと違い、エクイティは必ず成功してお金を返すという約束ではない。しかし、株主との信頼関係や交わした約束を正しく果たすことが重要なのだとした。
米国はスタートアップ同士の競争も激しく、利益を出すことよりも調達を優先させることができる。たとえばZyngaは、IPO間近に9億7400万ドル(約779億円)を調達した。しかし、現状彼らはほとんど利益を出していない。「利益を出す前にやることがあるだろう、というのが米国式」(磯崎氏)
一方で、時価総額5000億円のグリーが公開前に調達したのは4億8000万円。「日本は起業にチャレンジする人が少ない。少ない投資で利益を稼ぐことができる」(磯崎氏)。単純に金額で米国と比較するのではなく、日本ならではの資本政策や戦略を考えることも重要だという。
創業者がどれほどの比率で株式を持つべきかについては、「ケースバイケース。外部の投資家に参加してもらうことで企業価値が高まることがある。そういう場合は株の持分が少なくても株の価値そのものが大きくなることもある」(磯崎氏)と説明。必ずしもパーセンテージで判断すべきでないと語る。
また議決権、つまり持分が経営に及ぼす影響に注意すべしとも語る。米国では「デュアル・クラス(ストック)」という、持分比率としては少ないが、議決権の多くを持てる、という株式の発行方法がある。一般の投資家が理解しきれない事業に関する権限を創業者に持たせることで、経営のやりやすさを提供する方法もあるが(編集部注:米GoogleやFacebookなどが採用している)、日本でこれを採用する例はほとんどない。ただし日本で上場を考える場合は、創業者がある程度持分を持っておくべきだという。
これまで調達についての注意点を話してきた。では、資金が潤沢にあるからといって成長が約束されていることになるだろうか?
磯崎氏は特に人材面では、日本の実態に則したやり方を選ぶべきだと語る。雇用流動性や解雇規制のある日本では、10人、20人という規模で雇用することは可能だが、米国のように100人、1000人と一気に雇うことはできない。資本施策もそうだが、単純に“シリコンバレー式”を目指すのでなく、日本に合った成長を描くことが重要になってくるという。
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