ソーシャルメディアの普及とライブメディアの可能性

川井拓也(株式会社ヒマナイヌ 代表取締役 クリエイティブディレクター デジタルハリウッド大学院専任教授)2011年06月19日 07時00分
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 人間関係というのは、家族や社会を中心としたリアルなコミュニティの中にあるが、それは現実のうちに成立しているから、それ以上する拡張する必要がない。そんなリアルなコミュニティでは、ソーシャルメディアはとくに意味を持たない。 しかし、リアルな世界ではないところの誰かと知り合いたいという欲望がでたときに、ソーシャルメディアが力を発揮する。

 ソーシャルメディアにはさまざまな種類があるが、そういう欲望が出たときに何を使うか? ビジネスならfacebook、プライベートならmixi、自分の趣味嗜好と関係なくいろいろな人と知り合いたければtwitterという棲み分けができている。そもそもソーシャルメディアには「ソーシャル」=「社会的」という言葉が使われているため、何か特別なものであると感じがちであるが、基本的にはコミュニケーションメディアであるから、自分の周りの人間関係を越えたところで井戸端会議や世間話ができると思えばいい。

 ソーシャルメディアは、人のつながりを拡張したいという欲求があり、それをネットの端末を通してやることに抵抗のない層にはすぐに受け入れられた。 それに加え、スマートフォンの登場で長い文章を飛ばして読めるような環境ができた結果、それまでは使っていなかった層も利用するようになっている。

 歴史を遡れば、雑誌のサークルだったり、パソコン通信でフォーラムなどと呼ばれていた時代から、何か特定の嗜好をもっている人たちが同好の士を集めることはあった。

 mixiはそれを正統的に受け継いでコミュニティを作っている。しかし、twitterが入ってきたことで、それが少し違う文脈になってきた。mixiのコミュニティは、好きなものを共有したい人がいるところに入っていく形式だが、twitterは個人のメディアをフォローしあう。誰かが考えているありとあらゆることが流れてくるわけで、それは必ずしも自分の好きなアーティストや、興味のあるビジネスの話ではなく、いわば本来の世間話に回帰しているのだ。 そういうランダムな話題を楽しめる人にとっては、twitterは非常に受け入れられている。自分の普段の生活ではなかなか出会えない人たちの、さまざまな価値観に触れられるという面に火がついて普及したと言っていいだろう。

 しかし同時に、なぜ人のつぶやきを見なければいけないのか? やる意味がわからないという人も多いようだ。 何かの情報を求めていたり、特定の目的があってソーシャルメディアを利用する人は、mixiやYahoo!の掲示板を見に行けばいいわけで、twitterは無目的に閲覧する過程でのセレンディピティ、ある種の偶然性のようなものに好奇心をもつ人にはハマるだろう。

 そういう意味では、facebookはmixiに似ている。実名登録かどうかとインターフェイスの違いだけで、いわばアメリカ版のmixiと言っていい。

twitterとのシナジーでブレイクしたライブメディア

 USTREAMやニコニコ生放送(ニコ生)、TwitCasting(ツイキャス)などのライブメディアは、最近こそ注目されているが、ずっと以前からあった。なかなかブレイクに至らなかっただけである。 それはなぜか? どこかでやっているイベントなりライブなりを中継したとしても、それを知ったり知らせたりする手段がなかった。生中継が好きな人たちが小さなコミュニティでやっていただけだったのだが、twitterの登場で「今、始まったよ」「お、おもしろそう」と、バケツリレーのように伝播させることができるようになったことで、広く認知されるようになったわけだ。事前に告知をしなくても、どこかでアーティストがライブを始めれば、twitterを通じて瞬時に数千人に情報が届く。

 逆に言えば、いかにネットのクチコミに乗せられるか? どのくらいの情報伝達路を形成できるかがソーシャルメディアのキモとも言える。

 たとえば自分のフォロワーが100人だけだったとしても、その中にだれか有名人がいれば、そこで5万人に拡がることも考えられる。このような連絡網の変数を個人でもてるという点が、ソーシャルメディアのいちばんの利点に違いない。 さらに言えば、これらがひとつに束ねられたとき、マスメディアに対抗するカウンターカルチャーが作れる可能性さえあるのだ。

 またライブメディアは、動画を視聴しながらユーザーがコメントできる機能が特徴的だ。たとえば後援会の中継で、その会場にいなくても講師の話を共有しながら、それについてコメントを書き込めば、それが脚注になる。視聴者の中には講演のテーマに詳しい人もいるから、「それは違う。こっちの引用を見ろ」というような、違う文脈を作ることができる。

 講演会場にいる聴衆の情報量は、講師が話している内容だけであるが、ライブメディアで見ている人には講師の話に加えて、ユーザーのコメントで補強されたり、反対意見を知ったりできるため、情報量は圧倒的に多い。そういう意味では、場を拡張する非常におもしろい効果があるとも言えるだろう。

ハガキ職人魂で優れた広告効果

 個人がライブメディアに書き込んだり、twitterで情報を発信するのは、ある議論が行われているときに、何かひと言言いたいという自己顕示欲の現れに違いない。「気の利いたコメントを投稿して、オレに注目を集めたい」という存在の誇示でもある。ラジオのハガキ職人に近い感覚かもしれない。 それをうまく利用すれば、優れた広告メディアとしても成立する。何万人も視聴している講演会やライブに、自分の名前とアイコンで気の利いたコメントを頻繁に残せば「このアイコンどこかで見たことがある」と注目されるようになるだろう。

 自分には100人のフォロワーしかいなかったとしても、1万人の視聴者がいれば、最高の効果が期待できるに違いない。

*この記事はキャビネッツドゥロワーズ「The Social Insight Updater」からの転載です。

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