「知的財産推進計画」のススメ - (page 2)

1億総クリエーター時代の中身とは

 全体をざっと見ますと、知的財産戦略といっても、特許や著作権など法律によって占有可能性が確保できる領域(第4章の一部を除くほとんどの章で)についての方策はよく練られているものの、法的手段で占有可能性を担保しにくいような領域(4章のコンテンツに関する叙述の中でも、インフラではなくコンテンツ本体に関する部分)については、具体的な方策は乏しいように感じます。

 本連載でも取り上げた渋谷系のセクシーカジュアルファッション(セシルマクビーなど)では、顧客側サイドにクリエーションの主導権が移りつつある、ということでした。しかし、これは、モノやコンテンツに充満した豊かな環境で成長した若者世代が、自らの見識、選択眼を持って能動的に活動しているからであり、別にファッションに限った話ではないはずです。

 たとえば、知的財産推進計画2008の第4章には「1億総クリエーター時代に対応した創作活動を支援する」(p.97)という節があります。「1億」という数でクリエーターがいるということは、あくまでこれは比喩でしょう。デジタル時代において、誰もがコンテンツを生み出します。皆さんも子供の成長過程をビデオやスチルで大量に撮っていることでしょう。しかし、そのほとんどは私的領域を出ないでしょう。

 しかし、クリエーターまでいかなくとも、「クリエイティブなコンテンツの使用方法」であれば、自ら提案しているユーザーは大量に存在します。このような人々は、マーケティング的には「プロシューマー」と呼ばれます。

 日本以外の国であれば、プロシューマーはきわめて少ないのですが、日本では文字通り「一千万人レベル」で大量に存在しています。しかし、コンテンツ消費における組み合わせ(編集作業を担う人の意見の発露=「エディトリアル」)は外部に発信される場合が多いです。

知的財産推進計画の別解=ユーザー目線

 「コーディネイト」という、ファッションのユーザーにおける利用情報は、必然的に公的空間に発信されます。ファッションだけではなく、オンラインゲームでも同じです。オンラインゲームにせよ、ファッションにせよ、プロシューマーはアイテム(ゲームアイテムやファッションアイテム)を求めているのであり、アイテムがユーザーニーズに合致した際には、それは飛ぶように売れるし、それはクリエイティブな利用を促進するため、結果としてユーザー水準が牽引される。このようにして、クリエイティビティが社会に横溢してゆくのでしょう。

 とすると、クリエイティブなユーザーを作り、そのユーザーに適したアイテムをタイムリーに供給するということが、ビジネスを考えていく上で戦略的に重要であることがわかると思います。さらに、一度好循環を始めれば、その潮流はなかなか止められません。

 そこで、知的財産推進戦略で触れられていない部分を集約して、あらたな知的財産推進戦略を作るならば、上記のような意味での「ユーザー育成とニーズ把握の推進」が挙げられるのではないでしょうか。とはいえ、これらの2つについても、「言うは易し」という側面も多く、今後の形式化、体系化が待たれる部分が多くあります。研究課題は満載です。

最後に

 今回の記事で展開したような、ユーザーの強みの重要性は、最近では多様な文脈で語られてきており、認識が広がっているように思います。

 場合によっては、ユーザーの進化によって他国と状況が大きく変貌した結果を「ガラパゴス化」と称する向きもあります。ケータイは確かに独自仕様によって、特異な進化を遂げたかもしれません。

 しかし、その進化は全世界的潮流から取り残されたことを意味するのではまったくなく、むしろ高い提案、開発力をケータイキャリアや多くのメーカーが維持できる原泉となってさえいます。

 そのような多数のメーカーがユーザーの近くにいるからこそ、ユーザー目線のモノづくりができているのではないでしょうか。だとすれば、ガラパゴス化は歓迎すべきものであるかもしれません。

 私は、むしろガラパゴス化というマイナスイメージにつらなる表現ではなく、ここで別の新たな表現を考えるべきではないかと感じています。しかし、なかなか思い浮かばないのが悩みの種です。読者のみなさんも、良い案をお持ちでしたら、コメントなどでレスポンスしていただけますとうれしく思います。

 さて次回は、東京大学教養学部で実施中の「コンテンツ産業論」の授業連動レポートに戻りまして、経済産業省繊維課・課長の間宮淑夫さんの講義をレポートします。政府のファッションに関する政策についてコンパクトにまとめていただきましたので、ファッション政策の現状を知るのにちょうどよいと思います。

 それでは、また来週。

七丈直弘 Naohiro Shichijo

東京大学大学院情報学環准教授。1970年静岡生まれ。博士(工学)。ネットワーク解析など数理的手法を用いて、知識の生産と伝播によるイノベーションを研究。コンテンツビジネスにおける能力形成のモデル化や企業の戦略分析を行うとともに、プロデューサ育成も行っている。特にアニメ・動画には造詣が深く、また、UNIX技術本の翻訳なども手がけている。2008年度はキャラクタービジネス研究で注目を集めた。

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