ところで、昨年から「自然言語質問の入力による検索」という触れ込みの米Powersetが話題になっているが、上記のフレーズ自体は情報アクセスの研究者から見るとなんら目新しいものではない。NTCIRの言語横断検索も質問応答も自然言語質問を扱っているし、特に質問応答において質問の自動解釈を行うのは常識である。文書検索の発展形としての質問応答の研究が盛んになったのは1990年代であるが、いわゆるエキスパートシステムとしての質問応答は1970年代に研究され、その後衰退している。言うまでもなく、当時と現在の違いはウェブという膨大な知識源の存在である。
米国では1990年代前半から国家安全保障の目的で言語横断検索や質問応答の研究が後押しされている。はっきり言えばテロ国家やテロリストの情報を収集するためである。このため、NTCIRの先輩にあたるTREC(Text Retrieval Conference)が1992年より毎年開催されている。また欧州では、欧州統合に向けて欧州言語間の情報検索、共有を実現するためのCLEF(Cross-Language Evaluation Forum)が毎年開催されている。
これに対し、NTCIRの背景にはTRECやCLEFのように明確な「今そこにある危機」はなく、アジアにおける情報アクセス技術の将来は研究者の興味、感性、良識に委ねられている。一研究者としては、TREC、CLEF、そして国産の検索エンジンが頑張っている中国や韓国からも学びつつ、日本の消費者およびビジネスにインパクトを与える技術の発信基地としてNTCIRを発展させたい。それにはまず、研究者コミュニティがGoogleやPowersetのような企業が追いつけないくらいのスピード感を身につける必要がある。
もしかしたらITビジネス界の次なるネタも、今から10年前に発行された論文のどこかに載っているかも知れない。
1993年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。1993年から2007年まで、東芝研究開発センターに所属。2000年工学博士。2000年から2001年まで、英国ケンブリッジ大学コンピュータラボラトリ客員研究員。2007年2月より現職。「ニューズウォッチ」「フレッシュアイ」の名付け親。情報アクセス技術の研究開発に従事。情報科学技術フォーラム(FIT)2005論文賞、情報処理学会平成18年度山下記念研究賞および平成18年度論文賞受賞。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」