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「自由なインターネットを世界に」:米議会が進める新法案の理想と現実

文:Eric J. Sinrod
翻訳校正:吉井美有

2006年07月20日 17時16分
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 毎年この時期になると、米国ではこの国に自由と独立がもたらされた日を記念してパレードや花火で祝う。インターネットには国境はないものの、ネット市民に与えられる自由は国ごとに異なる。

 先ごろ、グローバルなネット上での自由を促進することを目的とする法案が、国際的な人権問題を扱う米下院の小委員会を発声採決により満場一致で通過した。Global Online Freedom Act of 2006という法令を提議する法案H.R. 4780が、議会で可決されるかどうか、またその目標を達成するのにこれが最善の方法なのかどうかは、時が経ってみなければわからない。この法案では、他国でオンラインビジネスを展開する米国企業を罰する条項が盛り込まれている。これにより米国企業がそうした国々でのビジネスを断念すれば、ネット上での自由がかえって損なわれる可能性もある。

 この法案には「インターネット上での表現の自由を促進し、独裁国家の政府による抑圧的な政策などに強制的に服従させられることがないよう米国企業を保護する」ことを目的とすると明記されている。

 この法案を議論する中で、議会では、次のような点が明らかにされるだろう。

  • 言論および出版の自由は基本的人権であり、インターネットの自由な利用は世界人権宣言の第19条で保護されている。この条項は、国境に関係なく、任意のメディアを介して、情報およびアイデアを受信し配信する自由を保証するものだ
  • インターネットが成功を収めたのは、9億7200万人を越える世界中のユーザーに迅速に情報を提供できるからである
  • インターネットおよびその他の情報技術の成長は、情報が政治的検閲の対象でなければ民主化の推進力となり得る
  • インターネットの政治的検閲はインターネットサービスの質を低下させ、最終的には米国内外のインターネット産業自体の完全性と存続力も損なわれる

 また、この法案は米国の政策として次のような項目を挙げている。

  • インターネットを介して情報、アイデア、知識にアクセスし、貢献するためのあらゆる機能を向上し、米国の対外政策の基本的要素として、国境に関係なく、任意のメディアを介して情報やアイデアを受信および配信する権利を標榜する
  • 外交、貿易政策、輸出管理など、米国の影響力を行使するためのあらゆる手段を利用して、情報の自由な流通を促進する原理と習慣、価値を支援し、促進、強化する
  • 米国企業がインターネット規制国の政府高官と協調してオンラインコンテンツに対する政治的検閲を実施することを禁止する

 この法案では、合衆国大統領が、特定の国を「過去1年間においてインターネットの自由を大きく制限する仕組みを構成する直接または間接の要因となったインターネット制限地域として名指ししていくこと」を提案している。

 そして、こうした「インターネット規制」国において、米国企業がビジネスを展開するのを制限する条項へと進む。例えば、インターネット検索エンジンを提供したり、インターネットコンテンツのホスティングサービスを提供したりしている米国企業は、状況によってはインターネット規制国においてコンピュータハードウェアを設置できなくなる。

 さらに別の例として、インターネット検索エンジンを提供している米国企業は、インターネット規制国からの要請に応じて検索エンジンの動作を変更し、特定の言葉を検索対象から除外することができなくなる。あるいは、インターネット規制国内から検索エンジンにアクセスした場合と、それ以外の国からアクセスした場合とで、異なる検索結果が生成されるように動作を変更することも禁止される。

 この法案は、違反者に対してかなり重い民事罰および刑事罰を科すことも現実的な方策として視野に収めている。

 米国では、インターネットサービスプロバイダ(ISP)は一般に、第三者のオンラインコンテンツの内容に関しては一切責任がない。これは「通信品位法」の下でISPに対して保証されている免責特権である。ISPは価値中立的なサービスを提供するものとされている。

 他国のネットユーザーの自由を保証するというのは立派な目標ではある。その自由を実現するには、インターネット規制国に対する政治的圧力も含めてさまざまな方法がある。

 米国企業は、他国に対しては、その国の法律の範囲内でユーザーにオンラインサービスを提供している。彼らが他国でビジネスを展開し、サービスを提供していることは、その国で何らかの制約が加えられていることを考えると、完璧とはいかないまでも前進と考えるべきだ。

 しかし、そうした他国でのビジネスによって処罰される可能性があるとなると、科される罪の重さによっては、米国企業が他国で提供しているサービスから撤退する可能性もある。そうなると、その国のネット市民たちはさらにネット上での自由を奪われることになるだろう。

 米国企業が法的に罰せられる可能性があるからといって、インターネット規制国が自国の制約的な政策を変更すると考えるのは果たして現実的だろうか。こうした制約はその国が国家レベルで行っていることであって、米国企業に指示されたりコントロールされたりしているわけではない。

 H.R. 4780の掲げる目標は確かに崇高ではあるが、グローバルなネット上での自由を達成するには、もっと良い方法があるのではないだろうか。

著者紹介
Eric J. Sinrod
Duane Morris法律事務所サンフランシスコ支所のパートナーを務める弁護士。ITおよび知的財産に関する案件を専門とする。毎週コラムも発行している。購読希望の方は、「Subscribe」という件名でejsinrod@duanemorris.comまでメールを送信していただきたい。なお、この記事の内容は必ずしもSinrodの所属する法律事務所およびその所属弁護士の意見を反映するものではない。

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