史上最年少で上場したアドウェイズ社長の行動力:前編 - (page 2)

構成:西田隆一(編集部)2006年07月13日 13時00分

岡村:僕が20歳ぐらいのとき、大阪でフィルターを売っていた頃なんですけど、ちょうどサイバーエージェントが上場したんです。僕はもともと会社をつくるのは30歳とか40歳にならないとできないと思っていたんですが、サイバーエージェントの藤田晋社長が当時26歳だったので、26歳で会社をつくるだけじゃなくて上場までさせているのをテレビで見て、「これはなんだ、若くてもできるじゃないか」と思ったんです。

 もともと、会社を作るとしたらマイクロソフトやソニーよりも大きい会社を作りたいと思っていたんです。なので、そこら辺にあるような商売をやっていたら多分できないと思ったので、何か新しい分野じゃないかとダメなんじゃないかと思っていたら、その当時インターネットビジネスが急激に成長すると言われていたんです。インターネットと若い社長という2つが重なって、じゃあこれはもう自分で起業しようと思いました。

 とは言っても、インターネットもわからないですし、営業はやったことがありますけど、それ以外は全く知らなかったので、1回勉強してから独立しようと思いました。

 とりあえず、サイバーエージェントはインターネットをやっているし、社長も若いので、ここから学ぶものはすごく多いのではないかと思って、サイバーエージェントに入社して5年ぐらい修行してから自分で会社を立ち上げるというプランを立てたんです。でも、結局、サイバーエージェントには入れなかったという……。

小池:採用試験を受けには行ったんですか。

岡村:受けには行きました。当時、サイバーエージェントはネットで求人をしていたので、最初はそこに申し込んで断られたんです。僕は中卒でインターネットのことも知らないわけですし、最初は必ず断ってくると思っていました。だから2通目も用意していて、その2通目には「俺は中卒でインターネットも知らないけれど、やる気だけは負けない」という熱いメッセージを書いて、これを読んだら多分1回ぐらい会ってやろうという話になると思ったんです。で、会ったら机にしがみついて入社するまで帰らないと言い張ろうと思っていたのですが、結局、その2通目も断られたんです。それはちょっと予想外でした。

 でも、よくよく考えてみて「一職員にこの熱い気持ちはわからないんじゃないか? これはもう社長に直談判だ!」と思って、当時大阪にいたんですが、渋谷まで行って、マークシティの前で張り込んだんです。

 2000年の6月ぐらいの話なんですが、履歴書片手に張り込んでいました。2日間張り込みましたが、入り口が3つあって、どこから入ってくるかわからなかったんです。それで結局会えなくて、3日目は土曜日だったんですが会社の中に勝手に入って、とりあえず履歴書だけ目立つところに置いて、それで逃げてきたんです(笑)。

岡村陽久氏

 その履歴書には「僕を雇う4つの条件」みたいな感じで、給料は要らなくて、経費も全部自分で払って、必ずセールスでトップを取って、いつでもクビにしていいと書きました。なので、リスクが全然ありませんよね。だから、これだったら1回ぐらい会ってやろうと思ってくれるんじゃないかと思ったんですが、結局、それもダメだという手紙が来たんです。

小池:一応、律儀に返事はくれるんだ。

岡村:返事はちゃんとくれるんですよ。もともと僕も営業をやっていたんで、諦めずに行くのも大事だとわかっていたんですが、引くのも大事だと思っていたので、ここはちょうど引き時だなと思ってサイバーエージェントへの就職活動をやめました。

 それで、じゃあこれはもう自分でやるしかないんじゃないかということで。

小池:ほかの会社で修行ということは考えなかったんですか。

岡村:当時はサイバーエージェントしか知らなかったんですよ。「インターネット=サイバーエージェント」だと思っていたんです。

小池:たとえば、楽天には行かなかったの?

岡村:全然知らなかったんですよ。アドウェイズを立ち上げたときにいろいろ調べますよね。そのときにいろいろな会社があるとわかって、「あっ!」と思ったんですが。

小池:なるほどね。でも、それがラッキーだったかもしれないですね。ほかにどこか知っていて、そこに行っちゃったら足止めをくっていたかもしれないですものね。

 とにかくインターネットでソニーを超える会社を、藤田さんより若くIPOさせようという思いでいらした。20歳のときですか。

岡村:そうです。ちょうどそのとき20歳ぐらいでした。

小池:それで、最初は大阪で会社を作ったのですね。

岡村:最初は大阪です。とりあえずそこを事務所にして、アドウェイズエージェンシーという名前で、個人事業みたいなかたちで2000年8月に立ち上げました。最初はメール媒体をネットワークして、そこにクリック保証型の広告を提供していくところから始めています。

小池:今までインターネットの「イ」の字も知らなかったのに、どこからそういうアイデアが出てきたんですか。

岡村:当時、サイバーエージェントが複数のウェブサイトを束ねてネットワーク化して配信する「サイバークリック」というのをやっているのを見ていて……。

小池:サイバーエージェントがやっていることはいろいろ調べていたんですね。

岡村:そうなんですよ。サイバーエージェントがウェブサイトだったので、うちはメールだと思って、メール媒体をネットワーク化するという事業を2000年8月から始めました。それを2001年の2月か3月ぐらいまでやっていたんですが、クリック保証型広告がだんだん売れなくなってきたんです。なので、じゃあ次の商品は成果報酬だと思って、成果報酬型広告に切り替えました。それが2001年4月ぐらいです。

小池聡氏

小池:それはほとんど1人でやっていたんですか。

岡村:僕とあともう1人、当時フィルターの会社で一緒だった人とやっていました。彼がうちに住んでいたので、「俺は会社を立ち上げるからおまえも一緒にやるぞ」と誘って、一緒に立ち上げたという感じです。

小池:「アドウェイズ」という社名どういうところから付けたんですか。

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