監査人が見たライブドア事件の舞台裏:前編 - (page 2)

構成:西田隆一(編集部)
写真:梅野隆児(ルーピクスデザイン)
2006年06月12日 08時00分

小池:それまではライブドアの監査責任者には久野さんのほかにもう1人いたわけですよね。田中さんに代わったのは何か理由があったんですか。

田中:私が代わった理由は2つありました。1つは、(以前の神奈川監査法人代表社員の)小林さん※3は2003年12月に辞めているのですでにいなかったのですが、負の遺産のようなものが残っていたんです。それは何かというと、彼はオン・ザ・エッヂの頃からライブドアの経営陣を甘やかしていたんです。彼らはその甘えに乗っていたところがありました。宮内さんとか中村さん※4はその甘えに乗って、監査対応という意味では不誠実な面があったんです。結果的には小林さんと久野が言いなりになっていたといえるかもしれません。宮内さんも中村さんも彼らだったらどんなことでも言いくるめられるだろうという態度がありありだったんです。

※3 元港陽監査法人代表社員、ゼネラル・コンサルティング・ファーム代表取締役の小林元氏。2003年9月期までライブドアの監査を担当。証券取引法違反で在宅起訴。

※4 ライブドアファイナンス前代表取締役社長の中村長也氏。

小池:どうして神奈川監査法人がオン・ザ・エッヂと付き合うようになったんですか?

田中:宮内さんはもともと税理士ですよね。小林さんも会計士ですが、税理士登録もしているんです。彼らは横浜市の地区ごとにある税理士会で一緒だったので、もともと顔見知りなんですよね。それで一緒に会計事務所をやっていたりしたのかもしれませんね。よくはわからないのですが。

小池:宮内さんは、もともとオン・ザ・エッヂの税理士だったんだよね。それで、自分がオン・ザ・エッヂに入って公開させるので、外部の税理士として頼んだのが小林さんだったと。

田中:もともと堀江さんがオン・ザ・エッヂをやっていたときに、そろそろ会社を大きくしていかなければいけないから財務経理面を見られる人が必要だよね、ということで、堀江さんがインターネットを検索してたらまたま引っ掛かったのが宮内さんだったようです。で、宮内さんに「うちの税務とか決算を見てよ」と言って、宮内さんが足しげく横浜から通うようになったんですよね。

小池:なんで横浜の税理士が引っ掛かったんですか。

田中:当時は、まだ会計士・税理士といったいわゆる士業の人たちでインターネットをやっていたりホームページを持っていること自体、ものすごく珍しかったんです。宮内さんはパソ通に明るくて、早くからけっこうやっていたみたいですよ。

 それでたまたま引っ掛かったのが宮内さんと聞いています。宮内さんが毎月通ってやっていたんでしょうね。そこで堀江さんと宮内さんが意気投合して、本格的にIPOを目指しましょうといったときに、宮内さんに「じゃあCFOでうちへ入ってよ」ということで入ったみたいです。

小池:なるほど。

田中:それでいよいよ本格的にIPOを目指して監査法人を入れなければいけませんよねとなったときに、宮内さんが旧知の仲であった小林さんに「神奈川監査法人でやってください、お願いしますよ」ということで声を掛けて入っていきました、ということのようです。

小池:その当時、神奈川監査法人は小林さんと久野さんがやっていたの?

田中:オン・ザ・エッヂの頃は久野はまだ入っていませんでした。だから、もともとの神奈川監査法人の創業メンバーでやっていたんですよ。

小池:創業メンバーの1人が小林さんだった?

田中:そうですね。基本的に全部人的なつながりですよね。

小池:それで、小林さんが監査をやっていて、その次に久野さんが入ってきて2人で担当するみたいな感じになったのですか。

田中:途中からそうですね。2人でやっていますね。

小池:それで創業メンバーの1人である小林さんが辞めたのには、何か理由があったのですか。

田中:ゼネラル・コンサルティング・ファームを宮内さんと一緒に立ち上げていたんですよね。

小池:ゼネラル・コンサルティング・ファームは宮内さんと小林さんが作った会社なんだ?

田中:そうです。あとは弁護士の先生も入っていたと思いますが、もともとはペーパーカンパニーを買ってきて、ゼネラル・コンサルティング・ファームに名前を変えて、小林さんとか宮内さんが役員になって実質的に立ち上げたんです。

小池:それに自分の会社のグループなどの会計をやらせていたんですか?

田中:そうです。メインはライブドアグループですよね。

小池:それは個人でやっていたわけだよね。宮内さんがオン・ザ・エッヂの取締役というポジションでありながら、個人会社を作ってそこに仕事を流していた?

田中:そうなりますね。ゼネラル・コンサルティング・ファームの代表取締役は宮内さんでしたからね。

小池:そういうのは上場後も続けていたんですか。

田中:それは上場後に始まりましたからね。

小池:そういうのってありなの?

田中:これは本末転倒なんです。上場審査の時にそういうのがあったら絶対にダメなのですが、上場後はおとがめがないんですよね。これはコーポレートガバナンスの観点からするとすごくおかしいと思いますが、気づいた人が何も言わなければ放置されてしまうんです。

小池:誰も気づいていなかったの?

田中:私にはわかりません。

小池:でも、登記上は宮内さんが代表取締役になっていたんでしょう?

田中:そうです。でも、誰かが詮索しないとわからないですよね。

 2003年12月に宮内さんが代表取締役を辞めたので、小林さんが代表取締役になったんです。小林さんとしてはゼネラル・コンサルティング・ファームでやることが念頭にあったので、港陽監査法人は脱退しますということだったのではないでしょうか。

小池:なるほどね。それで、ゼネラル・コンサルティング・ファームのほうにシフトしていったと。そこが空いたので、その穴埋めで田中さんが入ってきたということですね。

田中:これは捜査当局から聞いた話なのですが、彼らはそういう意図があったみたいですね。私はそういう意図はありませんでしたけど。久野と小林さんはいま立件されているような真実をある程度知っていたようですけど、私は当然何も知らされていないわけですよ。だから(2004年9月期の監査報告書に)うっかりサインしたら私も起訴されていたかもしれないですよ。私は「こんなの(2004年9月期の監査報告書にサインすること)、できるわけがないでしょう」ということで拒否しましたけど。

小池:でもね、久野さんも小林さんも、田中さんの性格は知っているわけでしょう。曲がったことは嫌いで正義感があるし、アドバイスをもらっても「そんなのにサインをするのはやめちゃえ」と言うような人なわけです。その田中さんを監査人として入れようというのは、やっぱり何らかの後ろめたさがあって、このままじゃ誰も止めてくれないなというのがあったんじゃないの?

小池聡氏

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