エンターテインメント--地下の仕掛け人たち

文:John Borland(News.com)
翻訳校正:坂和敏(編集部)
2006年01月05日 09時00分

草の根の「トレンドセッター」

 10月のとある日曜の晩、テキサス州オースチン郊外の射撃練習場に続く砂利道を、ほろよい機嫌の映画ファンたちが、蛇行しながら進んでいく・・・。

 射撃練習場の駐車場は、映画「ドミノ」の試写会から流れてきた人々の車でほぼ埋め尽くされていた。試写会場には脚本家も姿を見せた。映画会社はHarry Knowlesの強い勧めに従って、来場者に飲み物をふるまい、試写を観た後は射撃遊びに興じることができるよう取りはからった。Harry Knowlesはうわさ話、レビュー、業界ゴシップなどを満載し、「おたく」から業界人まで、幅広い層の支持を集めている人気サイト「Ain't It Cool News」の運営者だ。

 異例の試写会だった。しかし、映画会社には責任訴訟専門の弁護士を雇ってでも、Knowlesの気に入る試写会を開催する必要があった。米国の好みを決定しているのは、事実上、彼のような人物だからだ。

 「映画会社の弁護士はカンカンだったろうね」と赤毛のKnowlesはいう。33歳にして、すでに伝説となっているKnowlesは、試写会の後、この映画を「最高にヤバイ1本」と評したレビュー記事をサイトに載せた。「Ain't It Cool News」はKnowlesが10年前に立ち上げたサイトだ。「でも最後には彼らもくつろいで、自分たちの映画を楽しんでいたよ。この業界では、めったにないことだ」

 ハリウッドの映画関係者の目には、Knowlesのやり方は型破りなものに映るかもしれない。しかし、Knowlesが属している反体制的なコミュニティでは、この方法は完璧に的を射ている。増加の一途をたどっている論説系のブログや熱狂的なファンのコミュニティでは、ほぼ一晩でヒット作が--少なくとも漠然とした「熱気」が生まれるからだ。

 ウェブそのものと同じように、こうした草の根の意見が持つ影響力も幾何級数的に拡大し、映画や音楽、テレビ番組のヒットが生まれる仕組みを変えつつある。その重要性はエンターテインメントの領域をはるかに越え、何十年間もマスメディアが支配してきた世論形成のプロセスをも、根底からくつがえそうとしている。

 こうした自然発生的な「流行の仕掛け人」たちが否定しがたい影響力を持つようになったのは、ブログ、タグ、共有ブックマークといった「ソーシャルテクノロジー」の台頭によるところが大きい。これらの技術は、インターネットの黎明期に支持されたユートピア的な目標を実現している。インターネットの初期には、ウェブは個人に力を与え、国境を越えたコミュニケーションを可能にするものだと考えられていた。こうした利他的な目標の多くは、大衆的な商業主義の台頭によってすっかり影をひそめてしまったが、ドットコムバブルの崩壊から数年が過ぎたいま、ウェブの社会的な側面を発展させ、それを活用しようとする新世代のデジタルエリートが登場したことにより、これらの目標も復活を果たした。

 「従来のメディアは企業を発信源とする押し付け型だった。しかし、21世紀にはオンラインコミュニティを発信源とするプッシュアップ型が増えている」と、Big ChampagneのCEO(最高経営責任者)Eric Garlandはいう。Big Champagne はP2Pネットワークを分析し、ダウンロードされたファイルのランキングを調べている企業だ。「ファイル共有コミュニティにはプッシュメカニズムが存在しない。だからこそ、市場の動きを正確に把握することができる」(Garland)

 新たなファンの獲得に奔走しているメディア企業やエンターテインメント企業にとって、これは未曾有の未開拓市場となるかもしれない。米国映画協会によれば、この10年間でハリウッド映画の平均的なマーケティング費用は2倍以上に増え、約3500万ドルとなっているが、いっぽうで観客数は減り続けている。

 「Rolling Stone」誌や大手ラジオ局、プロの映画評論家たちがチケットやCDの売上に貢献しなくなったわけではない。しかし、これらのメディアが持っていた影響力の一部は、MP3ブログやMySpaceの友だちリストといった、より大衆的な場へと移りつつある。これらの新しいメディアで提供されているレイブのレビューや無料のダウンロードには、数万人、ときには数十万人ものユーザーがアクセスしている。

 「まだ手探りの状態だが、効果は出ていると思う」と、「Sup Pop Records」のAndrew Sullivanはいう。著名なインディーズレーベルであるSup Pop Recordsはこの1年間、さまざまなブログやソーシャルネットワークと緊密に連携してきた。「レコードの売り上げは上々だ」(Sullivan)

 大企業も生き残りをかけて、この領域に食指を伸ばしている。「この空間に注目し、何らかの手を打たなければ、14-25歳世代の相当部分を取りこぼすことになる」とEMI Musicの戦略担当バイスプレジデントAdam Kleinはいう。「大量の情報が存在するのも、情報交換が行われているのもここだからだ」(Klein)

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