最近、マスメディアの広告効果に疑問を呈する記事などを目にする機会が多い。また、携帯電話やインターネットなどのパーソナル/バーチャルメディアの有効性を称える内容の発言も多いようだ。だが、一方でデジタル地上放送が開始されて1年が経過し、その普及も順調に進んでいるという報道もなされている。ちょっと矛盾しているようには聞こえまいか。
高品質対応という過剰
テレビの地上波デジタル放送が開始されてちょうど1年が経った。東京や名古屋、大阪などでスタートした同サービスだが、来年の今頃までには全都道府県ですべての放送局が開始することになっている。現行のアナログ放送は2011年には終了し、それ以降すべてのテレビ放送はデジタル放送に移行することになる。
デジタル放送の売りは、デジタルハイビジョンと呼ばれる高品位放送が可能で、アナログ放送と見比べると誰もが一目瞭然で美しさを実感できることだろう。また、文字情報番組などデータ放送の受信や、インターネットなどを介したインタラクティブ性など、現状のアナログ放送と比較して、多様なサービスの利用が標準で可能になってくる。
すでに、デジタルBS放送などでデジタルハイビジョンは放映されており、見たことのある人であれば、誰にとっても印象的な画像品質ではあることは間違いない。地上波においても、画質の向上という点でデジタル放送が優位にあることは知られていた。が、それがどの程度の訴求効果を持つかは、多くの人たちにとって疑問だったのも事実だ。というのも、そもそもアナログ放送向けのテレビ受像機ではデジタル放送は楽しむことができないため受像機の買い替えが必須で、それもお手軽な480I/P対応ではなくハイビジョン対応の機器が必須となってくるためだ。
強制普及は本心からのものではない
それでも普及が進むデジタル放送の現状に胸をなでおろす関係者は多いと聞く。というのも、予定より早く3大都市圏での放送開始から3年となる2006年末で全世帯の約8割をカバーすることになったからだ(総務省が発表した「地上デジタルテレビジョン放送開局ロードマップ」)。とはいえ、これはデジタル放送がカバーする地域の拡大であって、直ちに全世帯がデジタル放送を受信可能なテレビ受像機へと変更したことにはならないからだ。
今後、アナログ放送の終了する2011年までにゆっくりと買い替えが進めばよいとするのだろう。が、果たしてこれは望ましい展開なのかどうかは依然として疑問が残る。制度的な変更に伴ってインフラの仕様が変更され、結果として利用者が本人の意思に関わらず変更に対する出費を余儀なくされる、という点は釈然としない。これについては、行政的な手続き、あるいは政治的な了解が取れていれば問題ではないという意見もあるだろうが、事実上政府が強制的に普及を強いることについて、十分な説明があるべきではないかとも思う。
あたらしモノ好きは多いが
とはいえ、僕を含めあたらしモノ好きは多い(我が家では、今年に入って早々にデジタル放送の受信を可能にしたし、結局、前回のコラムで言及していたPSPを予約してしまった。ただ、持ち歩いているPCを800グラム強の最軽量モデルに買い換えたため、PSPとPCを両方持っても1kg強に収まる)。店頭でも、少し値が張るものの、画面の美しさや豊富な機能、そして何よりも2011年以降も継続的に利用できる利点を前面に出して、積極的な販売が行われている。ケーブル局の営業チラシが幾度もポストに投げ込まれ、当事者であるテレビ局各社が流すプロモーションCMやPRも「時代はデジタル放送」と叫び、情報誌などではデジタル放送の利点を美点として積極的に取り上げている。一種、無意識的な強制普及の自主的取り込みとも言える現象が発生しているのだ。
すると、一般的には「じゃあ、こちらを」とデジタルテレビを指さし、購入することが賢い選択と映るようになってくる(実際には、一般的なテレビの平均買い替え周期は7年ほどだから、今アナログテレビを買ってもそれほど問題はないのだが)。
だが、これは依然として豊かな日本でのみ、そして普及の前半期だからこそ成立している現象だろう。
例えば所得格差や地域格差の激しい米国では、日本や先進各国に先駆けて1998年にデジタル地上波放送が開始されたものの、その普及は芳しくない。アナログ波停止期限が近づいてきているにもかかわらず、現時点の普及率は50%に達していないと聞く。ゆえに、今後日本でも所得的階層区分の裾野へと普及対象が向かうにつれて、デジタルテレビの強制普及の弊害が現れてくるのではないか。
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