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トラックバックで振り返る3カ月(第1回)

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 Blogからコラムに引っ越して3カ月強が経過した。その間、隔週で計8回、コラムを更新してきた。Blogと異なり、読者のみなさんからの反応をコメントという直接的な手段でうかがうことはできないものの、トラックバックで受容のされ方を知ることはできる。今月はこれまでの連載を振り返りながら、トラックバックの内容に対してコメントするということにしたい。

 8回のコラムのカバー領域は通信、IT、メディアという業界領域、そして規制、戦略、買収という機能領域に及んでおり、友人の書籍編集者いわく「広すぎて単行本としては出版できない」ほどだという。たしかに、著者自らそのことは直感的に理解できる。が、内容的には基本的なフォーカスとして2つに集約されているのではないかとも思う。すなわち:

1) 既存の市場に対して、新たなテクノロジーの登場など内部的な進化から派生するダイナミクス
2) 既存の市場に対して、新たなプレイヤーの参画や規制の変更など外部的な影響から派生するダイナミクス

--の2つだ。前者には、NTTドコモの端末戦略やWinny、SEO、そしてサーバ型放送などで取り上げてきたような、業界内部やその周辺ステイクホルダー、あるいは1つの企業という「既存の構造の内部」において既存体制の慣性の大きさがコントロールできないことや、政治的なバランスの変化があまりにも大きすぎることなどについて注目している。

 一方、後者では、携帯電話の番号ポータビリティ(MNP)やサムスン、通信事業者のM&Aなどの話題がそれにあたる。業界構造を外部から規定する規制というもののあり方や日本市場自体の位置づけ、あるいは海外市場への進出など「既存の構造の外部との境界線」をまたぐ要因が既存の戦略の見直しを迫る際、市場自体のあり方や資産、スキルなどの評価がなされなければいけないことに言及している。

 もちろん、どのトピックもどちらか一方のみで語りつくされるものではない(特に、サーバ型放送などはその典型だ)が、たぶんに既存の「エンティティ(市場や企業など)」と「変化(内部派生的か、外部由来かは問わず)」の組み合わせに対する「まなざし」であることは共通しているのではないか、と後付け的ではあるものの、感じている。

 以下ではいただいたトラックバックを参考に、各回を振り返っていこう。

MNPだけでは不十分、さらに積極的な議論が必要

 コラム移行後、最初の回は「番号ポータビリティの落とし穴(4月23日)」で、総務省の研究会で審議された新しい制度に関して論じた。日本では携帯電話業界に特徴的な垂直統合モデル(端末やサービスが通信事業者、あるいはそのブランド単位でパッケージ化されていること)の存在により、端末の交換などをしない限り通信事業者間の移動はできないという問題が依然として残る。

 それにも増して、メールアドレスや最近導入が始まった電子マネーなどの高度サービスについては、MNPの対象としての議論がなされていない。そのためIGALOGさんでは:

電話番号が変わるのは屁でもないが、メールが変わるのは非常に面倒。メールアドレスが変わらずにそのまま使えるのであれば、メッチャ便利です。私と同意見の人種は決して少数ではないと思っているのだけど・・・。
MNPはMNPだが、Mobile Name Portabilityだな。

骨抜きになるという意見に賛成。むしろMobile Name Portabilityを実現する方が意味があると思われ。

として、せめてメールアドレスに関しても議論を、という意見をされている。その通り。番号が変わるのも不便だが、それ以外のものがポータブルに変更されなければ、「帯に短し、たすきに長し」ということになりかねない。もう少し、業界のあり方そのものに対しても今後積極的に議論として取り上げていただけることを期待したい。

商品戦略を現実化できない組織の慣性

 「NTTドコモの506iが示すFOMA戦略の迷走(5月7日)」は、第1回に引き続き、携帯電話についての議論だ。業界リーダーであるドコモの戦略の混乱を取り上げたが、携帯電話端末に関しては複数の専門誌が出ているほどで、一言おありの方も多いようだ。「なんともいえないが・・・」としてトラックバックしていただいた方もいる一方、「そんな理由ではないだろう」というご指摘もいただいた。

 いずれにしても外野からの推測でしかないし、また日本人はこういった当事者からしてみると「余計なお世話」的な話をするのが好きだったりするわけだが、それはそれで楽しいトピックでもある。

 ちなみにこの回には後日談がある。掲載の直後に初めてお会いしたドコモの方からお話を聞くと、まんざら僕の指摘は間違っておらず、むしろ問題なのはそれらの課題を十分に議論し統合できないことで、これが迷走の原因となっているという。戦略そのもの、あるいはその実施手段が「決められない」という、日本の組織特有の優柔不断さがにじみ出ている。そして、ここからわかるのは、垂直統合モデル自体が事業者にとって意図的な選択、あるいは計算ずくの強みの確立の結果ではなかったのだろうということだ。

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