第21回 株価をめぐる投資家と起業家の駆け引き

増資時の株価はどう決めるか?

 前回、起業家にとっての第2の試練としての増資活動の意味合いをのべましたが、今回はさらにつっこんだ実務的な話をしましょう。

 増資する場合は、まずは必要な資金を算出し、その資金を得るために発行する新株の株数 x 株価を決めます。つまり、増資の目論見書は、増資の金額、その資金使途、株数、株価が骨格となります。それをもって、VCをはじめとする多くの投資家候補者に出資のお願いに回るのです。

 その際、焦点となるのが、増資時の株価です。投資家、とくにVCは職業柄、増資の際の株価の値踏みを何度も経験していますが、起業家にとってははじめての経験です。ベテランVCにとって、ナイーブな起業家はいわば赤子の手をひねるようなものです。したがって起業家もこの辺を最低限勉強して理論武装する必要があります。理論武装の骨格となる概念が、会社の企業価値です。企業価値は、別名時価総額ともいいます。発行した会社の株式数 x 株価であらわされる金額です。つまり株価は、時価総額から逆算されてでてくるものです。つまり、少しでも高い企業価値を投資家に認めさせる根拠や理屈が必要なのです。

 たとえば「今回の増資では、1億円を調達したい。そのときの新株主のシェアは20%以内にとどめたい」と目論見みますと、1億円で20%ですから、会社の企業価値は逆算して5億円を投資家に正当化する必要があります。ですからあくまで大事なのは企業価値です。投資家としては、できるだけ少ない金額で多いシェアがほしい。起業家はその逆です。したがって必然的に、この辺は起業家と投資家の虚虚実実の駆け引きの要素をはらみます。

企業価値をどう決めるか?

 では企業価値はどうやって算出するのでしょう。企業とは煎じ詰めていえば、「キャッシュを生み出す金儲けマシン」です。今後どのくらいキャッシュを生み出せるかで、価値が決まります。もし、ある企業がいまから10年間存続し、毎年1億円の最終利益を出すことが確定していれば、合計10億円です。これを現在価値に割りびいた金額が企業価値です。しかし、遠い将来のことは誰にも不確実です。

 そこで、すでに利益がでている会社であればPERという考え方でおおよその企業価値を値踏みしています。PERはPrice Earning Ratioの略で、株価を一株あたり利益で割った数字です。一株あたり10円の利益をみこむ会社の株価が100円なら、PERは10倍となります(利益とは当期の税引き後の最終利益です)。PERの平均値はそのときの株式相場の平均相場というものがあります。また、業種の平均PERというのも指標になります。バブリーな時期ですと、PERは100倍以上まではねあがり、落ち着きますと、10〜20倍程度になります。ただ、未公開企業の場合、公開企業の相場の半分くらいにディスカウントされるようです。あなたの企業の職種と似通った現在の上場新興企業のPERが50倍くらいだとすると、その半分の25倍くらいはみていいでしょう。ということは、今期2000万円の利益を出せる見込みがあれば、5億円という企業価値が正当化しうるといえます。

 株式相場が加熱しているときは、未公開企業もそれにひっぱられ、企業価値が高くなりがち、その逆も真なり、です。調達金額の多寡や、増資のしやすさしにくさは、株式市場の相場以外にも、公開ブームの度合い、未公開企業投資連中のコミュニティの空気におおきく影響されます。したがって、起業家は、株式相場に敏感になる必要があるのです。

まだ赤字の場合は?

 しかし多くのスタートしたての会社は最初から黒字ということは例外です。では赤字会社はどうするのでしょう?投資家は、特にVC側は、投資しなければ商売にならないという宿命がありますので、赤字だからといって、門前払いしているわけではありません。最近は単にお金をはって、公開を待つという受身のVCではなく、真の起業支援的なVCも増えてきています。ともにリスクをとろう、という運命共同的なVCであれば、創業時投資をおこないます。つまり赤字会社への投資です。

 赤字の場合は、まさに絵に描いた餅ではあれど、5年程度の売上および利益の予測をふくむ詳細なビジネスプランをつくり、急速な売り上げの成長と数年後の莫大な黒字、および上場時のキャピタルゲインのめどを提示して、投資家を説得するのみです。プランどおりいけば素晴らしい投資となりますが、投資家はそのとおりいく確率をディスカウントして企業価値を決めます。

 以下、非常にラフにスケッチしてみましょう。「いまは赤字だが、5年後売り上げ50億、利益5億を達成し、PER20倍の時価総額100億でIPOするぞ」、というプランをつくります。「そういう可能性のある会社の10%分の株を今、1億円で買いませんか。5年後にIPOすれば、100億の10%、つまり10億円の価値になりますよ」とお誘いするわけです。確かに5年で10倍になれば、投資としては大成功ですが、今1億円だして、10%をとるということは、現在の企業価値が10億円ということになります。まだ黒字にもなっていないのに、それはいくらなんでも高すぎる、と、投資家側は半値八掛けします。そのとおり実現する期待値が40%だと考え、「4000万なら応じるよ」、あるいは「20%分なら1億だしてもいいよ」と応じるわけです。こうして、駆け引きが進みます。

株価何倍は無意味

 よく日本における未公開企業への投資判断で、株価が原株の何倍だから割高・割安という表現がありますが、あれは本質的にはナンセンスなのです。たとえば、「原株5万円の2倍、つまり一株10万円だから妥当な線だろう」といった表現です(以前は創業時の株価は5万円と商法で決まっていましたが、商法改正で今は自由な価格設定が可能です)。実は同じ株価、株数でも、投資家にとっては、いままでの発行済み株数によって意味合いはまったくことなります。なぜなら、同じ予算で取得できる株式シェアがまるで違うからです。例えば5000万円の予算で、一株10万円で500株買う、といいましても、すでに5000株を発行している会社の場合シェアは5500分の500で、9%にしかなりません。一方、まだ500株しか発行していない会社ですと、1000分の500で50%になり、いきなり支配権を握るシェアとなります。

 このように、増資が終わるまでは、お互いに腹の探り合いをする駆け引きの相手になります。しかし晴れて増資が実行されれば、起業家と投資家は、新事業の成功を夢見る同志になるというわけです。

(以下つづく)

「起業家というキャリア」は毎週木曜日の更新予定です。


筆者プロフィール
西川 潔
ネットエイジ 代表取締役社長
KDD、米国コンサルティング会社、AOLジャパン などを経て、98年2月、ネットエイジを草の根的に創業。 インターネットビジネスの企画・開発・運用を通じ、ビジネス インキュベーションおよび、投資業務を手がける。現在までに12のビジネスをおこし、M&Aで4社を売却。また、99年に 日本中を席巻したビットバレー構想の発案者でもあり、常に起業家主導経済の重要性を説く。東京大学教養学部卒

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