昨年の会期前に、Macworldを主催するIDG World Expoが、2004年以降のマサチューセッツ州ボストンへの同イベントの移転を発表した際、今年はApple Computer自身の出展さえも危ういのではないかという噂が飛び交っていた。
幸いな事に、6月には新製品のG5の発表もあり、AppleがいないMacworldという事態にはならずに済んだ。
しかしながら会場はお寒いばかりだ。会場となったJavits Centerには屋外の垂れ幕や看板などは一切見られず、当然出展企業は減るばかり。ピーク時の半分以下のスペースしか取られておらず、しかも空きブースも目立っている。
既にAdobe Systemsは数年前から出展を取りやめ、Mac OS X対応を謳ったOffice:macを売りにしてきたMicrosoft、Macromedia、そしてQuarkやFilemakerと言った、Mac界での重鎮達はこぞって出展を控えている。
しかもとうとうSteve Jobsのスピーチはなく、カンファレンスも盛り上がりに欠けている。クリエイティブ分野に的を絞ったためという、IDG World Expoの言い訳はやや苦しく、やはりIT不況のみならず、米国経済の停滞やAppleの業績低迷などから、今後のMacworldのあり方に苦慮している様子が伺える。
個人向けの躍進が困難だと判断したのか、Appleはここ数年、業務用機器としての充実に注力してきた。
今回並べられた多くの製品群も、MacそのものやOS XなどへのアプローチにはiMacを並べ、アプリケーションソフトウェアや周辺機器との連携などにはPowerBook G4やG5を並べるという、明確なルールを敷いていた。
そもそもAppleの初期の躍進を支えたのは、多くの熱狂的なユーザーの宗教的なほどの忠誠心である。友人に相談されれば当然のごとくMacを勧め、無償で各種のサポートを行い、エバンジェリストと言われるAppleのスタッフが神のごとく崇められてきた。
しかしながらiMacやPowerBookなどの人気商品を発表してきたにもかかわらず、熱狂的に支持されたかつてのAppleの神通力は明らかに薄れてきている。
会期直前には地元ニューヨークのユーザーグループであるNYMUGのドメインが、ネットオークションに出品されるなど、ユーザーの活動も萎みがちであり、以前の熱狂的な雰囲気は見られない。このような状況で業務用としての方針を押し進めるのは、本当に正解なのかどうか疑問の残るところだ。
同様に周囲の各企業も対応に苦慮している。今年はクリエイティブ分野に特化したということではあるが、その分野のリーダーであるソニーは、会場の片隅での指紋認識端末の展示に留まり、その他はニコンとキヤノンがカメラを中心に出展したのみ。他にはセイコーエプソンとHewlett-Packardがプリンターのデモンストレーションに努めていた以外は、その多くが出展を見合わせている。それでもMicrosoftは会場外でPRを行っていたが、Adobeに至っては昨年まではあった広報用の小さなブースさえも撤去してしまった。
加えて、例えば音楽分野では有力なサードパーティーであったはずのDigital PerformerやCubaseと言った製品が、Appleのブース内でのデモンストレーションに甘んじているのは、いかにもAppleの軍門に下ったかのようである。完全に縁を切るか、もしくは傘下に入るかしか選択肢がないのであれば、ベンダー側の意欲が薄れるのも当然だ。
サードパーティーや各種ベンダーとの連携は今まさに岐路に来ており、今後自社内に取り込むだけではなく、魅力ある提携を数多く実現できなければ、DTP分野同様、他の分野でも優位性を失っていくことだろう。
一方この状況をチャンスと見ているところも多い。かつてMacのクローン機はApple自身のブランド力に負ける形で消え去ったが、サンフランシスコのGrande Vitesse Systemsが販売するGVS9000という製品は、1Uのラック内に収まるPowerPC G4マシンで、OS 9やOS Xが稼働するという。半ば手作りのこの製品は多くのバリエーションを武器に、サーバ用途としてニッチな市場を狙っている。
またNapster無きあとMac用PtoPサービスの主流となったLime Wireは、ブース内に法的制限の注意書きを掲げながらも、ファイル交換システムの潜在的需要の高さと、WinMXが主流の現状を明確なチャンスと見ている。AppleのChief Technology OfficerであるGreg Bildson氏は「中小企業やフリーランスのように社内ネットを組むのが困難な環境下や、Wi-Fiの普及などにより増えてきた外出先での作業など、PtoPシステムには将来がある。Mac OS上での当社の優位は動かないし、それは近い将来Windows分野においても実現されるだろう」と述べた。
来年、このMacworldが本当にニューヨークを去るのかも気になるが、それよりもAppleのこの先の方向性が最も懸念される。
Adobeとの不仲、DTP分野での劣勢、製品のラインナップの偏りと、低迷する市場でのシェア等々。問題は山積みであり、またそのどれもが一気に解決とは行きそうにない。
そんな今回のMacworldで唯一の清涼剤は、サンフランシスコの新進企業、Rain Design社が送り出す、iGoである。シンガポール系のアメリカ人がデザインするiGoは、なかなか素敵なデザインのiMac専用スタンドだ。機能的であるばかりか何よりも一目で欲しくなるそのデザインは、マック本来のコンセプトに近い。かつてマックのイベントにはこういう商品が溢れていた筈だ。一日会場を回っても飽きることなく、魅力的な商品に溢れる各ブースは活気に溢れ、常に新鮮な発見があった。いつかまたあのようなMacworldがやってくるのだろうか。
田中秀憲 フリーランス・マーケッター/リサーチャー/ライター
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス