5年ほど前からベトナムで増えはじめた、IT分野でのオフショア開発案件。
日本で受注した案件を、ブリッジエンジニア(2カ国間の窓口となってチーム内に指示を出すエンジニア)を立てて、ベトナム現地で開発。その人件費の安さにより大幅なコスト削減を実現するという事業形態で、今やIT業界では多くが「ベトナム」と聞けば「オフショア」と連想するのではないだろうか。
ベトナムの発展とともに、平均賃金や物価を含めた開発コストが増大し、徐々にその「旨み」が減りつつあるオフショア開発だが、今でもその魅力を求めて現地へ視察にやってくる日系企業は後を絶たないという。しかし――。
「ベトナム人エンジニアの一部には、オフショアに対して疲れが見えはじめている」
そう答えてくれた人物は、日本とベトナム、ミャンマー、インドネシアの東南アジア3カ国に拠点を構える人材紹介会社G.A.コンサルタンツのベトナム代表を務める関岳彦氏。「オフショアに疲れている」とはどういうことなのか。ベトナムのIT人材の現状に迫り、今後の展開を予想する。
国策としてのIT開発人材の育成、また政治リスクの回避による中国から拠点移行の動きもあり、ベトナムにはこの4~5年で急速に世界各国、特に日本からの開発案件が集まった。それは一方で、いまだに下請けとしての「IT工場」の側面が強いことを表している。
「自分たちが見ることのない、どこかの国のどこかのサービスを次から次へと作っている。それはオフショア開発である以上、当たり前のことだが、エンジニアとしてサービスに対して欲や理想が芽生え始めているのではないか」(関氏)。
自国に貢献したいという思いもベトナム人のオフショア疲れの一因と考えられる。国民的人気を誇るサッカーの国際試合で自国が勝利すると、その夜は興奮のあまり暴走するバイクで道路が埋め尽くされるほど愛国心は非常に強い。その日は現地在住邦人もなるべくすぐに帰宅するという、まるで台風上陸前夜のような不穏な空気に包まれる。
以前、当連載で紹介した「ベトナムのタクシー配車アプリ市場に学ぶ、現地で成功するための3つの鍵」でも触れたが、国産で初となる配車アプリ「Vrada」がリリースされた際、代表のPeter Nguyen氏は「我々ベトナム人は、欲しいものは自分で生み出せる民族であると強調したい」と語っていた。
このように、IT分野に従事するベトナム人の多くが、潜在的に「いつかは自分たちのシステムを自分たちの手で」と考えているのかもしれない。これを「オフショア疲れ」と表現するとネガティブなイメージで捉えてしまうが、筆者としては、この状況は日系企業にとっても歓迎するべきことだと考えている。
以前、オフショア開発事業をしている人物から聞いた話で、「ベトナムのエンジニアの多くは、開発ができても設計や顧客の要望を汲み取ることができない」というものがあった。これはサービスが自分たちの生活と接点がないことも大きな要因ではないだろうか。また、冒頭で述べた「開発コストの増大」は国民が豊かになっていることの裏返しであり、ベトナムをIT工場ではなく魅力的な市場と見て、国内サービスの開発に着手している現地の日系企業も増えはじめている。
もちろん、目指すべき市場が同じであれば、日系ばかりでなく、欧米や中国や韓国などの企業、何よりベトナムの現地企業とのイス取りゲームになるだろう。そこでは、オフショア開発の環境づくり以上の困難が予想されるが、「エンジニアのモチベーション」と「日系企業の方向性」が一致する日は近い。
こうしたベトナム人IT人材は、何も現地で採用するばかりではない。最近では研修生制度を活かし、日本に拠点を構える企業でのベトナム人IT人材の雇用も進んでいる。今から1年半前に遡るが、ベトナム最大手のIT企業FPTソフトウェアをグループ傘下に置くFPTコーポレーションは、2014年11月のイベントで、チュオン・ザー・ビン会長が自ら「2020年に日本向けに1万人のブリッジエンジニアを育成する」と宣言した。
計画は、同社独自の教育機関「FPT大学」で半数に当たる5000人を教育、もう半数を日本へ留学させるというもの。イベントには日立グループやNTTデータなどの日系大手IT企業を招いており、意気込みの強さが窺える。
日本の企業から受注したからといって、日本の会社が(工程を問わず)開発するとは限らない。この計画が完遂された頃には、同じオフショア開発でも、ブリッジエンジニアはどちらも「ベトナム企業のベトナム人」という状況が当たり前になりそうだ。こうした動きは、「自国のシステムを自国の手で」とはまた違った「オフショア疲れ」へのアンチテーゼと呼べるのではないだろうか。
オフショア開発で常に懸念材料となるミスコミュニケーションも、ベトナム人同士では起こりづらい。両国の開発コストの差を日本人ではなくベトナム人が利用する、そのような時代の到来に向けて、我々はどう立ち回るべきなのか考えるべき時が今すでに来ているのかもしれない。
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