林智彦の電子書籍days

書籍にまつわる都市伝説の真相--委託販売、再販制度は日本だけなのか(3)

林 智彦(朝日新聞社デジタル本部)2013年03月26日 10時15分

 第1話はこちら、第2話はこちらへ。

 

(編集部注:第2話より) 日本においては、電子書籍に関しての本や論文だけでなく、広く書籍市場、出版市場について論じた文献のほとんどが、わが国の書籍市場の特殊性として「委託販売」と「再販制度」を挙げている。そして、米国など諸外国との対比で、いかに日本の書籍流通が非効率で不合理であるかを強調するのだ。

 しかし、これまで見てきたように、米国(そして英国)も、一種の委託販売制度を採用している。返本期限の長短などの違いはあるが、英米ともに返本の山に悩まされる関係者がいる。「商業主義の本ばかり売れる」「書店がどんどんつぶれている」などという悩みも、ほとんど同じである。参考書籍の中には、注文した書籍の支払いを遅らせる、日本でいう“延べ勘”や、そもそも支払いをしないで、全品を返本する書店の例などが挙げられていた。

 また「定価」についても、日本と同様に、固定価格制度を導入している国は多数あるのだ。

「在庫」「返品」がある紙書籍と、「在庫」「返品」のない電子書籍を同一視できるか?

 ここまで説明したとおり、「委託販売」と「定価」が日本の出版だけの特殊な属性である、という主張の真偽は疑わしい。それが日本の出版産業の衰退の主要因であるかどうかについては、別途検証が必要ではあるが、少なくとも、日本と同じように「委託」「再販」制度を導入している国々との慎重な比較検討が必要だろう。

 例えば日本の書籍の場合、著者への支払いは「実売印税」(売れた部数に応じて支払う)ではなく「刷り印税」(印刷した部数に応じて支払う)のことがほとんどだと思われるが、調べた限りでは、米国の場合、印税だけでなくすべての支払いが実売ベースのようだ(つまり、返本分を引く)。

 また日本の場合、販売とは別に売り上げの入金が、出版社や取次の契約条件によって異なり、数カ月から1年先になるという問題がある。これについては、米国では、ABA(全米書店協会)と出版社との数度にわたる法廷闘争で、書店の規模による取引条件の差別を禁じる判例が確立("Marchants of Culture"などによる)しており、米国の方がよりフェアであるかもしれない。

 ともあれ、「米国と日本の書籍取引が大きく異なる」という点も、より深い検討を必要とすることは間違いない。さらに、紙の書籍の産業構造が、電子書籍普及の阻害要因になっている、という主張については、両者の関係性が、一点(価格決定のあり方)を除いて筆者にはほとんど不明である。

 このことは、なぜ紙の書籍で、「委託」か「買切」か、が問題となるかということに思いを致せば、自明であろうと思われる。

資産でありながら、売れなければゴミ

 紙の本には「在庫」がある。この在庫は、書店に出して売れれば財産であるから、税制上も、基本的には資産(各種特別措置があるので実態は複雑だが)であり、税金がかかる。しかし、資産でありながら、売れなければただのゴミである。そして、いつ売れるのか、売れないのかは、誰もわからない。

 「売れるのか、売れないのか」分からないという不確実性は、どの商品にも共通する特性ではあるが、この不確実性が、書籍では非常に大きい。

 例えば、1980年代に活躍した、日本では珍しい二人組推理小説作家、岡嶋二人の例を取り上げてみてもいいだろう。同コンビは89年に解散し、1990年代の後半には、一部のマニアを除いて「知る人ぞ知る」作家になっていた。作品の多くも、絶版に近い扱いになっていた。

 ところが2005年、「この文庫がすごい!」(宝島社)が、代表作の1つ、『99%の誘拐』を取り上げたところ、ベストセラーとなり、他の書籍も再発売、流通するようになった。

『人間失格』が20万部超え

 2007年には既にパブリックドメイン入りしている太宰治の『人間失格』を、集英社が人気漫画家のカバーを付けて売りだしたところ、20万部を超えるヒットになった。

 書籍について、音楽や映画など、他の産業との比較で語る批評家が多い。これらに共通点はあるものの、違いがあることも確かである。

 その違いについて、詳しくは別の機会に取り上げたいが、書籍の在庫は「売れなければタダのゴミ」どころか、税金や倉庫代、送料、返品コストなどを考えると、「タダ」ではなく「高価なゴミ」にもなることが分かる。持っているだけでコストがかかるが、いつ黄金に化けるかもしれない。一方で輸送や管理の仕方によって汚れて価値が摩耗したりする、やっかいな資産なのだ。

 「委託か買切りか」というのは、この物理的な実体としての書籍の保管・管理・流通に関わるコスト(書店の店頭に他の本を並べていたら得られていたかもしれない収益=機会コストなども含む)を、どこが負担するか、という問題のバリエーションに過ぎない。

 ところが電子書籍には在庫がない。在庫がないということは、それに関わるコストがほとんどない、ということである。こうした違いを表にまとめてみると、以下のようになる。

紙の書籍と電子書籍の違い 紙の書籍と電子書籍の違い
※クリックすると拡大画像が見られます

 「委託」と「買切り」を分ける最大の要因である「返品」がない。「在庫・流通・返品・管理コスト」が、電子書籍ではほとんどかからない。これらのコストがなければ、その取引に関して、「委託」と「買切り」を分け、どちらが出版社にとって有利か、を論じることはできないはずである。

 ところが、この点を、うやむやにしたような議論が非常に多い。

CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画特集

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]