(以下の調査結果は28日午後10時時点のものであり、その後、変化している可能性があります)
10月25日に日本でのサービスを開始したAmazonの電子書籍サービスKindleだが、米国のAmazon.comでアカウントを作成し、米国Kindleストアを利用していた既存ユーザーから、「日本向けの価格が値上げされた」との声が上がっている。
インターネット上のまとめサイトには、日本でのKindle ストアオープンによって洋書が割高になることを示すページが作成され、IT系ニュースサイトも関連記事を掲載した。Amazon.co.jpの「クチコミ」には、「amazon.comの洋書が値上げ」というトピックが立ち上がり、28日午後10時現在、157件の投稿が表示されている。
米国Kindleストアの値付けが話題となったのは、今回が初めてではない。2011年10月24日、アップルの共同創設者の唯一の公認伝記『スティーブ・ジョブズ』が、電子本・翻訳本を含め世界同時に発売された(時差の関係で日本市場向けの紙本・電子本が先行したが)。当時、日本経済新聞は、日米英独の紙本と電子本の価格を比較し、日本語版は高い、と示唆した 。
記事では、米国Kindleストアの電子本(英語版。以下すべて英語版について)の価格を「11.99ドル」としていた。筆者は発売開始直前に、米国Kindleストアを覗いて驚いた。価格が「16.99ドル」と表示されていたからだ。
日経新聞が間違っていたのだろうか? それとも筆者が見誤ったのだろうか? 実はそうではない。米Kindleストアは「利用地設定(Country Settings)」を切り替えることができる。その設定によって、表示される価格が変わるのだ。筆者の場合、利用地設定を「米国」にしていたため、日経の記事とは違う価格が表示されていた。利用地設定を「日本」にすると、「11.99ドル」が表示され、実際その価格で購入できた。
当日筆者は米国内の別の電子書籍サイトも検索してみた。Barnes & Noble、Sony Reader Storeや発売元のSimon & Schusterでも、電子版の価格は16.99ドルだった。その後数週間で値下げされ、2012年1月初頭には、どのストアも14.99ドルで統一されていた。他方、利用地設定を「日本」にした場合の価格は、少なくとも12年1月時点までは「11.99ドル」になっていた。他方、紙の書籍(ハードカバー)は、同時点で、17.87ドル(日米Amazon)、18.42ドル(B&N)、28.00ドル(Simon & Schuster)とバラバラだった。
KindleストアのCountry Settingは実際にそこに居住しているかどうかは関係なく、任意に設定し、何度でも変更できる。筆者は適宜切り替え、価格を確認してからコンテンツを購入することにしている。ただし米国外向けの価格が、米国内向けの価格より安い、というのは、09年にKindle DXを購入して以来、Kindle2/3/4/Fire/Paperwhite/Fire HDと買い継いでいる筆者にとっても、『スティーブ・ジョブズ』が記憶する限り初めての経験だった。
そして今回の報道。ITmediaによれば、『スティーブ・ジョブズ』をログアウトした状態で米国Kindleストアで検索すると、16.99ドル、ログインしてアクセスすると、22.04ドル(同記事には利用地設定について記述がないが、おそらくは日本だろう)と表示されたという。いったい、何が起きているのだろうか?
なんらかの形でKindleストアが利用者ごとに価格の「出し分け」をしていることは間違いないとして、どのような手段でそれを実現しているか。可能性としては、以下の3つが考えられる。(1)IPアドレスによる、(2)利用者のクレジットカードの課金住所による、(3)利用者の利用地設定による。
これまでAmazonは書籍コンテンツについては、(2)のクレジットカードの課金住所による制限は実施していなかった。これは海外ユーザーの便宜を図ったというよりは、世界展開をするうえで、米国外のクレジットカードを持つ在外米国人を無視できなかったものと思われる。なお、書籍コンテンツ以外の、音楽や動画、アプリなどは、米国に課金住所のあるクレジットカードでないと購入できなかった(手元のKindle Fire HDで試したところ、現在でも同じようだ)。
つまり、主に(3)の利用地設定によるコントロールを行なってきたわけだが、日本向けストアの開業に合わせて、(1)のIPアドレスや(2)のクレジットカードの課金住所による出し分けを始めたのだろうか?
この疑問を解くため、米Amazonサイトについて、(1)と(3)の可能性を考慮したテストを行い(筆者が米国住所のクレジットカードを持ちあわせていないため、(2)についてはテストできなかった)、合わせて英国、フランスについても価格を調査してみたのが表1である。
表の見方について説明したい。英国の名門業界紙「The Bookseller」の報道によると、『スティーブ・ジョブズ』の出版権は、米国向けをCBS傘下のサイモン・シュスター(Simon & Schuster)、英国と英連邦向けをア(ハ)シェット・ブックグループ傘下のリトル・ブラウン(Little, Brown)が獲得した。
それぞれの電子版を、サイモン・シュスターデジタルセールス、ア(ハ)シェット・デジタルというグループ会社が発行している。つまり、同じコンテンツについて4つの版が存在することになる。左端の「米国版紙本(S&S)、米国版電子本(S&S)、英国版紙本(LB)、英国版電子本(HD)」がそれぞれの「版」を示す。このうち「HD」は「アシェットデジタル」を指す。
また米国サイトについては、VPN(仮想プライベートネットワーク)ソフトを使い、米カリフォルニア州からアクセスした(「アクセス地→米国」)場合と、日本からアクセスした場合、またログインした場合としなかった場合(「ログイン→YES/NO」)、そしてログイン後に利用地設定を変更した場合(「利用地設定→N/A、米国、無指定、日本。N/A=設定不可はログインしていないと設定ができないため、「無指定」は新規アカウントを作成して利用地を無指定のままログインした)とでそれぞれ価格を確認した。
なお、英国、フランスについては、付加価値税が含まれた金額になっている。換算レートは、1ドル=80円、1ポンド=128円、1ユーロ=103円とし、紙本と電子本を併せて、円換算金額の平均を計算してある。
その結果、興味深い観察ができた。まず、米国サイトについて。米国内からアクセスした場合は、ログインして利用地を「日本」にしない限りは、紙、電子とも価格は変化しない(紙本は21.00ドル、電子本は16.99ドル)。利用地を「日本」にすると、電子本の値段はかなり跳ね上がる。日本国内からアクセスした場合は、利用地を「日本」あるいは「無指定」にした場合のみ、電子本の価格が上昇する(16.99ドル→19.41ドル)。
前述のとおり、2012年1月時点では、利用地を「日本」にした場合(表の緑色の部分)、紙本の価格は17.87ドル、電子版は11.99ドルだった。利用地を「米国」にした場合(表の赤い部分)は、紙本17.87ドル、電子本は16.99ドルだった。これらに比べると、電子本は、「利用地=日本」の場合(緑)のみ、確かに価格が上昇している(なお、表中にあるように、実はアシェット版の電子書籍も購入できるようだが、とりあえず考慮の外に置く)。
先ほど紹介した記事では『スティーブ・ジョブズ』の価格が「ログインして再びアクセスすると22.04ドルとなっており」とあるが、これはおそらく、表の緑の部分であろう。また「Kindleストア日本版では同書は1748円で販売されており」ともある。いずれの価格も、執筆時点では異なっているが、報道から本原稿執筆時点までに価格修正が行われたとも考えられる。
以上の考察から、どうやら日本向け価格の上昇は根拠のないことではないらしい。それを確認した上で、性急な結論に飛びつく前に、電子書籍の価格についてのより正しい「語り方」について述べてみたいと思う。この問題は、見かけ以上に複雑だからである。
語り方の要点は2つある。「価格決定権」と「プライス・クローラー」だ。
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