カリフォルニア州バーバンクにあるWarner Brothersの広大なスタジオには、巨大な倉庫や撮影スタジオに囲まれるようにして、過去と未来が顔をあわせる場所がある。コンピュータやストレージ機器がひしめくハイテクコントロールセンターだ。
Warner Brothers.は最近、往年のテクニカラー映画「雨に唄えば」のデジタル化を行った。このとき、最新技術を使って数年前には考えられなかったほど鮮明な作品に仕上げたのがこのコントロールセンターだ。Warner BrothersのCTO、Chris Cooksonは昨年、デジタル版「雨に唄えば」を当時の出演者に披露した。
「舞台を直接見ているようだ、という出演者もいた。当時19歳くらいだった女優のDebbie Reynoldsは、あまりにも画像が鮮明なので小じわまで見えるとこぼしていたよ」とCooksonは笑う。
1952年に公開されたこのクラシック映画の復活は、ハリウッドの映画スタジオ、テレビ局、メディア企業の間で進行している劇的な変化のひとつにすぎない。高画質DVDやテレビ、インターネット、次世代シアターといった、コンテンツの新しい流通ルートが登場しつつあることで、企業は今こぞって新旧作品のデジタル化を進めている。
デジタル化の波は撮影手法にも及んでいる。その変化は「ファインディング・ニモ」「マトリックス リローデッド」といった最近の作品をみれば明らかだ。Keanu Reevesが無数のCGキャラクターと闘い、Pixar Animation Studiosの3Dアニメキャラクターが軽口をたたき、「ロード・オブ・ザ・リング」で軍隊が1人のエキストラも使わずに要塞に攻め入ることができたのはデジタル技術の賜物である。
一方銀幕の裏では、デジタル処理を支える魔法のツールがIBM、SGI(Silicon Graphics, Inc.)、Apple Computer、Thomsonといった企業に数十億ドル規模の利益をもたらそうとしている。意外にも、台風の目はデータストレージにあるようだ。
フリーのアナリストで娯楽産業のストレージ需要に詳しいTom Coughlinは、2003年のハリウッドのデータストレージ投資額は約5億ドルに達し、その数字は今後年間70%のペースで増加すると予測している。しかも、映画スタジオ、ビデオ・テレビ制作会社、配給会社のストレージ需要は、2006年には年740ペタバイト(7億4000万ギガバイト)に達するという。
調査会社The Envisioneering Groupの主席アナリストRick Doughertyは、「こうしたトレンドを受けて、映像関連企業のIT投資が劇的に増えている」と指摘する。「IT業界にとって映画産業は花形顧客だ。ハリウッドとの大型契約はAppleにとっても、IBMやSunにとっても格好の宣伝材料になる」
今ではSF大作はもちろん、アクションサスペンスや子ども向けファンタジーにもCG効果やCGキャラクターが登場する。この種のデジタルイメージングは膨大なデータ処理作業や大容量のストレージ、サーバを必要とする。
たとえば、Pixarの大ヒット映画「モンスターズ・インク」の主役は毛むくじゃらのモンスター「サリー」だが、その230万本を超える毛は何台もの高性能コンピュータを使って1本ずつ描かれている。この種の複雑な作品では1フレームのレンダリングに80分かかることも珍しくない。また、何十人ものエージェント・スミスが登場する「マトリックス・リローデッド」のカンフーシーンは、すべてのキャラクターの表情や衣装を個別に生成するという気の遠くなるような作業と、革新的な照明技術で実現されている。
デジタルアニメの場合は、1時間の作品でストレージ容量が1テラバイトを超えることもある。制作段階ではアニメーター、監督、スタッフがいつでもデータにアクセスできる環境も必要だ。そのためには大容量データを柔軟かつ高速に処理できるネットワーク、ストレージ機器、データベースが欠かせない。
IBMはこの市場に積極的に取り組んでいる企業のひとつだ。同社は米ローレンス・リバモア国立研究所で使用されているスーパーコンピューティング技術を応用して、複数のユーザーが高解像度ファイルに同時アクセス可能な高速ストレージサーバシステムを開発している。
現在、ほとんどのスタジオはストレージやデータ処理にプロプライエタリなシステムを採用しているが、IBMは自社のLinuxベースのテクノロジーを、安価で、高速で、オープンな選択肢として売り込んでいる。とはいえ、IBMの最新システムを採用している企業はまだ数えるほどしかない。「パラサイト」「ドグマ」「最終絶叫計画」を製作したアニメスタジオThreshold Digital Research Labはそのひとつだ。
もっとも、Thresholdに特別なニーズがあったわけではない。アニメの制作は、各地にいるアニメーターの共同作業として進められることが多い。Thresholdの場合、スタッフはカリフォルニア州、ユタ州、国外ではオーストラリアや韓国に散らばっている。来年公開が予定されている新作「Foodfight!」では、数ギガバイトのデジタルファイルで構成された3Dキャラクターが登場するが、キャラクターが動くシーンのファイルサイズはさらにはねあがる。
ThresholdはIBM製のサーバ、データベース、コンテンツ管理ツールを使って、アニメーターがスムーズにファイルのやり取りや作業を行えるようにしている。Thresholdからのフィードバックは新バージョンの開発に活かされ、映画産業以外の顧客にも利益をもたらしている。
「おもしろいことに、IBMの方向性とアニメスタジオである当社の方向性は重なる部分が多い」とThresholdの最高アニメーション技術責任者George Johnsenはいう。「われわれに必要なのは、離れた場所にいるスタッフが巨大なファイルをネットワーク上でスムーズにやり取りできる仕組みだ。その意味では、われわれのニーズは医学画像や保険会社のニーズとそう違うわけではない」
未来に向かって
デジタル化の推進要因はいくつかある。そのひとつが、DVDを超える高画質フォーマットの登場だ。こうした新フォーマットに対応するために、映画スタジオは手頃な値段となった新技術を使って古い作品を修復したり、新旧作品をデジタルファイルに変換したりしている。
Thomsonなどが開発している新世代のフィルムスキャナーは、映画の修復やデジタル化には欠かせないツールだ。100万ドル以上もする高額品だが、従来品に比べてネガティブフィルムを高精細にスキャンすることができるので、古いモノクロ映画からでもDVDをしのぐ解像度のデジタルファイルを生成することができる。
解像度が高ければ、ファイルサイズが大きくなるのはやむをえない。一般的なシングルレイヤーDVDのデータ容量は5ギガバイト弱だが、「ハリーポッター」の最新作を高品位スキャナーでデジタル化するとDVD500枚分に相当する3テラバイトとなる。新世代スキャナーを使った場合はその4倍の約12テラバイトにはねあがる。
Warnerのハイテクコントロールセンターがストレージサーバで埋めつくされているのはそのためだ。その眺めは映画スタジオというより、ネット企業の地下倉庫と表現したほうがふさわしい。ストレージ容量は約80テラバイトだが、需要に応えて年末には約100テラバイトに拡張される予定だ。
しかし、このコントロールセンターはファイルの永久保存場所ではない。数百年、数千年は持つといわれるフィルムに比べると、磁気メディアの耐久性は劣る。今のところ、スタジオ各社の永久保存用フィルムの多くは、カンザスの岩塩坑跡やペンシルバニアの石炭坑跡に建設された地下保管施設に収められている。
「デジタル化はそれほど進んでいない」と指摘するのは業界団体Motion Picture AssociationのCTO、Brad Huntだ。「これまではコストが高すぎたし、収益面において直接メリットもなかった。しかし、状況は変わりつつある」
テレビ業界はこの変化を察知し、映像のデジタル化に着手している。テレビ業界がデジタル化を推進する理由は2つある。オンラインアーカイブとDVD販売だ。CNNは2000万ドル規模のプロジェクトを立ち上げ、SonyとIBMのストレージやカタログ作成技術、また配信テクノロジーを使って12万時間を超えるアーカイブ資料のデジタル化を進めている。
耐久性ではフィルムに劣るものの、蘇生手段としてデジタル化の力を否定する者はいないだろう。ハリウッドの独立系企業Lowry Digital Imagesはその名手だ。彼らの手にかかれば、色褪せたフィルムも往時の輝きを取り戻す。
John Lowryはこれまで、「サンセット大通り」「風と共に去りぬ」「ドクトル・ジバゴ」といった名作のデジタル化を手がけてきた。ハリウッドとハイテクの歴史はそのままLowryのキャリアでもある。1971年にはアポロ月面着陸のライブ映像の処理を担当した。彼はフィルムからノイズを除去する初期の技術において、多くの特許を保有している。
現在、Lowry Digital Imagesのオフィスには300台のMacintosh G4がずらりと並んでいる。大作映画が相手の場合は、マシンを総動員してフレームをひとつずつ検分し、不完全な部分をていねいに探り出していく。SGI製の高価なワークステーションが業界標準だった数年前には、こうした労働集約的な仕事を小さな会社が請け負うことはコスト的に不可能だったろう。
「10年前にはありえかったビジネスだ。PCが登場し、その処理能力が向上したおかげでビジネスとして成り立つようになった」とLowryはいう。
ハッピーエンドは遠い
多くのメリットはあるものの、映画業界は相変わらずデジタル化に消極的だ。その大きな理由は、業界のキープレーヤーがデジタルメディアの優位性を認めていない点にある。
デジタルストレージメディアには解像度という限界がある。たとえば、フィルムをDVDに落とすと多くの情報が失われてしまう。撮影でも解像度がネックになる。最高品質のデジタル撮影カメラでも、解像度では伝統的な35ミリカメラに及ばないことが多いからだ。
一方、セルロイドフィルムはオリジナルの画質がどうだろうと、劇場スクリーンでは再現と映写の関係でデジタル版より青みがかって見えることが多い。また、ネガティブからポジティブにプリントする際に多少のぶれが生じる。映写機を通すと、スクリーンに映し出される画像はさらにくずれる。
少数派だが、撮影・制作プロセスのデジタル化を提唱する人々もいる。その筆頭が大物プロデューサーGeorge Lucasだ。Lucasはデジタル撮影を熱心に勧めており、最近の大ヒット作「スター・ウォーズ/クローンの攻撃」は全編をデジタルカメラで撮影した初のメジャー映画である。
製作から配信までを完全にデジタル化することができれば、現在スタジオが上映館ごとに作成しているセルロイドフィルムのプリント経費数百万ドルが浮くことになる。しかし、それは映画館が1台数十万ドルもするデジタル映写機を導入することが前提だ。現在の経済状況を考えると、この提案が受け入れられる可能性は極めて小さい。
Warner BrothersのCooksonはデジタル化には慎重な態度でいる。CooksonはWarnerのスタジオに他社の幹部を招き、フィルムを使って撮影したシーンと、高性能デジタルカメラで撮影した3つのシーンを比較するデモを行っている。誰の目にも、フィルムのシーンが一番すぐれているように見える。
まず解像度が高い。光と陰の扱い方も勝っている。しかし、それは見る側の「慣れ」の問題かもしれない。観客はフィルム映画を見慣れているので、フィルムの効果に納得してしまう。それは裏をかえすと、デジタル映画にもいずれ慣れる可能性があるということだ。しかし、デジタルファイルがネガティブフィルムと同等の耐久性を持つようにならない限り、Warner Brothersがデジタル制作に完全に移行することはないだろう。
「重要なのはできあがった作品の品質だ。品質を犠牲にした移行はありえない」とCooksonは語る。
とはいえ、デジタル技術が50年の時を経て、10代のDebbie Reynoldsの小じわを映し出したことは意味があるとCooksonはいう。「われわれの試みは、デジタル技術の可能性を示すゆるぎない証拠なのだ」
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