伊藤穣一氏が斬るネット業界--「米国主導は終焉し、個人Webサービス革命へ」 - (page 2)

インタビュー:別井貴志(編集部)
文:藤本京子(編集部)
2005年09月05日 17時21分

トップダウンでは成功しない

--若者をサポートするという観点よりは、日本ではすべての国民がITのメリットを享受できるように、e-Japanやu-Japanなどの政策を掲げて進めてきた面があります。デジタルデバイドなどに関してもこの政策に入っています。こうした政策をどう見ていますか。

 うーん、e-Japan政策ねえ……。あれを見ていて思い出すことがあります。昔、新生銀行がまだ存在しなかった頃ですが、いくつか銀行を訪問して回ったことがありました。その際、どの銀行でも頭取はITにどれだけ多く投資したかを自慢したのです。ITの世界がわかっている人ならば、投資額が多くなればなるほどシステムが複雑になり、壊れる可能性が高くなることを知ってます。実際にはシンプルさを売りにして、いかに投資額が少ないかを自慢すべきなのに、当時の銀行では巨額な投資額だけを自慢していました。

 それと同じようにe-Japanは、とにかくシステムを大きくしようという考えです。巨額な投資をして住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)を作ったことも記憶に新しい出来事です。地方や県のレベルで何かイノベーションをして、それがうまくいけば国が認めるというパターンはありえるでしょうが、トップダウンで実行するのは一番良くないと思います。

 e-Japanでは、IT戦略本部の人たちはともかく、現場ではPCを使ったことがないような人たちが政策を実行に移そうとしています。国や政治家が戦略的にITを実行に移す、そしてそこに予算が関係しているなんて、ありえないと思いますね。

 インターネットでは通常、ボトムアップモデルが成功して、トップダウンはあまり成功していません。唯一Amazon.comはどちらかというとトップダウンで、まずビジネスプランを作ってから事業を押し込んでいきました。8月中旬に開催されたインターネット業界に関わる人たちが集まるFOO (Friends of O'Reilly) CampというTim O'Reilly氏主催のイベントでは、Amazon.comの創業者Jeff Bezos氏が、すべてのミーティングに積極的に参加してメモを取り、現場の若い人の話を熱心に聞いていたのです。

 Amazon.comは、スタートこそトップダウンで始まりましたが、今でも社長自らが20代のハッカーの集まりに出席し、若い人たちが何を開発しているか謙虚に聞いている姿はさすがだと思いました。つまり、生き残るためにはボトムアップをどう取り入れるかがポイントとなるのです。

--e-Japanなどを策定するメンバーに参画したいとは思いませんでしたか。

 ……微妙ですね。呼ばれていれば会議には出席したとは思いますが、e-Japanの内容には反対したでしょう。特に住基ネットなどは、何のためにやっているかはっきりせず、セキュリティ面でのリスクもある。そして、提案した人たちが本当にやりたいと思っている内容を実現させたとしても、コストに見合わないといった結果が見えています。

 日本の政策で失敗したプロジェクトには、通産省(現在の経済産業省)が立案して1985年に始まったシグマプロジェクトもあります。あれは、優秀なエンジニアを集めて標準システムを開発しようと、5年の月日と250億円の国家予算をつぎ込んだにも関わらず、成果が出ないまま解散しました。膨大な投資額が水の泡となったことはもちろん、優秀なエンジニアがそのプロジェクトで缶詰状態となったことも大きな痛手です。あの時期はUNIXが登場し、オープンソースへの取り組みが盛り上がろうとしていた頃だったのです。あの時にそのエンジニアたちがUNIXに取り組んでいればと思うと、残念です。

 国はお金をばらまきます。そしてそれをつかもうと大企業が群がってくる。企業にお金は入りますが、成果物は出てこない。技術者も、給料をもらうには大企業だと考えてしまうのでしょう。いまだに優秀な技術者が大企業に集まっていますから。大企業は、優秀なエンジニアを吸い上げて、政治的にお金をばらまくプロジェクトに送り込んでいます。

 また、プロジェクトは人数が増えれば増えるほど進む速度が遅くなります。それが、日本は大きなプロジェクトばかりに取り組んでいるので、賢いことができない。賢いイノベーションは、小さなプロジェクトから生まれることが多いのです。そういう意味では、日本の技術者はイノベーションを起こすチャンスに恵まれていませんね。

 日本のソフトウェア産業が遅れているのは、こうした産業構造にも大きな問題があると思います。もし日本のIT産業がこうした仕組みになっていなければ、今頃彼らはブログのツールや新しいイノベーションを興しているかもしれません。

 ただ、この10年で、インターネットベンチャーが数多く立ち上がり、そこで会社の立ち上げを経験した人たちがマネージャーレベルにまで育ってきました。それを思えば、昔よりはベンチャー企業を起こす環境が整ってきたといえます。

--ところで、政策・政治といえば日本では9月11日に衆議院議員選挙がありますが、テクノラティが選挙特集コーナーを設けるなど、今回の選挙ではインターネットでさまざまな試みが行われています。ただし、こうした取り組みの中には、当局が“人気投票”などと判断してしまえば公職選挙法に触れる可能性があるものも見られます。こうした状況をどう見ますか。

 確かに取り組みの中にはグレイゾーンといえるものもありそうです。実は、昔インフォシークでも人気投票のようなことをやって、注意されたことがあります。

 米国は、選挙だけでなくインターネットを活用している人の幅が広いですね。政治家にメールを出してもすぐに返事が来るし、ブログを読んでいる政治家もいて、ちゃんとインターネットを活用しています。少し前の話ですが、ある連邦裁判官が、ブログの中で自分の判例が間違っていると指摘され、判決を変えたことがあります。米国にも、インターネットを活用する人と活用しない人のギャップはありますが、そのギャップを乗り越えている人が多いのです。

 日本の政治家は、インターネットの存在を感じつつも、インターネットが活用されるべきメディアであることを、“体”では感じ取っていない気がします。米国ではインターネットを選挙のコンポーネントとして中心に持ってこようとする動きさえありましたが、日本ではそこまで考える政治家はいないでしょう。その点、日本は昔と全く変わっていません。

--日本はやはりインターネットの活用について遅れているのでしょうか。

 そうとも言えません。日本で面白いのは、流行を作り出すのがうまいことです。例えばラジオの広告で、「イベントのためのブログがあります。コメントとトラックバックをよろしく」と宣伝していたのには驚きました。米国では、いくらブログがメジャーになってきているとはいえ、そこまで一般的にはなっていませんから。日本のマーケティング力のすごさを感じます。これは、日本のマスコミの傾向もあるのでしょう。日本のマスコミは、新しいものが出てくると、こぞってそれに焦点を当てますから。でも、ブログにしてもそうですが、世間で騒がれているほどちゃんと書いている人はいない気がします。

 他国の状況を見ると、例えば韓国では政治家もインターネットを活用していますし、個人サイトを持っている人の割合もかなり高い。中国は免許がないとブログを持てない状況ですが、ブロガーたちは国と戦って言論の自由を勝ち取ろうとさえしています。イランやイラクのブロガーも命がけです。こうした状況は日本ではありえません。市民革命が起きたことのない日本では、そこまで真剣になる人がいないのです。もしかすると日本も少しめちゃくちゃになっていたら変わるのかもしれませんが、今は少し景気も良くなりつつありますしね。

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