家電へのLinux採用を積極的に表明する松下電器産業。今年7月には、「永遠のライバル」と言われるソニーと手を組んでCE Linuxフォーラムを設立するなど、これまでには考えられなかった動向が話題を呼んでいる。オープンソースが松下電器産業にもたらしたもの、そして今後のビジネス戦略は。同社アライアンス担当である南方氏に話を聞いた。
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末松: 松下電器産業がなぜ、家電にもLinuxを採用したのか。まずは、そのいきさつをお話いただけますか。
南方: 1980年代初頭、家電にマイコンが入り始めました。ランダムロジックをマイコンで作ることにより、複雑なコントロールが可能になったわけです。洗濯機や炊飯器がこれに当たります。次に来たのが、メディアをデジタルとして扱うということ。DVDが代表的な例ですね。「マルチメディア化」と称し、アナログのコンテンツからデジタルコンテンツへと移行していきました。現在の大きな流れは「家電がネットワークにつながっていく」というところです。
最初の「コントロールする」という時点においては、小さなプログラムの体系を作って、やるべきことを順番に回していけばよかった。次のマルチメディア家電も、メディアのコーデックやユーザーインターフェースの追加に伴い、大きい規模での作業が必要にはなりましたが、めちゃくちゃ大きいと言うほどではなかった。これら二世代の家電は、LSIからアプリケーションまでを自社で作り上げるということでも対応しきれていたのです。
ところが、1990年代に入ってインターネットというばかでかい事象が起こり、コンピュータ産業も大きく変化していった。それまではワードプロセッサやスプレッドシートなど、機能がパソコン単体で完結する中で処理をすればよかったのが、インターネットが繋がることによりパソコンのアプリケーションのサイズが急激に大きくなりました。1995年にネットワーク機能を強化したWindows 95が発売され、PCを支える土台がかなり様変わりしました。その状況が家電にも表れてきていると思います。それにより、これまでコントロール家電やマルチメディア家電で積み上げてきた、「自社だけのバーティカル(クローズ垂直)な製品作り」という体系では対応できなくなってきていました。
実は家電産業は、バーティカルな製造体制によってバリューを保っています。しかしネットワーク家電ではその手法が使えなくなったわけで、PC産業のように他社と手を組むホリゾンタル(オープン水平)な方向性でいかなければ、実際問題として製品が作れません。
そういった状況の中、ソフトウェアの体系全部を革新しなればならないという話になりました。一番大きいファクターはネットワーク、特にIP系ネットワークにつながっていくこと。それに見合ったOSを探すうちに浮上してきたのがLinuxです。Unixから発生した新しい産業パラダイムという側面も持っているし、高い品質のソフトウェアを自由に使える。しかも実用性が高い: というわけで、Linuxへの方向性が固まっていきました。
末松: 松下電器産業にとってのLinuxの位置づけを確認させてください。Linuxはまだワンオブゼムであって、ほかのOSも併存している状態ですね。その中でLinuxを推しているわけではなく、競争関係の中で伸びていくという位置づけだと考えてよろしいですか。
南方: できる限りプラットフォームは統一したいと思っているし、その最大有力候補になっているOSがLinuxだということです。ただし、それは100%ということではない。例えば、「この技術を使って欲しい」という事業部門からの要望もあり得るわけで、それに対しては的確なOSで対応します。
末松: Linuxを採用するにあたり、サポートやセキュリティ、コストなどの面を検討なさったと思うのですが、どの辺を重視、評価されたのでしょうか。
南方: まずひとつは、Linuxをサポートしている世界中の人々の意志があげられます。また、ソフト開発を支えるために、当然開発環境が必要になりますが、Linuxはコンパイラもツールも、それをサポートする半導体業界やソフトウェア業界もみんなでまとまって移行できる環境が整いつつある。
また私たちは、グローバルに闘えるようにしていかなければという必然性を感じていました。Linuxという特殊なオープンソースの世界では、みんなが──特にデスクトップPCやサーバの分野では──その方向に動いていった。同じことが、家電業界の中でも起こりうる可能性が高いのではないかと踏んだわけです。
もうひとつ。表現が少々難しいのですが、特定の企業によるモノポリー(独占状態)というものを排除したかったんですよね。
末松: グローバルにやっていく上でLinuxが重要だと考えているのはよくわかるのですが、日本企業であることから、TRONという選択肢もあったのではないですか?
南方: Linuxを採用したと言っても、TRONを排除しようとしているわけではありません。実際、現在でもTRONでプロセスをコントロールしている家電機器はたくさんあります。しかし、それがネットワークにつながったときに、ネットワーク部分の処理とユーザーインターフェース部分の処理方式はまったく違うものでしょう。ですから、ネットワーク対応冷蔵庫ができたとすれば、その中にはTRONとLinux、どちらも搭載されるのではないかと思います。
末松: 日本の企業なら日本の技術を使えというような風潮がありましたよね。しかし、松下電器産業のようなグローバルな企業が「日本の技術発展のために」という面を前面に押し出せば、同時に他国の消費者や社会、社員、株主などに対する背反行為になってしまうのではないですか?
南方: それはありますね。現在、日本の産業界が非常にしんどくなっている状況が続いています。それは、皆同じものになってしまった結果、消費者への希求力がなくなってしまったのです。その原因として考えられることのひとつに、「OSからインターフェースまで、すべてを自社で作らなくてはならなかった」ということがあります。機能を網羅し、ニューモデルを出すので手一杯で、他社製品と差別化するところまではなかなか手が当てられなかった。
また日本企業のひとつの特徴として、「グローバル」と言いながら「インターナショナル」な企業体系が中心だというのがあります。これは、製造元である日本がいつもセンターにあり、それを輸出していくというモデルのことです。いまは輸出していくモノの生産拠点が海外に移ってはいますが、日本がセンターだという意識が非常に強い。日本にとってはいいスタイルなのでしょうが、日本固有の技術を単純に積み上げて行くだけで他国の企業と闘っていけるかというと、決してそうではないと思う。
末松: 本当に日本のことを考えるのであれば、世界各国からベストなものを調達してきて最もいいものを作るのが一番ためになると、私も思います。ところがやっぱり、日本には内部で調達できるものですべて完結させようとする、自前主義が根強く残っている。そういう考え方に、いま競争力の限界が来ているのではないでしょうか。
そこをブレイクスルーするのはとても難しいと思うんですが、今回Linuxを使うという意志決定をした、それが松下電器産業全体に対する、ひとつのブレイクスルーになる可能性がありますよね。それは非常に画期的なことですが、同時に社内でかなりの軋轢が発生しているのかな、と、外部から見ている私は考えてしまうのですが。
南方: 現場でその軋轢をダイレクトに感じているかというと、実はそうでもないのです。まだアーリーステージだからでしょうね。今後の展開いかんでは、開発はどちらをとるかといった、もっと具体的な問題が起こるかもしれません。しかし、いま限界が来ているモデルをどうにかしようと引っ張っていこうとすることが、もう不可能なことではないかと思うんですよね。
末松: グローバルな構造へと転換しようとしているのは、特にソフトウェアなどIT系ですよね。それ以外の方々にまだそういった認識が十分浸透していないということはありませんか?
南方: イエス・ノーでいうとイエスですが、かなりいろんなところが変わりつつあります。こういった動きに関しての風を感知することについては、日本のエンジニアは優れていると思うんです。実はいま、我々のところで非常に口酸っぱく言われているのが「プラットフォームの活用」であり、そういった技術開発体系に移行しています。先ほども申しあげたとおり、いろんなものをバーティカルに作ることがすべてだったモデルから、それをプラットフォーム型に移すという、大きなターニングポイントを迎えているんですよね。
末松: 長年のライバルであるソニーと手を組んで、デジタル家電向けの組み込みLinuxに関する業界団体「CE Linuxフォーラム(以下、CELF)」を設立されました。どういったことからだったのでしょうか。
南方: もともとコンピュータ環境の中でサーバやデスクトップ向けに作られたLinuxを、なんとかして家電でも使いやすい方向に向けさせたかったのです。コンピュータ産業は割合モデルが簡単で、大きさやパフォーマンスが違っているとはいえ、メモリ、プロセッサ、ネットワークから成り立っていることはどのマシンも共通している。それに対して家電は、テレビ、DVDレコーダー、携帯電話、白物家電──と千差万別で、その中での「プラットフォーム」という概念は、コンピュータのそれとはかなり異なります。ですからLinuxをそのまま家電に適用しようとすると、セグメントごとにかなり適応力が違ってしまうのです。
なんとかできないものか、という話をソニーとしていたら、先方もやはり同じことを考えていた。じゃあ、2つの会社で一度そういったことを検討してみようというところから始まって、話をすれば話をするほど、同じようなことを考え、同じような問題を抱えていました。
松下電器産業とソニーは永遠のライバルなので、すべての面で競っているのは皆さんご承知の通りです。しかしネットワーク家電に関しては、コスト的なものや投資対効果の問題もあり、自社の技術だけではまかなえない。ターンアラウンドタイムをできるだけ短くするには、他者の技術をもっと導入しなければ、という意見が一致したわけです。
また、お客様から見た場合、差別化されてメリットのあるものとないものが当然分かれています。例えばオペレーティングシステムは、お客様にとって直接触れられない部分であり、通常使う側としてはあまり関係ない。松下電器産業もソニーもOSの専門会社ではありませんし、できればこの部分は共通化していこうと。また、我々だけでなく他の企業も巻き込んで好循環のサイクルを作り、むしろOSよりも上位のソフトウェアや、ユーザーインターフェースを含むアプリケーションの部分で本当の差別化競争をすべきでないのか、それがお客様のためではないかという結論に至ったのです。
だから、Linuxカーネルの部分、ここに関しては競争せず、業界でひとつのモデルを作っていく方が効率がいい。我々メーカーだけではなく、その周りの産業──ソフトウェアや半導体、最終的にはお客さんも含めたあらゆる人がハッピーになれるのではないか、そういう考えでCELFは始まりました。
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