2009年4月21日、ここはアイルランドのダブリン・シティ大学です。ISO/IEC 10646を審議する第54回WG 2会議は、2日目の日程に入っていました。この日はいくつかの分科会に分かれテーマ別に審議が進められます。そのうちの一つ、Emojiアドホック会議では、GoogleとAppleによって提案された絵文字の審議がおこなわれていました。
開催前は激しい対立が予想されていましたが、いざフタを開けるとGoogleとAppleが一員であるアメリカ・ナショナルボディ(以下、ナショナルボディはNBと略)の大幅な妥協によって合意が成立していきます。残ったのは議長が後回しにしておいた「議論の余地のあるもの」だけになりました。
これは全部で3種類あります。まずは5文字の「日本の文化に依存したアイコン文字」です。どんな文字か確認してみましょう。
これのどこが議論の余地があるのだ、ですって? でも考えてもみてください。ここにあるような名所はどんな国、いやどんな街だって1つや2つあるはずです。それらを差し置き、なぜ東京タワーや富士山だけ符号化してもよいのか?
その甚だしい例が「日本地図」です。国土の輪郭が符号化できるなら、「わが国もぜひ」とたくさんの手が挙がるはずです。なのに、なぜ日本だけがそれを許されるのか。さらに、もし国境紛争を抱えている国がそれをやろうとしたら、どんな恐ろしいことが起こるのか。政治と技術の関係は、いつでもセンシティブな問題なのです。
では、これらをアイルランド・ドイツはどのように変更したのか。上図では分かりませんが、まず彼等は「TOKYO TOWER」以外の4文字を「EMOJI COMPATIBILITY SYMBOL」(絵文字互換用記号)のブロックに移動させています。すぐ後で述べますが、これは商用ロゴの類を収録した場所です。あくまでこれらの文字が互換用途であることを明確化したかったのでしょう。
「TOKYO TOWER」だけは、互換用途ではない「Miscellaneous Pictographic Symbols-B」(その他の絵文字記号B)に配置し、代わりに名前を「TRANSMISSION TOWER」(無線塔)に変更、絵柄もピクトグラム調に変えて、東京タワーに限定されない汎用的な文字に仕立て直しています。注釈として東京タワー、シアトルのスペースニードル(※5)、ベルリンテレビ塔などと同等という記述を追加していますが、これは外見が似ても似つかないだけに、ちょっと苦しい。
ここまでの議論では、アイルランド・ドイツ提案に妥協をしてきたアメリカNBですが、この5文字をめぐっては引き下がりません。前回説明した「国際規格とは世界中の人が使える普遍性を優先すべきか、それとも元からあるローカル規格との互換性を優先すべきか」という問題です。アイルランド・ドイツNBにとっては、これらは文字として存在すること自体が間違いです。一方で日本では便利に使われている以上、Google・Apple提案を推進するアメリカNBにとって、これらの文字は欠かせません。激論の末、Emojiアドホック会議での審議結果は、以下のようになりました。
文字のデザインは5文字ともGoogle・Apple提案のものを採用することにし、配置ブロックも一括してGoogle・Apple提案に準じた「Miscellaneous Pictographic Symbols」(その他の絵文字記号)に収まりました。その代わり、文字の名前は具体的な名称を避けて「EMOJI COMPATIBILITY SYMBOL-xx」に変更することになりました。つまり、大方はGoogle・Apple提案を採用しつつ、文字の名前にアイルランド・ドイツの主張を生かすことで妥協を図ったと見ることができます。
(※5)お詫びと訂正 2010年2月8日
読者のしょこさんからスペースニードルはサンフランシスコではなく、シアトルであるとのご指摘をいただいた。お詫びして以下のように訂正します。
訂正前
サンフランシスコのスペースニードル
訂正後
シアトルのスペースニードル
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