2009年4月21日火曜日、ここはイギリスのお隣、アイルランドの首都ダブリン郊外です。広大なキャンパスをかまえるダブリン・シティ大学の一画では、前日から11カ国のナショナルボディ(以下、NB)と2つの組織のリエゾンメンバー(連絡担当会員)が集まって、第54回WG 2会議が開かれていました。
大学の正門から真っ直ぐに延びた広い道を100メートルばかり行った突き当たりに、巨大なる工学部校舎が建っています。その建物の奥深く、2階にあるミーティングルームでは、先ほどから重苦しい空気が立ちこめていました。
ここで開かれていたのはWG 2の本会議ではなく、特定のテーマを扱うアドホック会議です。「Ad-Hoc Committee on Emoji Encoding」(以下、Emojiアドホック会議)。──そう、2月のUTC会議を無事に通過したGoogleとAppleの提案が、いよいよISO/IEC 10646への収録を求めてWG 2に持ち込まれたのです。
部屋の一方の壁にはプレゼンテーション用のスクリーンが設置されており、コの字形に配置された会議用机には、20人ばかりの人々がノートパソコンを広げて座っています。議長を務めるのはUnicodeコンソーシアムのピーター・コンスタブルです(写真1)。Unicodeの制定機関であるUnicodeコンソーシアムは、WG 2にリエゾン・メンバー(連絡会員)として参加しています。
Microsoftのエンジニアでもあるこの人は、数年前にある文字の収録をめぐって2つの国が対立した際、やはりアドホック会議の議長として合意へと導いたことがありました。絵文字についてダブリン会議が紛糾することを感じとったWG 2コンビーナ(委員長)のマイク・クサーは、その腕前を買って彼に議長を頼むことにしたのです。
しかし後述するように、正式には絵文字の提案者はUnicodeコンソーシアムです。彼自身がメールで回答したところによると、彼は自分が提案者であることを理由に、一度はコンビーナの要請を断りました。しかし重ねて求められ、結局彼は受け入れることに決めました。次回で詳しく述べますが、彼は最後の最後で自分の出身団体に不利な裁定をします。このことから見ても、議長としてのピーター・コンスタブルは中立であったと評価してよいように思います。
昼食後に始まった会議はすぐに多くの対立が吹き出しましたが、コンスタブル議長の見事な手綱さばきもあって、少しずつ妥協を繰り返しながら合意を積み上げていきます。ところが最後にどうしても解消できない対立点が残されました。それが81文字の「議論の余地のある文字」でした。
「多少問題がある文字でも、収録しないと原規格との間で互換がとれなくなる」「いやいや、国際規格である以上は入れてはいけない文字というものがある」「ちょっと待ってくれ、それでは一体なんのための国際規格なのだ」
いくら議論しても双方は譲りません。この分では夕食前に終えるのは無理そうだ。おいおい、この会議はいったい何時まで続くんだよ……。
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