2月21日から3月4日に、「CNET Japan LIVE 2022 社内外の『知の結集』で生み出すイノベーション」がオンラインで開催された。2月25日のセッションではHuber.、Nextremer、東急の3社が登場し、「3社の事業共創で挑む観光案内DX ~月間利用者1000名超の『リモート&AIコンシェルジュ』とは~」をテーマに、オープンイノベーションを活用した具体的な事業創出事例について語った。
リモート&AIコンシェルジュは、デジタルサイネージ端末を通じて観光案内、インフォメーション業務をするサービスで、施設案内などの簡単な質問はAIチャットボットで回答するほか、QAの結果で個人の嗜好に合わせた旅プランを提案する仕組みを用意し、その結果をもとにした接客を遠隔で行う。東急のアクセラレートプログラム「東急アライアンスプラットフォーム(TAP)」が起点となって実現したものである。
TAPでは東急グループの幅広い接点、アセットを生かし、用途開発や社会実装に特化した事業構築を目指し活動している。2015年に東急アクセラレートプログラムの名称でスタートして2021年現在の名称に改称、対象はポストシード以降で、プロトタイプを持っていれば上場企業も応募可能となる。NextremerとHuber.は2016年に同プログラムに参加している。
「常時応募を受け付けており、毎月選考していて、その後即座にPoCを実行できる。東急グループの参画事業者は27事業者、対象は19領域で、共創の幅広さは国内屈指。実績としては、登壇する両社を含め83件のPoCを実施し、そのうち30件が事業化、本格導入に至っている」(東急 フューチャー・デザイン・ラボ 東急アライアンスプラットフォーム事務局 武居(たけすえ)隼人氏)
Nextremerは、AI・機械学習モデルの構築と、学習データを提供するベンチャーであり、そのほかに自社技術を活用したプロダクトとして、遠隔コミュニケーションツールのSaaS「Remosis」を提供している。リモートAI&コンシェルジュでは、同シリーズの「Remosis Guide」を活用している。
Huber.は、鎌倉で観光インフラ、ガイド・マーケティングおよび観光DXという3つの事業を手掛けるスタートアップである。2016年にTAPで優勝し、それがきっかけとなって東急と共同でオンラインとオフラインを交えた「WANDER COMPASS」という観光案内所の共同運営を、東京・渋谷と別府でおこなっている。リモート&AIコンシェルジュは、その活動に観光DXの側面を加えて始まった取り組みであり、そこにNextremerが参加する形で展開されている。
観光DXが求められる理由としては、まず「観光案内所がコロナ禍で対面接客のリスクが高い」ことと、「観光客減に伴い固定費の削減が必要」という直近の問題を抱えていたことが挙げられる。そのほかに元々観光案内所では、問い合わせの8割が観光案内ではなく簡単な道案内ということと、朝と夕方だけ混雑し平日の昼間には人が来ないため、リソースの最適化が難しいという課題も抱えていた。「これらを一挙に解決するのが、リモート&AIコンシェルジュ」(Huber. 代表取締役CEO 紀陸武史氏)である。
役割分担に関しては、東急が全体の企画と調整を担当し、NextremerがAIチャットや遠隔接客の仕組みを開発、Huber.が利用者の属性や嗜好性をチャット形式で聞きながらその人に最適な観光プランを提供する「たび診断」の仕組みを提供する。リモート&AIコンシェルジュサービスは、それらを組み合わせて構成されている。
観光案内のDXを考えるにあたり、通常のAIチャットボットでは準備した質問への回答はできるが、AIの力では来訪者の属性に沿った回遊提案は難しいという問題がある。そこでリモート&AIコンシェルジュでは、観光案内所を運営しているという特性を踏まえ、スタッフのコミュニケーションスキルを活かして、人が主でAIが補う仕組みを構築する。
「簡単な道案内はチャットボットで対応し、それぞれの人にニーズに合った観光プランの提案はスタッフがオンライン接客で情報提供する。人とAIを融合したハイブリッドな観光案内を実現したい」と東急 交通インフラ事業部戦略企画グループ兼フューチャー・デザイン・ラボ 課長代理 天野真輔氏は事業構想を語る。
従来は観光案内所に直接行かないと相談できなかったものを、駅の中や商業施設、ホテルのロビーなどさまざまな場所からおこなえるようにし、より広範囲に対してプロフェッショナルなサービス提供を可能とする。これにより、「観光産業における案内業務をハイブリッド化し、観光案内の構造をリデザインする」(天野氏)。
リモート&AIコンシェルジュは、まず2021年3月から半年間、渋谷駅で実証をおこなっている。機械を置いて渋谷駅構内の案内スタッフを無人化し、観光案内所に業務を集約したほか、一部駅の改札も係員がいた場所にタブレットを置いて無人化した。実績としては、緊急事態宣言下の観光客が来ていない時期だったが、「月間1000人以上が利用し、オペレーション上もシステムエラーもなく提供できた」(天野氏)との成果を挙げている。
その後も各地の自治体や観光案内所運営母体に提案を進め、静岡県では2022年2月末まで伊豆高原駅、熱海観光案内所、三島駅に端末を置き、観光案内所につないで遠隔接客を実施した。また横浜・みなとみらいでは3月末まで、クイーンズスクエア横浜、パシフィコ横浜に端末を置き、みなとみらい周辺の文化観光施設を案内して回遊を促進している。今後も商業施設やホテルのロビーなど利用できる範囲の拡大を模索し、サービスの中身の検討を3社で進めているという。
4名のプレゼンテーションの後、モデレータを務めたCNET Japan藤井涼編集長と、視聴者から質問が投げかけられた。
最初の質問は、3社が手を組んだきっかけについて。今回の3社共創事業実施に至るまでは、それぞれの出会いから5年という年月が費やされている。元々2016年にTAPでNextremerの担当であった天野氏が、その後東急の観光担当となってHuber.と事業を開始。その中で天野氏が2020年に、紀陸氏からシニア人材とロボットによる「ロボアバター」を使った5年後の観光案内所ビジョンの話を聞いて感銘を受け、Nextremerと3社で組んだら実現できるのではないかと感じ、同社 代表取締役社長CEOの向井永浩氏に話を持ち掛けて事業が実現している。
「本来他社との共創は、『何をする』という目的で始めることが多い。それは事業を成長させるために正しい姿であるといえるが、今回のTAPの案件は『する』からではなく、そこに『居る』から入っていて、当社が5年そこに居たから連絡が来た。共創には、居るから入るという切り口もあると思う」(向井氏)
サービスの完成度と顧客満足度については、まず前者が「完成度としては2~3合目くらい。技術の進化とともにドラスティックに変わる瞬間が来る」(紀陸氏)という状況であるとのこと。後者は、「渋谷で半年運用していくうちに、最初の1カ月ではAIが答えきれなかったケースが3割くらいあったが、最終的に10%を切るくらいまで精度も上がっていった。価値として外に販売できるものになっている」(天野氏)と表現している。
TAPにおいて、今回のような複数社による共創の取り組みは、「目指す世界観を実現するために参加者が増えるケースが多い」(武居氏)という。ただし、今回の形とは違い東急グループ2社と外部1社という座組みが多いとのこと。また同事業を進めていくにあたっては、共創パートナーを増やしていく予定はないが、システム面ではすでにAPI連携で飲食案内や乗換案内などと連携しており、他社サービスとの連携は必要に応じて行っていくとしている。
最後に、カンファレンス共通の質問である「共創の価値」については、代表して天野氏が「今回は3者の話なので、3人寄れば文殊の知恵や3本の矢などと言うが、共創の価値はそういうところだと思っている。どうやってその価値を出すかについては、信頼や関係性の継続とかさまざまな要素があるが、1社でやるより確実に大きくなる」と回答した。
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